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第六章 空っぽになったリスト
夜の部屋は、昼間よりも広く感じる。
あかりは机の上にノートを広げた。
そのページには、五つのチェックマーク。
深夜のアイス。知らない駅。キャンドル。遊園地。かき氷と花火。
「死ぬまでにやることリスト」
すべて終えた。
だから、終わるはずだった。
けれど、いま。
あかりの胸の中には、空洞のような静けさが広がっていた。
終わった。
でも、何も終わっていない。
千早は戻ってこないし、自分の罪も、消えていない。
五つの「楽しいこと」は、ただ“こなしただけ”のものになってしまったような気がしてならなかった。
「どうして……」
呟いた声が、小さく部屋に響く。
手の中で、くしゃっとノートを握りしめる。
紙が軋む音が、耳に痛い。
ずっと、「これを終えたら死ぬ」って思ってた。
そうすれば千早に会えるって、許されるって、勝手に信じていた。
でも——違った。
“もういいよ”って、誰も言ってくれない。
“生きて”って、誰も頼んでくれない。
千早ですら、最後に何も言わなかった。
ただ、背を向けて、守って、死んだ。
あかりは立ち上がり、カーテンを少しだけ開けた。
夜の風が入ってくる。街の光がぼんやりと遠くに滲んで見える。
そのときだった。
胸ポケットにしまっていた、あのストラップが手のひらに触れた。
——チリン、と、鈴の音が鳴る。
それは、あの夜、花火の下で聞いた音と同じだった。
あかりはふと顔を上げた。
「千早の部屋に……行ってみよう」
突然、そう思った。
会えるわけじゃない。
何かが変わるわけでもないかもしれない。
でも、あの部屋には、自分がまだ知らない千早が、残っている気がした。
止まった時間の中に。
自分の知らない、千早の“想い”が、きっとある。
そう思ったとき、不思議と足は軽くなっていた。
ノートをカバンにしまう。
クシャクシャのままでもいい。
それが、あかりが歩いてきた時間の証だから。
外に出ると、夜風が肌をなでた。
どこか遠くで、また猫の鳴き声がする。
聞き慣れた音だったのに、今夜は少しだけ優しく感じた。
「待っててね、千早」
誰に聞かせるでもなく、あかりはつぶやいた。
空っぽのリストは、もう“終わり”じゃない。
むしろ、“始まり”だったのかもしれない。
次は、千早の時間の中へ。
止まった夏の続きを、生きるために。
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エモぉ