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第7話「比翼のコンビ」
胸の奥がじわじわと焼けるように苦しくて、息を吸おうとしても、喉の奥で空気が跳ね返されるようだった。
透析を受けた後の副作用──吐き気、倦怠感、頭の重さは、いつものことだと思っていた。だが、この日は違った。肺そのものが誰かに掴まれているみたいに動かない。
「……はぁっ……はぁっ……!」
必死に呼吸をしようとしても、胸が上下するだけで酸素が入ってこない。
翔ちゃんを看病していたはずが、気づけば自分の方が床に崩れ落ちそうになっていた。
「かもめん!? おい、しっかりせぇ!」
翔ちゃんがベッドから身を乗り出し、俺の肩を掴んだ。その顔も汗に濡れて青ざめている。けれど、声は必死に俺を呼んでいた。
次の瞬間、看護師が飛び込んできて、俺の顔に酸素マスクをかぶせた。冷たい酸素が鼻と口から流れ込んでくる。ようやく呼吸ができた。
……助かった。
けれど安心したのも束の間。隣で翔ちゃんが咳き込み始めた 。
___いつもの咳じゃない。
重く、強く響く、まるで誰かに締め付けられているような咳。
「ごほっ、ごほっ……っ!」
「しょ…っ翔ちゃん!? おいっ、大丈夫か!?」
マスク越しに声を張り上げる。翔ちゃんは手を振りながら「…かも…めんの方がっ…ヤバい顔しとるやろ……」と無理に笑った。
──違う。
このままじゃ、翔ちゃんの方が危ない。
俺は震える手で、自分の酸素マスクを外した。
肺がすぐに酸欠を訴える。視界がちかちかと白く瞬き、頭がぐらぐらと揺れる。
「…な、何してん…ねん…? お前が…使えって…!」
翔ちゃんが必死に拒もうとするが、俺はそのまま強引に翔の顔にマスクを押し付けた。
「……黙って……つけ…て…!」
喉が引きつるように痛かったけど、それでも声を張った。
翔ちゃんは驚いた顔のままマスクを押し返そうとしたが、俺の必死さに負けて観念したように息を吸い込んだ。
少しずつ、翔ちゃんの咳が落ち着いていくのを確認して、俺は床に膝をついた。肺は悲鳴を上げ、頭が酸欠で真っ白になる。
ナースコール……押さなきゃ。
視界がぼやける中、壁際の赤いボタンが揺れて見える。
「……はぁ……っ……!」
体が動かない。けれど翔ちゃんの命を救うために、這うようにしてベッドから転げ出した。点滴スタンドがガラガラと音を立てる。
一歩進むたびに、膝が崩れる。床に手をつき、必死に前へ。肺は酸素を求めて焼けつき、吐き気が込み上げる。それでも止まれない。
──届…け、頼むから……!
震える指でようやくナースコールのボタンを押し込んだ。
「……たすけ……てください……!」
声はかすれ、ほとんど息しか出ていなかった。
すぐに複数の看護師が駆け込み、翔ちゃんのベッドに集まった。
俺はその場に崩れ落ち、翔ちゃんの名前を繰り返し呼ぶことしかできなかった。
「しょ……翔ちゃん……頼むから……!」
処置がひと段落したあと、俺は酸素マスクを再びつけられ、ベッドに戻された。呼吸が少しずつ楽になり、意識も安定してきた頃──医師の静かな声が響いた。
「サムライ翔さんの腎臓が急速に悪化しています。残念ですが、透析を始める必要があります」
頭が真っ白になった。
……俺だけじゃなく…翔ちゃんまで…?
翔ちゃんはしばらく黙って天井を見ていた。俺が何か言おうと口を開いたとき、翔ちゃんは小さく笑った。
「……お揃いやな」
「翔ちゃん…。 笑いごとじゃ…ないよ」
「いや……お前ばっか機械に繋がっとるの、なんかずるいやん」
強がるように笑いながらも、その目尻には涙が滲んでいた。
夜。消灯後の病室。
点滴の滴る音、遠くで響く機械のアラーム。
俺はベッドの上で横になる翔ちゃんの方へ体を向けて、酸素マスク越しに呟いた。
「……一緒に、生きような」
翔ちゃんはかすかに頷き、酸素に曇った目で俺を見返す。
「当たり前や……かもめんの相棒やからな」
二人の呼吸音が、機械の音と重なり合う。
俺たちの肺も腎臓も壊れかけている。けれど、まだ繋がっている。
──相棒だから。
ここまでよーん
さらばじゃ
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