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初めてのサロンが終わり、その後定期的に開くようになってからしばらくが経つ。


二度目の開催では世の中を知る事と女性が好みそうな事をという目的で、近頃市井で人気の菓子職人を呼んでの、実演方式による菓子講座を行った。

前回と違い令嬢たちを多く呼んだところ、“約束”を守って招待したグラスが、その場の話題の中心を掻っ攫って行ってしまった。彼にそんなつもりは全く無かったのだが、令嬢たちが多ければそうなる事は目に見えている。

またもやグラスにサロンを掻き回された格好となり、執事のファリヌは静かに怒りを感じていた。が、ショコラは食べた事のない菓子に夢中で、そんな事は大して気にも留めていない様子である。


「ショコラ様。次回からは、ご令嬢方をお呼びする人数はもう少し減らしましょう。…いえ、グゼレス侯爵!お呼びするのはやめましょう。」


ファリヌがそう訴えると、ショコラは「うーん」と考え込んだ。


「だけど、そんな事をしてもあの方はきっと勝手にいらしてしまうわよ?」


確かにそうで、彼はぐっと奥歯を噛むしかない。


その次の回では、ファリヌの意見を大きく取り入れた。また令息たちを多めに招待し、公爵家の広い庭で乗馬を習う事にしたのだ。


ショコラは馬に乗れない。

これまであまり外へ出る機会の無かった彼女は、当然馬にも乗る必要など無かった。そのため、わざわざ教わろうと思う事も無かったのである。

だが今は将来的に、これが必要となる時が来るかもしれない。それに乗馬は貴族の嗜みでもある。ならば一人で訓練するよりも、大人数で習った方が楽しそうではないか。――そうしてこの企画が考えられたのだった。


「乗馬でしたら、わざわざサロンを開く必要など無かったのに。私がいつでもいくらでも!お教えしますよ。ではまず、一度一緒に乗ってみましょうか?」


馬を連れたグラスがにこにこと手を差し出すと、「いや、それなら私が!」「私なんて、指導員になれると言われた事が…」と、沢山の令息たちがショコラのもとへと殺到して来た。皆、グラスに先を越されてなるものかと息巻いている。

