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第8話「連帯の決断」
病室の静かな夜。窓の外には、月明かりが薄く差し込んでいた。
俺は布団に潜り込んで、目を閉じたふりをしていた。体は疲れ切っていて、眠りたいと思った。でも、耳だけは研ぎ澄ませていた。
翔ちゃんのベットの方から、低くても緊張感のある声が聞こえてきた。
「先生……俺……透析、明日できるんですか……?」
小さな返事。医師の声も混ざる。
「……申し訳ない。今、急な患者さんが相次いでいて、透析機が全て埋まってしまっている。君が使える明日の枠も、確保できそうにない」
翔ちゃんの肩が震える。小さな声で、でも堪えきれずに漏れた。
「……え……行かれへんの……?」
それは、子供みたいな絶望が滲む声だった。
俺の心臓がギュッと締め付けられた。
翔ちゃん……透析…使えないの?
笑えない冗談みたいだ。
医師の説明が続く。
「緊急性の高い患者さんが優先です。申し訳ないけど、今日明日の枠は……」
もう言葉は途切れ途切れで、翔ちゃんは肩を落とし、ベッドに沈み込むように座った。
……俺は布団の中で握りしめた拳を震わせた。
こんな状況……。翔ちゃんは必死に耐えている。怖くて、寂しくて、絶望している。
それなのに俺は、横でぐったりして布団にくるまっているだけだった。
俺の透析は済んでいる。まだ今日の分は必要ない。
――なら。
頭の中で、その一つの答えが明確に浮かんだ。
(……俺の透析、翔に譲ろう)
息をひそめたまま、目を閉じてその決意を確かめる。涙は自然に溢れそうになる。
でも泣いたら、翔ちゃんに悟られてしまう。俺が泣けば、きっと翔ちゃんは心配して、無理をしてしまうだろう。
(大丈夫、俺の体……まだなんとかなる)
布団の中で小さく呟き、肩で息を整える。体は透析後の副作用でフラフラだ。めまい、吐き気、胸の圧迫感……それでも、翔ちゃんが透析を受けられないよりは、ずっとましだ。
翔ちゃんのベッドの方を見ると、荒い呼吸と肩の落ちた背中が見えた。
医師がそっとベッドを離れ、翔ちゃんの耳に説明をして去っていく。
「……行かれへんのか……」
低く、震える声。
俺は布団の中で泣きそうになった。悔しい、情けない、でもこれしか方法はない。
(……大丈夫、翔ちゃん……俺の分、明日譲るから)
震える手で布団を握り締める。口には出せないけど、心の中で強く誓った。
布団の陰から、翔ちゃんの悲しそうな寝顔をこっそり見た。
小さく胸が痛む。透析機が足りないせいで、翔ちゃんがまだ苦しまなければいけないなんて。
でも、俺が少し我慢すれば、翔ちゃんも笑顔を取り戻せるはず。
息を整え、心の中で再び呟く。
(……絶対…絶対守るんだ…翔ちゃんを)
涙が頬を伝い、布団に染み込んでいく。
でも、その涙は決して無駄じゃない。翔ちゃんが朝を迎え、機械の前で安心して血を流せるようにするための、俺だけの誓いだった。
終わりでぇす
次回はサムしょの透析ですぞ