そして、2月の下旬。
今日は私が通っている通信制高校のスクーリングの日。
白河先生に送ってもらい、学校へ入る。
教室へ入ると、私のクラスの 担任のあの男の先生が待ってくれていた。
「山水…凛さんでいいかな?」と、出席簿のようなものを持って聞いてきた。
「あ…はい。」と答えた。
「一番早く来てくれたからビックリしちゃった。凄いですね。」と驚き笑いしながら言ってくれたので、私は微笑んだ。
前の学校の担任と大違いだ。優しい。
やはりこういう学校だからなのかな…?
学校では、国語(現代文)と数学の授業を2時間して終了だった。
学校が終わり、外へ出ると、白河先生が待っていた。
私の姿を見るやいなや「どうだった?」と聞いてきた。
「現代文と数学の授業だった。結構簡単だったかな?」と答えた。
「うん、それなら良かったね!」と返してくれた。
その後は、お出かけして車中泊した。
久しぶりに泊りがけの旅はとても楽しかった。
白河先生も勿論嬉しそうで、ずっとずっと笑顔だった。
そして3月。中学校の終了式の日。
「行ってくるね!」と先生が明るく言い、家を出る。
私は「いってらっしゃーい!」と明るく返す。
『白河先生も随分元気になって良かった』と思っていたこの日。
久しぶりに、起こってしまった。
夕方6時頃。
先生が帰ってきた。
いつもの明るい「ただいま!」がないな。と思いながら玄関へ向かう。
そこには、
びしょ濡れで泣き腫らした顔の白河先生が立っていた。
カッターシャツの上から着ているウィンドブレーカーからズボン、手に持っている荷物までも、全てが濡れていた。
「ど…どうしたの?」と私は咄嗟に聞いた。
「久しぶり…に…ぃ…!」と言いながら、先生は手で顔を隠しながら泣いてしまった。
相当傷ついてしまったのか、先生の身体がブルブルと小刻みに震えていた。
「大丈夫…だよ。」と、私はその一言だけを呟き、抱き寄せた。
水で濡れているからなのか、カッターシャツやウィンドブレーカーが先生の身体にペタッとひっ付くのが分かる。
そしたら、私の耳元で「行きたくない。」と先生が呟いた。
私は、何も言わずに一度だけ頷いた。
その次の日からは、元々は仕事が残っているのだが、先生は休んでしまった。
その2日後、中学校から先生へ電話が掛かってきた。
結論を先に言うと、新しく転任することになったらしい。
先生は、少し微笑んでその事を私へ伝えてきた。
私も自分の事のようにほっとした気持ちになった。
しかし、少しの不安も残っている。
私は「先生が頑張っていたから報われたんだと思うよ」と優しく言った。
先生も「うん。そう自分でも思ってる」と答えてくれた。
頑張った人は、長くても短くても、いつかはどこかで報われる。
生まれて初めてそれが実感できた日だった。
4月1日。
先生が完全に転任する日。
白河先生も「心機一転、頑張るね」と言い家を出た。
私はいつもは玄関で見送るけれど、今日は外まで出た。
空を見上げると、雲一つ無い晴天だった。
『幸先良さそうだな』と直感で感じた。
白河先生も「今日なんだか気持ち良いね!」と言い、右手をグーに親指だけを出し「良いねサイン」をしてから車へ乗った。
私は笑顔でそっと手を振って、心の中で「白河先生ファイト!」と言った。
夕方、先生が帰ってきた。
「ただいま!凛さん!」と明るい先生の声が家中に響き渡った。
何事!?と思いながら玄関へ向かった。
先生は満面の笑顔で「凛さんへ伝えたい事があります。」とかしこまって言った。そして、
「良い感じだった!今回の学校」と。
私は「ほら〜!報われたんだよ!」と言う。
先生は、「うん」と小さく言い、それと同時に頷いた。
次の休みの日。
私たちは1周年記念の登山へ行った。
「早いなぁ。もう凛さんと過ごして1年かぁ…。」と先生は呟いた。
「確かに。早いですね」と私は返した。
最初の日は…。
確か棒アイスを食べたな。
味は…ぶどう…?だったかな。
そういう風に色々思い出していたが、忘れている部分も沢山あった。
本当、時には逆らえないな。
頂上に着くと、いつものように写真を撮った。
記念日だからなのか、一倍美しく見えたのは私だけかな?
そう思っていると「なんかいつもより更に美しい景色に見えるね」と先生が私の方を見て言ってきた。
「うん。だね。私もそう思ってた」と伝えた。
先生は私の言葉を聞くと、にっこりして頷いた。
本当に改めて先生の顔を見ると、優しい雰囲気が溢れ出ている。
垂れ気味の眉毛に目の横の少しのしわ、笑った時にできる小さな笑窪。
白河先生は根っから優しいんだと改めて実感できた。
下山すると、いつものように先生はチョコレートを渡してきた。
しかし、今日のは何か形が違う。
「ハート…?」
「うん。凛さんへの今までのありがとうの気持ちと僕からの愛情だよ。」と白河先生は優しい笑顔で伝えてきた。
私はそのチョコレートを口へ入れると、いつものように噛み砕かずに、そっと溶かしながら食べた。
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