そんな様子を、少し離れた場所から窺っている二人組がいた。


「ほらっ、貴方もいってらっしゃい!他の方々に出遅れるなんてあり得ませんわ‼」


片方は令嬢で、もう片方は令息。彼女は隣に立つ彼を肘で突く。


「えぇえっ僕が馬に乗るの下手だって、ミルも知ってるじゃないか!」

「その気弱がいけませんのよ!だから馬にばかにされてしまうのだわ。」


言わずと知れた、ミルフォイユとサヴァランである。今回も招待されている二人は、いつものように些細な口喧嘩をしている。

しかし、それに気を配れるほどの余裕が、今のショコラには無い。グラスを含めた、我こそはと群がって来る令息たちを前に、どうしたものかと悩んでいる最中なのだ。


「う――ん……。‼」


そんな彼女の前に、助け舟が現れた。


「クレムお義兄様!お義兄様は乗馬をなさいますか?」

「ああ、もちろんだよ。」

「それならわたくし、お義兄様に乗せて頂こうかしら。」


それを聞いた令息たちは、心底残念そうにする。しかし、“義兄あに”を前にしては勝てない……と一先ず引き下がるしかないのだった。

そんな気を知ってか知らずか。ショコラにとってクレムとは、『困った時のお義兄様』なのである。


そうして銘々が馬に乗ると、公爵邸の庭にある林を散策をする事になった。

出発する直前、クレムは前に乗せたショコラへと声を掛ける。


「馬が可哀想だから、ゆっくり行こうね。」

「はい、分かりました。」


ショコラたちの仲の良さそうな様子を、皆が恨めしそうに眺めている。……あそこにいたのは、本当は自分だったはずなのに……。誰もがそう思っていた。

を目論んでいたグラスも、当然その一人である。


「ぐっ……またもや伯爵か……‼」


彼は、その他大勢と同じく歯噛みをするばかりだった。



――…その後に開かれたサロンでも、ショコラは何かにつけて「お義兄様、お義兄様」……。自分のサロンにも拘わらず、彼女は完全にクレムを頼り切っていた。



そんなある日。


「ショコラ。急な事で悪いのだが、来週はしばらく領地に戻らなければならなくなったんだ。」


屋敷の本館にあるテラスで、いつものようにフィナンシェも含めた三人でお茶をしている時の事だった。


「なんでも大きな商談があるのですって。私も付いて行かなければならないのよ。最近はただでさえ、ショコラとの時間が少なくなっているというのに……。」


フィナンシェが少々不機嫌そうにしながら付け加える。不満そうながらも嫌だと言わなくなったあたり、どうやら夫婦仲は悪くないようだ。


「お姉様はヴェネディクティン伯爵夫人ですものね。お姉様が同席なさったら、どんな商談だって成功間違いなしですわ!」

「まあ―…そうだけれど。でも、次のサロンは貴女一人になってしまうわ。それが心配なのよ。」


愛する妹に持ち上げられ得意気になったフィナンシェだったが、すぐに顔を曇らせ溜息を吐く。


「大丈夫ですよ、お姉様!始めてからしばらく経ちますもの、慣れましたわ。それに、次回はまた乗馬をする予定なのです。あれから練習も沢山したので、もう一人でも乗れるようになったのですよ‼」


義兄がいない事を少し残念には思ったものの、ショコラは笑顔でそう返した。


しかしこれまでサロンの最中、彼女はかなりの部分でクレムを拠り所にして来た。何せ、『困った時のお義兄様』である。

その姿は、非常に仲の良い義兄妹――赤の他人が易々とは間に入れないような……。

少なくとも、周りの目にはそう見えていた。でもショコラ本人は、その事に気付いてはいなかった。




そして、姉たちがヴェネディクティンの領地へと発ってから数日後。

次のサロンの日がやって来た。


「今日は伯爵がいないのですね。」


ここぞとばかりに、グラスが側へやって来る。


「はい、お仕事で。お姉様とご一緒に領地まで行かれているのです。そちらも、ソルベ様はどうなさいました?」

「弟は任務です。旅団を率いて遠隔地へ行っていますよ。」

「まあ、そうなのですか。」


彼とたわいもない会話をしていると、向こうの方にいるサヴァランの姿が目に入った。こちらも珍しく、たった一人でぽつんとしているではないか。気になったショコラは、近付いて声を掛けてみた。


「サヴァラン様!今日はお一人なのですか?ミルフォイユ様はどうなさったのです⁇」


きょろきょろと辺りを捜しているショコラを前に、サヴァランは真っ赤になっている。


「あっショコラ様…!あの、ミルフォイユは今日、少し風邪気味で……」

「まあ!……それは心配ですわね……。」


その会話をしながら、サヴァランは今朝の事を思い返した。ヴァンブラン公爵家の屋敷へ、ミルフォイユを迎えに行った時の事である。

彼女はベッドの上で、をしながら咳き込んでいた。


「……まさか、行かないなんて言いませんわよね?アナタ、先日の王宮での夜会の件、忘れましたの⁉二の舞三の舞を演じるおつもり?もし行かないと言うのなら、わたくしが行きますわょゴホッゴホッ…」


ミルフォイユが行けないのなら自分も……と言い掛けると、彼女は体を起こして怒り出した。そしてベッドを出ようとするものだから、侍女と共に慌てて宥めたのだ。こんな状態で外出なんてすれば、もっと風邪をこじらせるに違いない。

