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リフェアリー
128
十一月。ひかりが、百六十枚を返した。
約束の半年より、一ヶ月早かった。水車は、五月から、毎日回った。一日に十軒分の米を搗き、搗いた分を、証で受け取った。半年で、三百枚以上。そこから、百六十枚を、十人に返した。十六枚ずつ。
峠の小屋に、十人が集まった。春に、十五枚ずつ貸した十人。
ひかりが、一人ずつ、十六枚を渡した。
十人は、受け取った。誰も、何も言わなかった。十六枚を数え、懐に入れた。それだけだった。
最後の一人が、受け取った後、木曽の年寄りが、言った。
「……増えた」
「増えました」ひかりは言った。
「十五枚、貸して、十六枚、戻った。何もしてないのに」
「何もしてないわけじゃないです」ひかりは言った。「半年、十五枚を、使わなかった。使わなかった分、私が、水車を作れた。水車が、米を搗いた。搗いた分が、一枚、戻った。おじさんが、使わなかったことが、水車になった」
年寄りは、十六枚目を、指でつまんで、光に透かした。
「……これが、利子か」
「利子です」
「嫌な感じはせんな」
ひかりは、少し、笑った。
「春は、嫌な感じがした。今は、しない。水車が、見えるから」
*
要は、小屋の隅で、それを見ていた。
信用の循環が、閉じた。
貸す。作る。稼ぐ。返す。利子が、戻る。戻った利子が、次の貸付の、元手になる。要が、七年間、銀行で見ていた循環が、峠の小屋の、十人と一人の間で、一周した。
「お兄ちゃん」ひかりが、来た。「これで、八つ目は、本当に、できた?」
「できた」要は言った。「春に、紙に書いたときは、半分だった。今日、一周して、できた」
「一周しないと、できたと言えない?」
「言えない。貸しただけでは、信用は、片道だ。返って、初めて、往復になる。往復して、初めて、次の人が、貸せる。今日、十人は、もう一度、誰かに貸せるようになった。利子が戻ったから」
ひかりは、兄を見た。
「次は、誰が借りるの」
要は、答えなかった。わからなかった。でも、十人が、「次も貸す」と思えるようになったことは、わかった。それが、十人の顔に、あった。
*
夕方、要は、一人で、下流の村の、水車を見に行った。
川の脇。石の台。三メートルの木の輪。十二枚の羽根。川の水が、羽根に当たり、輪が、回っていた。杵が、落ちていた。米が、搗かれていた。
半年前、要は、ここで、「未来の価値が、現在になった」と思った。
今は、少し、違うことを思っていた。
水車は、回っている。誰も見ていなくても。要がいなくても、ひかりがいなくても、十人がいなくても。川の水が、ある限り。
仕組みも、こうなればいい。要は思った。誰も見ていなくても、回る。作った人間がいなくても、回る。川の水のように、人の暮らしが、ある限り。
それが、十条の『掟』だった。作った者の名前を消す。消しても、回る。
要は、水車の前に、しゃがんだ。輪の軸が、きしんでいた。半年、回り続けて、木が、少し、削れていた。
「お兄ちゃん」
ひかりが、後ろにいた。
「軸、そろそろ、替えないと」
「わかってる」ひかりは言った。「来月、また、十人から借りる。今度は、五十枚。軸を替えて、羽根を一枚増やす」
「十人は、貸すか」
「貸す」ひかりは、即座に言った。「今日、顔を見た。貸す顔だった」
要は、妹を見た。
顔を見た。貸す顔だった。つむぎが言いそうなことを、ひかりが言った。半年で、ひかりは、つむぎの目を、少し、持つようになっていた。
「お前、つむぎに、習ったのか」
「習ってない。でも、毎日、十人の顔を思い出してたら、顔が、わかるようになった。返せなかったら、どんな顔になるか。返せたら、どんな顔になるか」
要は、何も言わなかった。
〇、目。四つの村に、一人ずつ。つむぎが教える。そう言った。でも、教えなくても、持つ人間は、持つ。水車を作って、借金を返した人間は。
仕組みが、目を、育てる。
要は、ノートに、それを書こうとして、やめた。書かなくても、水車が、回っていた。
*
夜、峠の小屋に戻ると、瑠衣が、机に向かっていた。三冊目の台帳の、最後のページ。穴のリスト。
『穴、七。水車のような、大きな物を作る貸付は、作る途中で、作る人間が倒れたら、全部、失われる。回し方。作る途中の物を、組合が引き継ぐ。十人の貸し手が、作る人間を、途中で替えられる形にする』
要は、それを読んだ。
「ひかりが倒れたら、水車は、誰が作る」要は、瑠衣に聞いた。
「十人のうちの、誰か。おれが、そう書いた」
「十人は、木を組めない」
「組めるやつを、十人が、雇う。組合の蔵から、証を出して」
要は、うなずいた。
「お前、本当に、穴を見つけるのが上手いな」
「画面の中で、十年、やってた」瑠衣は言った。「画面の外でも、同じだった。穴は、どこにでもある」
外で、遠くで、水車の音がしていた。谷を、下流から。きしむ軸の音。
来月、替わる。十人が、また、貸す。
コメント
1件
第45話「水車が回る」読んだわ…。 ひかりが百六十枚を返したところ、すごく良かった。「何もしてないのに増えた」って言う年寄りに、「使わなかったことが水車になったんだ」って答えるところ、ちゃんと腑に落ちる理屈で感動したわ。利子って嫌なイメージあるけど、水車が見えると嫌じゃなくなるって感覚、すごくわかる。 要とひかりの兄妹の距離感も好き。ひかりがつむぎの目のようなものを持ち始めてて、そういう成長が仕組みの中で自然に起きてるところが。軸のきしみとか、次は五十枚貸すとか、続きが待ち遠しい🔥