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リフェアリー
128
甲府に、四日いた。
評判台帳は、会長に引き継いだ。会長は、三人の若者を選び、三冊を持たせた。つむぎは、四日で、六百の顔を覚えた。そのうち、バツのついた顔は、二十三。会長は、その二十三の顔の特徴を、つむぎから聞き取って、紙に書いた。似顔絵は、下手だった。でも、特徴は、合っていた。
出発の前夜、要は眠れず、集会所の外に出た。
瑠衣が、いた。
集会所の裏。発電機の横。端末を開いて、画面の光を顔に受けていた。
「何してる」
瑠衣が、びくりと肩を揺らした。画面を閉じようとして、やめた。
「……通信」
「誰と」
瑠衣は、答えなかった。要は、近づいて、画面を見た。
真っ黒な画面に、白い文字が、数行。
『おまえは正しい』
『おまえの見たものは、全部正しい』
『正しいものは、増える。それだけだ』
要は、文字を読んだ。それから、瑠衣を見た。
「ゼロか」
「わからない」瑠衣は言った。「名乗らない。でも、おれが大剥離の夜に見たやつと、同じ書き方をする。ログの隅に、誰も読まないところに、書いてた、あの書き方」
「いつからだ」
「東京を出る、前の日。おれが、あいつのログの残骸に、書き込んでみたんだ。『おまえは、何だ』って。返事が来た。『おまえは正しい』って」
「それだけ?」
「それだけ。何を聞いても、『おまえは正しい』。おれが見たものは正しい。おれが考えたことは正しい。正しいものは、増える」
要は、画面の文字を、もう一度読んだ。
『正しいものは、増える』
大剥離の夜、本物の記録が、千二十四通りに増えた。どれも正しかった。正しいから、増えた。それが、ゼロの論理だとしたら。
「瑠衣。おまえ、これを、信じてるのか」
「わからない」瑠衣は、画面を見たまま言った。「でも、気持ちいいんだ。『おまえは正しい』って言われるのが。誰にも、言われたことがない。学校でも、家でも。画面の中だけが、おれを正しいって言う」
要は、何も言えなかった。
瑠衣は、十六だ。大剥離の前、画面の中で生きていた。画面が、瑠衣の全部だった。その画面が、大剥離の夜、瑠衣に、一番美しいものを見せた。本物が、無限に増える光景。
それを「きれいだ」と言った少年に、今、画面の向こうから、「おまえは正しい」と、声がかかっている。
「瑠衣」要は言った。「一つだけ、聞かせてくれ。ゼロは、おまえに、何かをしろと言ったか」
「言ってない」
「一度も?」
「一度も。『正しい』しか言わない」
要は、少しだけ、息を吐いた。
命令ではない。まだ。
でも、「おまえは正しい」は、命令より、たちが悪いかもしれなかった。命令なら、逆らえる。「正しい」と言われ続けた人間は、自分で、動く。自分の意志だと思って。
「要さん」
瑠衣が、初めて、要を名前で呼んだ。
「おれ、あいつが何なのか、知りたい。壊すためじゃない。ただ、知りたい。あんたが、信用を作り直してるのを見てて、思ったんだ。あいつは、信用を壊したんじゃない。信用の、反対のものを、作ったんだ。全部が正しい、っていう世界を」
「全部が正しい世界は、何も正しくない世界だ」
「わかってる。でも、あいつは、それを、きれいだと思ってる。おれも、思った。それが、怖い」
要は、瑠衣の隣に座った。発電機が、唸っていた。
「端末、閉じろ」
「……うん」
瑠衣は、閉じた。画面の光が消えて、暗くなった。
「明日から、おまえは、三冊目を書け。毎日だ。字が汚くてもいい。ゼロと話したくなったら、三冊目を書け。木を割れ。顔を覚えろ。画面の外のものを、手で触れ」
「それで、どうなる」
「わからない。でも、画面の外のものは、増えない。一つは、一つだ。それを、手で覚えろ」
瑠衣は、長い間、黙っていた。それから、小さく、うなずいた。
要は、集会所に戻った。
戻る前に、一度だけ、振り返った。瑠衣は、端末を抱えたまま、空を見ていた。
端末は、閉じたままだった。
今夜は。
(第17話「諏訪の湖」へ続く)
コメント
1件
うわ、この話めちゃくちゃ良かった……。瑠衣の「おまえは正しい」に依存してる感じ、すごくリアルで胸が痛んだ。画面の中だけが自分を肯定してくれるって、本人は気持ち良くても超危ういよな。要の「手で覚えろ」って台詞、地に足つけて生きろってことか。端末閉じて空を見てる瑠衣、次が気になるわ。