結局、「ちゃんと行って来るから」と約束をして、何とかその怒りを収めたのだった。


『……あのままじゃ、本当に無理をして来かねなかったからなあ……。』


物思いにふけり、サヴァランはいつの間にかしんみりと黙ってしまっていた。しかしそれを見たショコラは、きっと一人で寂しいのだろうと勘違いをした。

そこで彼に笑顔で提案する。


「サヴァラン様。それでは、今日はわたくしとご一緒なさいませんか?」

「エッッ!?ほんとうですか??」


サヴァランは、びっくりするほど大きな声が出た。


「はい。今日はちょうど、わたくしもお義兄様がいらっしゃらないので。」


……まさか、こんな展開になるなんて……‼望外な事に、サヴァランは思わず舞い上がってしまう。


『ありがとう、ありがとうミルフォイユ‼僕、ちゃんと来て本当に良かった!!!』


舞い上がりながらも、彼は密かに心の中でミルフォイユを崇めるのだった。







さて。ショコラとサヴァランはそれぞれ馬に乗り、仲良く移動し始めたのだが――…それが面白くないのは、グラスである。

彼は早速、サヴァランに軽くちょっかいを掛ける。


「おや、ヴァンロゼ卿。今日は許嫁殿がいないのを良い事に、移り気ですか?」


二人に馬を近付け笑顔でそう言うと、素直なサヴァランは面白いように腹を立てた。


「なっ、違います!やめてください、おかしな言い方をなさるのは‼」


珍しく言い返したのは、ショコラに誘われて浮かれた気持ちが、彼の気を大きくしているからだろう。

そんな彼らの間に、ショコラが口を挟む。


「そうですよ、侯爵様。そんなおっしゃり方は失礼です。声をお掛けしたのは、わたくしなのですから。」

「ちょっとした冗談ではありませんか。では、私もご一緒してもよろしいですよね?」


すると今度は、サヴァランが面白くないという顔をした。

……だが仕方が無い。今日はこの三人で過ごす事にしよう、彼女に心が狭いと思われては逆効果だ。――彼はそう思い直した。


そんな訳で、三人はショコラを挟んで横一列に並び、ゆっくりと馬を歩かせ始めた。


そして前回も散策した、林のところまでやって来た時である。

入り口から少し入った所で、グラスはサヴァランをけしかけた。


「――ヴァンロゼ卿、私と一つ競争をしませんか?」

「は?……私が、侯爵様に勝てるわけがないじゃないですか。」


サヴァランはムッとしながら答える。残念ながら、そう簡単には乗ってくれないようだ。彼はそこまで馬鹿ではないらしい。


「もちろん私には制約を付けますよ。貴方が出てから三十秒、待ちましょう。この林を先に抜けた方が勝ちです。いかがです?」


林と言ってもここは屋敷の中であり、そんなに大きくはない。制約に三十秒も取るとは、あまりにも人を舐め過ぎている。これにはさすがのサヴァランも頭に来た。

……だが、これは好機でもある。自信過剰なグラスはきっと足を掬われるだろう。邪魔者を正当に引き離せる良い機会ではないか!――彼はそう考えた。


「……分かりました、いいでしょう!その代わり、負けた方はこの後一人行動とします。それでいかがですか⁉」

「構いませんよ。」


おまけで、勝手に賭けの内容まで決めてしまった。しかし思いの外、グラスは笑顔であっさりと受け入れる。……どこまでも人を甘く見ているようだ。

きっとその鼻を明かしてやる、とサヴァランは心に誓った。


「では用意…」


パチン!とグラスが手を打つなり、サヴァランは飛び出した。


『…僕だってあの後、必死で訓練して前よりも上達したんだ!前回までの姿を見て勝負を挑んで来たんなら、恥を掻くぞ‼』


出発地点には、ショコラとグラスだけが残されている。片や林の中へ入ったサヴァランは、木々が邪魔をしてその姿が段々と見えなくなって行く……。

が、グラスは用意をする素振りすら全く見せない。

何かおかしいと思ったショコラは、彼に尋ねてみた。


「……あのう、グゼレス侯爵様?三十秒、経ちましたが……」

「――彼は、とても素直な青年ですね。」


グラスは爽やかな笑顔でのたまった。その時彼女は悟った。……この人は、サヴァランを撒いたのだ。と……。

