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第五章 かき氷の記憶、花火の音
夏の夜は、思っていたよりも蒸し暑かった。
浴衣を着るつもりだったけど、途中で気が変わって、結局いつも通りのシャツとジーンズになった。
千早なら、「えー!浴衣!せっかくだし着なよー!」って騒いでいたに違いない。
でも、今日だけは、ひとりじゃない気がしていた。
「かき氷を食べながら花火を見る」
リストの中でも、特に“夏”を感じる願い。
近所の川沿いで開催される小さな花火大会。思い出の場所ではないけれど、今のあかりにはちょうどよかった。
屋台の列に並び、いちばん好きだった“いちご味”のかき氷を買う。
でも、それは千早の好きな味でもあった。
いつも「一口ちょうだい」って言ってきて、結局ほとんど食べられていたっけ。
川沿いの石段に腰を下ろし、氷をひとすくいして口に運ぶ。
冷たさが一瞬で舌をしびれさせる。
少し遠くで、小さな音が鳴った。
「始まった……」
夜空に、赤い花火が咲く。
続いて、青、黄色、そして金のしだれ花火。
ドン、と腹の底に響く音とともに、光の花が次々に打ち上がる。
その瞬間だった。
心の奥にずっと押し込んでいた何かが、ふいにほどけた。
——あのとき、一緒に見たかった。
——隣で、「きれいだね」って言いたかった。
でも、もう叶わない。
その事実が、何よりも苦しかった。
「……千早、」
ぽつりと名前を呼んだ。
誰かに聞かれることなんてない。
だけど、自分の声が、今だけはどこかに届くような気がした。
「私ね、ずっとごめんって思ってた」
「私が森に誘わなければ、千早は死ななかったって」
「私が代わりに殺されればよかったって、本気でそう思ってた」
視界がぼやけた。氷の味が苦くなった。
もう、我慢できなかった。
「でも、いま……ちょっとだけ、思ってるんだ」
「もし、私が生きることで、千早の“楽しかった”が意味を持つなら——」
「少しだけでも、生きてみてもいいのかなって」
涙が頬をつたって、かき氷に落ちる。
その味は、やっぱり甘くて、でも少しだけ、温かかった。
空に、大きな光が咲いた。
金色の花が広がって、夜空を照らす。
まるで、千早が笑っているみたいだった。
リストに残るは、あとひとつ。
でも、それを叶える前に——もう一度、会いに行かなければならない場所がある。
千早の部屋へ。
あの夏が止まったままの、あの場所へ。