その日は雲のない晴天で、真っ赤な夕日がよく映えた。
狩猟大会前夜祭。夕日が沈み始めたころに、そのパーティーは始まった。王族主催の伝統ある行事であるだけあって、参加人数はかなりのものだった。殺伐としているわけではないが、警備隊の騎士が横切るたび、自分が犯罪者にでもなったような気分に襲われる。もちろん、俺になんて目もくれず走り去っていくのだが。
久しぶりに屋敷に帰ってきたクライゼル公爵とは、決して長い時間ではなかったが近況報告と狩猟大会での話を少しした。その後、馬車に乗って会場に来たが、公爵はすぐにあいさつ回りに行ってしまったため、俺は後から違う馬車でやってきたゼロと合流して会場内をうろついていた。
俺には喋れる貴族なんていなかったし、友だちもいなかったからだ。それに、一人のほうが何かと気楽だった。巻き込まれるほうがめんどくさい。
「本当に主は、友人が少ないんだな」
「うるっせえ! 憐れむような目で俺を見るんじゃねえよ! てか、ゼロだって、いねえだろ、友だち」
「俺は作る必要性を感じなかったからな。傭兵時代、酒場で酒を飲むくらいの仲の奴ならいた。だが、連絡は取りあっていない。今はどこで何をしているかもわからない」
それは、友だちとは言わないし、結局ゼロも友だちがいないのだろう。それを、意地を張ってか、素でなのか遠回しにいないことを吐露した。ゼロにいたらどうしようかと思ったが、そんなことを思うだけムダだったかもしれない。
それに、俺に友だちがいないことも、これからもできないであろうことも、俺がこれまでやってきたことを考えれば当然の報いだった。
「それに、主は一人のほうが楽でいいだろう」
「勝手に俺がボッチを好んでいるみたいに言うなよ。ゼロ。俺だって、友だちの一人や二人くらいは、いても、いいって思うけど」
「意外だな」
「ほんと、俺のことをどう思ってんだよ」
ゼロが辛辣すぎて返す言葉も見つからなかった。
前よりも、トゲの抜けた言い方に放っているものの、元から空気を読まずにストレートで物事を言うゼロの言葉には毎回胸を貫かれていた。あまりにも痛い。本人が自覚なしに毒を吐いているので、それをどうこうと言いようがないのだが、もう少し言葉を選んでほしいとは思った。
一人のほうが楽でいいし、絡まれるよりかは一人のほうがいい。それはわかっていても、孤独に生きるのは辛いというのもあって友だちが一人や二人ほしいとも思うのだ。
すべては過去の自分のせいであったとしても。
「……俺は、アンタを一人にさせないけどな」
「何か言ったか、ゼロ」
「いや。主がかわいそうに思ってな」
「だから、そういうの言ったら俺が傷つくってわかんないのか?」
俺がそういうと、傷ついているのか? と驚いたように見られたため、俺はまた言い返すこともできなかった。なんで、俺が傷ついていないように見えたのか、そっちの理由を教えてほしかった。
ゼロとは長い付き合いになっていくのかもしれないが、呪いが解けたらまた傭兵に戻るとか、もっと割のいい仕事を見つけに行くとかいうかもしれない。俺たちがこうして二人でいるのはあくまで呪いを解くためだった。そのうえで、歩み寄って少しでも彼の呪いが発動しないように、そして穏やかにゼロが愛する人を見つけることができればと思ったのだ。
「ゼロ~いい所見せて、ご令嬢に気に入られて婿入りするんだぞ~」
「何故だ」
「いや、だって。お前の呪い愛されないと解けないわけだろ? だったら、結婚とか、恋愛とか、云々で……」
「今のところそういう願望はない」
「いやいや。呪いそのままでいいのかよ」
せっかく、こっちが気を使っていってやってるのに、どうしてそんな言い方しかできないのか。頭が痛くなりながらゼロを見れば、それこそ心外だという顔で俺を睨んでいる。
ポメラニアンに定期的になって、動物としての癒しを得て、それから発情して他人に抜かれるって屈辱だろう。少し前までは、ゼロもそれを嫌がっていたはずなのだ。だから、呪いが解けてポメになる可能性がなくなるほうが確実にいいはずなのに。
「お前、一生ポメラニアンのままでいいのかよ」
「主が、俺を人間に戻してくれるだろ?」
「そうじゃなくて。俺だって、毎回お前のし、しごく、とか嫌だし」
「な……」
「なっ……って、お前なあ」
そりゃ、嫌だろ、と言いかけたがゼロの傷付いたような顔を見てやめた。ゼロだって、好きでしてもらっているわけでもないのに、こっちが嫌がっているとわかればそれはもう傷つくだろうし怒りを覚えるだろう。俺も配慮に欠けていたな、とゼロにごめんという。ゼロは気にしていないというようにそれ以上言葉を紡がなかったが、なんとなく言いたいことが分かってしまった。
(変わってないっていいたいんだろ。俺のこと)
せっかく埋めたはずの溝を、自らまた掘り返しているような気分だった。俺のほうこそ、言葉を選ぶべきだろう。ゼロだって、人間で傷つくことだってあるのだから。
それでも、ごめん以外に何かを言うことができず、俺は会場のほうを見渡した。すると、見慣れた亜麻色の髪と遠くからでも目立つルビーの瞳を見つけてしまう。
「ジーク……」
俺が思わず名前を呼ぶと、本人ではなく隣にいた亜麻色の髪の男、主人公のネルケが俺に気づいて顔に花を咲かせた。
