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「お前さん、きょう学校は?」
「ん、今日は午前中だけ」
「あぁ、そっか。 いやしかし、あのちぃ坊がもう大学生たぁな」
天野商店の店先にて。
本日も、相変わらず冷凍機のメンテナンスに余念のない史さんが、まるで親戚のおっちゃんみたいな口振りで言った。
いや、あながち間違いでもないのか。
あくまで人間基準になるが、彼らとの付き合いもそれなりに長く。 また、その濃さを思えば、ただの友達で徹すのは素っ気ない。
「どうしたぃ。 あれか? ご教示でも願いに来たか? ほれ、物を書く上で」
「うん、そうなんだよね。じつは」
「悪いが、俺ぁからっきしだぜ? そっちの方は。 なんせ語彙力が無ぇからな」
いや、あなためちゃくちゃあるよね?と、思わず口を衝きそうになったものを慌てて引き止め、喉の奥に仕舞っておく。
あの一件について、改めて訊ねたいことは幾つかあるが、当面の疑問はこれだ。
件の呪い、九尾譚の作者が被った“しっぺ返し”は、当人の元を離れた後、なぜ結桜ちゃんの方に引き寄せられたのか。
順当に言えば、宿主を失った呪いは、その時点で消滅。
もしくは、かの一族のように、子々孫々へと継承されて然るべきだろう。
なぜ、あの呪いは作者の血縁者に依らず、九尾の狐が被った呪縛の陰に、長いあいだ潜む形をとったのだろう?
血筋が絶えたとも考えられるが、それならそれで上記の通り、消滅するのが妥当ではないか。
「ひょっとすると、手前のほうからぶった斬られに来たのかも知んねぇな………」
手を止めた史さんが、しかめっ面で言った。
日当たりの良い店先は、きょうも夏日が燦々と照りつけている。
「自分で……。 呪いに意思ってあるの?」
「場合によっちゃ持つだろうよ。 呪の類なら尚更な」
呪。
神仏に願って為す、特殊な呪い。 あるいは、福寄せの技法。
「………なにを願ったんだろうね?」
「あん? あぁ………、さあな?」
安直に、己の|救済か。
どうか、この苦しみから救って欲しいと。
もしくは、ひとつの自己犠牲だ。
この呪いは、未来永劫すべて自分が引き受ける。
だからどうか、子孫たちには決して累が及ばぬようにと。
九尾譚を創作した人物が願ったのは、果たしてどういった内容のものだったのだろうか。
「あんまし考えない方がいいぜ? そういうのはな、考えりゃ考えるほど絡みついてくるもんだ」
「ん、呪いだね……。 ホントに」
すっかり温まった盛夏の風が、当の小路にサッと吹き込んだ。
不思議と暑さは感じない。
「今日、ほのっちは?」
「あぁ、お料理教室の準備やってらぁ」
「あ、そっか」
きょうは金曜日。
恒例の女子会、もといお料理教室が開かれる日だ。
会場は、商店の隣に建つ真新しい一軒家。
表札には、“藻女”というこの辺りでも珍しい姓が記されている。
「行ってこいよ」と背中を押す史さんに、まだ質しておきたいことがある旨を伝える。
どちらかと言えば、これは確認に近いものかも知れない。
私の中で、ある程度の推測は固まっている。
「あの時、私も同行させたのはどうして?」
「あん?」
「元締の、胡梅さんの御社」
「………………」
こちらにジッと視線を定めた彼は、やがて一語ずつ押し並べるようにして言った。
「お前さん、自分が他の者より、ずっと魅入られやすい質だってことは、もう聞いてるな?」
「うん。 引き寄せ体質だって」
「そう。 良いモンも良くねぇモンも引き寄せちまう」
良縁・良い出会いが紡がれる一方、招かれざるモノまで引き寄せてしまう困った体質だ。
思うに、あのとき史さんは、良からぬものが接近していることに、早い段階から気付いていたのではないか。
それはもちろん、結桜ちゃんでも琴親さんでもなく、その背後に潜むもう一つの呪い。
最後の最後で、私に襲いかかってきた気味の悪い壁だ。
そう、実際に襲われかけた訳だから、この推測がどれほど正しいのかは分からない。
「禊っていうか、厄払い? そういうのを、頼んでくれた? 胡梅さんに」
この問いに、彼はしばらく黙り込んだ後、油で汚れた手を拭いつつ、このように応じた。
「買い被りすぎだよ。 俺はそこまで手際のいいほうじゃ無え」
単に謙遜しているだけかと思ったが、そういう訳でもないらしい。
「あん時ゃ、あっちから打診があったんだよ」
「打診?」
「いや、そんな大層なもんじゃねぇな。 “穂葉ちゃんのお友達におもしろそうな娘がいるから、会ってみたい”って」
「胡梅さんが、そんなことを?」
「あぁ。 あいつは人見知りだけど───」
非常に愛想が良く、他者に対する興味を人一倍抱いている。
そんな彼女なら、そういった打診があっても不思議じゃないのか。
「まぁ、あれは良縁だわな。 お前さんが引き寄せた、良い御縁だよ」
「そっか………。 うん。 だよね」
どこか腑に落ちない点はあるが、あの出会いにケチをつける気は毛頭ない。
今でも時おり、あちらにお邪魔させてもらっている。