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奈良は、瑠璃の自宅を知らなかった。
付き合って一ヶ月で富山支店に異動になった。
二年間の遠距離恋愛。
週末は石川県に帰り、金沢駅で食事を済ませ、金沢駅近くのホテルでセックスをし、翌日には富山に戻る。
その繰り返しだった。
交際中、言葉の少ない瑠璃は奈良の話に耳を傾けるばかりで、自分のことはほとんど話さなかった。
いや、正確には奈良が一方的に喋り続け、瑠璃に話す暇すら与えなかった。
結果、奈良は彼女の生い立ちも、学生時代の思い出も、自宅すら知らなかった。
(やっぱりLINEはブロックされてるか……)
奈良はバスに揺られて、石川県庁の斜め向かいにあるコンビニエンスストアの雑誌コーナーで時間を潰していた。
瑠璃の自宅は分からないが、以前ドライブに出かけたとき、このコンビニを指差した記憶がある。
「私の家、あの近くなの」
「ふーん」
「仕事の帰りは18:00頃かな」
「ふーん」
「それでね、西高の生徒がたくさんいて歩きにくいんだ」
「そう」
そんなやり取りをした覚えがある。
瑠璃はこの道を通るはずだ。
そのときに声を掛けようと、奈良は待ち構えていた。
17:45。もうじきだ。
ピロピロピロ ピロピロピロ機械的な鳥の鳴き声がして、背の高い男性が店に入ってきた。
何処かで見たような――と振り向いた瞬間、奈良は手に持っていた週刊誌で顔を隠した。
見覚えがあるどころか、その男性は上司だった。
正確には、二年前まで上司だった。
(……く、黒木係長)
黒木は清涼飲料水コーナーで、ブラック無糖の缶コーヒーを一本手に取ると、レジに向かって歩いていった。
「ありがとうございましたー!」
奈良の目は、その後ろ姿を追った。
駐車場の一番端でハザードランプが点滅し、黒木は車の運転席に座った。
しかしその車が発進する気配はなく、黒木の横顔は携帯電話の青白い光の中に浮かんでいた。
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