彼の方が、こういう事ではやはり一枚上手であった。


「放っておいても問題ありません。公爵家の屋敷内ですからね。では、我々はあちらへ行きましょうか。」


そう言って、グラスはサヴァランが行ったのとは別の方向を指差す。ショコラは迷ったものの、今からサヴァランを追っても自分一人では追い付けるかどうか……。

そこで仕方なく、グラスの方へ付いて行く事にした。




少しの間、林を進み、二人は小川の辺りまで来ると馬を降りた。

グラスは少し不機嫌そうにして口を開く。


「――…“仲良くしましょう”と言ったのに、貴女はいつも伯爵の側にばかりいますよね。今日はあの方がいないと思えば、ヴァンロゼ卿と親しくしているし……正直、不満です。」


いつも笑顔の眩しい彼が、溜息を吐きつつむくれている。稀な事だとショコラは思った。しかしその言葉には、何と答えていいのかよく分からない……。「はあ、」と相槌を打つのが、今の彼女にとってはせいぜいである。


「私はここまで女性に蔑ろにされた事は、ありません。」

「はあ……」


……分からなくはないが、凄い自信だとショコラは思った。そして、「多少はあるのか」と突っ込みたくなったが、それはやめた。


「そういうのは経験上、理由は一つしかないのですよね。」


何の事か分からないショコラは首を傾げる。


「理由……??」


すると彼は、ショコラの顔を上からずいっと覗き込んで来た。そしてそのまま数秒見据える。……近い。

それから言葉を続けた。


「ショコラ嬢。貴女――…、伯爵の事がお好きなんでしょう。」

「……はい??」


思わぬ言葉に、ショコラは驚いて目をぱちくりとした。


「ええ……それは、もちろんですよ。大好きなお義兄様ですが?」

「そういう意味ではありません。恋愛的な、という意味ですよ。」


彼女はさらに面食らってしまった。クレムに対する“好き”が、“恋愛的な”好き……??


「貴女を見ていたら分かりましたよ!いいではありませんか。貴女が伯爵と上手く行けば、私もフィナンシェ様と上手く行く。これでみんなが幸せになりますね!!」


グラスはにこにこと恐ろしい事を言う。ショコラは固まった。

……もしかすると彼は、頻繁に義兄を頼る姿を見てそう思ったのかもしれない。が……


――…自分が、守ろうと思っていた姉夫婦の仲を引き裂く……?そんな事、もし仮に“そう”だったとしても、したくはない。


「……侯爵様は、どうしてそこまで、お姉様の事がお好きなのですか……?」


ショコラはふと思った。そういえば、グラスの本心というものを聞いた事が無かったな、と……。もしかすると、深い訳があったり――


「どうしてって……。あんなに綺麗な方、好きにならない方がおかしいではないですか!!」


グラスは力強く答える。意外そうに、そしてさも当たり前かのように……。

そのまさかの答えに、彼女は脱力してポカンとしてしまった。


「…そ、それだけ、ですか……??」

「なっ⁉などという事ではないでしょう⁉」

「いえ、分かります、それはその通りだとは思います。……が……」


ショコラは頭の中がグルグルとした。姉は確かに、誰もが見惚れてしまう人物だ。好きになってしまう人間が山ほどいてもおかしくはない。だが、恋愛感情というのはもっとこう……複雑なもの、なのでは……⁇……たぶん……

彼女の脳内はもはや許容量を超えてしまっていた。破裂寸前になったショコラは、思わず目の前の彼に質問してしまう。


「――あのっ、“恋”というのは、そういうものなのですか⁇わたくしには経験が無いので、良く分からないのです……」


するとグラスはキョトンとする。


「そういうもの、でしょう?」


……ショコラは、聞く相手を間違えている。だが、その事には気付けない……。

彼女はまたもや、グラスに心を乱されてしまうのだった。





――…その頃、林を抜けた先のサヴァランは……


「……アレ⁇」


一人ぽつんとして、撒かれたという事に今頃になってやっと気付いていたのだった。

姉が絶世の美女なので、

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