こっちに来るなとサッと顔をそらしたが、時すでに遅しで、ずんずんと人ごみをかき分けてやってきたネルケにつかまってしまった。
「にい……ラーシェ様、来ていたんですね!」
「あ、はははは、ネルケ。元気そうで何より」
ゼロが後ろにいることに気づいたらしく『兄ちゃん』というのをこらえて、『ラーシェ様』と言い直した、ネルケはあえて観劇! と目を輝かせていた。どっちかっていったら、俺の近況報告を聞きたいようで、どうなんだというような圧の瞳。
願うならば、会いたくなかったのだが。
「そりゃ、伝統的な狩猟大会。来ないほうがおかしいだろ?」
「ふ~ん。悪役っぽいね、兄ちゃん」
と、ネルケはスッと俺に耳打ちすると、ニヤニヤと笑った。その笑みはまるで、モブ姦まっしぐらなんじゃない? という目で、俺を小ばかにするようだった。自分が主人公で溺愛ひゃっはールートを進んでいるからといって調子に乗って。
殴りたい気持ちを抑えながらも、俺はネルケに微笑みかければ、彼の保護者兼溺愛彼氏のジークまでやってきた。
「ラーシェ」
「これはこれは、王太子殿下。ご無沙汰しております」
「……やめろ。他人行儀な。それとも、そういう嫌がらせか?」
黄金の髪を揺らしながらやってきたジークは、俺のほうを見るなり心底嫌そうに眉間にしわを寄せる。
悪役になったみたいで、嫌だな、と感じながらも、ネルケをとる意思はないと主張できれば害はないと思ったのだ。嫌われているのは慣れている……とはっきり言えればいいが、それでも幼馴染にこんなふうに見られていたなんて最近まで気づかなかった。気づいてからは、本当に謝っても謝り切れないし、胸が痛い。俺たちの関係はもう修復できないところまで来ているから。
「去年は、前夜祭に来て早々暴れていたからな。今年は、その、本当におとなしいな」
「大人になったっていっただろ? それに、暴れても悪目立ちするだけだし。親友のお前に勝つにはそんな方法じゃなくてもっと正々堂々とだな」
「親友…………か」
ジークは重たいため息をつきながら、首を横に振った。本人を前にして、よくそんな態度が取れるなと思ったが、元からこういうやつだったと思うことにして、俺は腰に手を当てた。
ジークからしたら、いきなり変わった俺を警戒しているだろうし、いまさらそんなことをしてもと呆れているのかもしれない。元からこいつは俺のことを親友だと思っていないのだろう。ただの幼馴染。それすらも思われているかわからないが。
俺は空気を換えるべく、押しつけがましい言葉を吐く。
「親友だろ? な、ジーク」
「……そうだな。やっぱり、君はラーシェ・クライゼルだ」
と、ジークはどこか安心したように笑うと、ネルケの肩をそっと抱いた。その行動にネルケの顔がモザイクかかるほど興奮していたのは言うまでもない。ジークはその後、用事があるからと言ってネルケを連れてどこかに行ってしまった。本当に用事があったかはわからない。俺と離れたいがためにわざと言い訳をしていったのかもしれないし、真偽はわからない。それに、どうだってよかった。
一部俺たちの会話を聞いていたのか、周りにいた人たちが口々に「王太子殿下と親友だって?」、「これまでやってきたことを忘れたのか?」とひそひそと話している声が聞こえた。盗み聞きなんてたちが悪いなと思いつつも、言っていることはもっともだったので俺は聞こえないふりをした。
今さらいい人ぶったって過去にやったことが消えるわけでもないのだから。
(あーでも、むかつくよなあ……!)
「ゼロ、酒」
「は? 俺は酒じゃないが?」
「ああ、もう鈍感か!? 天然ちゃんか!? 酒持って来いっていったんだよ!」
「……主は酒に強くない。飲んでまた醜態さらしたいのか?」
お酒は飲める年だし、別に止められているわけでもない。だが、酔いやすい体質であることもまた事実だった。
いらだったのでやけ酒しようかと思ったが、堅物な護衛に止められてしまう。ゼロは、はあ、とため息をついてあたりを見渡していた。
「酒じゃなく、ジュースなら持ってくるが」
「もう、ゼロに全部任せる。どーせ、誰も俺の相手をしてくれねえもん」
「ふてくされるのはよくないぞ、主。そうか……少し待っていてくれ」
そういったかと思うと、ゼロはジュースを探しにどこかへ行ってしまった。まあ、少しくらい護衛が離れても大丈夫だろうと、俺は席を探しに会場内をうろついた。野外会場はかなり広く、ぽつぽつとともり始めた星の光を遮るようにランタンの光が邪魔をする。夕日のような、月の色のようなランタンを眺めていると、トンと誰かが肩にぶつかった。わざとか、と気が立っていた俺が振り返るとそこには見慣れない貴族の男が立っていた。
「ああ、すみません。周りを見ていなくて。もしかして、ラーシェ・クライゼル小公爵様でいらっしゃいますか?」
「え、ああ。そ、だけど。お前は?」
見たことのない男。だが、年は同じぐらいに見える。俺の存在を知っていても、物怖じせず、物腰柔らかな笑顔を向けたその男は、アメジストの瞳をこちらに向けるともう一度優しく微笑んだのだった。
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