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リフェアリー
128
十二月。大剥離から、一年と二ヶ月。
木曽の村は、二度目の冬に入っていた。去年の冬と、違うことが、いくつかあった。証が、二千枚ある。湖が、四百枚ある。組合の蔵に、六百枚ある。水車が、二つになった。壁に、番号がある。峠の小屋に、十二条の掟がある。
変わらないことも、あった。雪。山。川。四百年の掟。
十二月の最初の週、峠の小屋に、飛脚の男が来た。相模湖の、薪と靴の男。丸は、三十四になっていた。
「御殿が、動いた」男は、座る前に言った。
「どこへ」
「塩尻峠から、こっちへ。トラックが五台。黒い作業着が、百人。米の袋が、トラック一台分。それと」
「それと?」
「権田が、いる。本人が」
要は、動きを止めた。
権田は、甲府でも、要と会わなかった。塩尻峠の男に、「会う必要はない」と言った。道具だけを取り、要には関わらなかった。
その権田が、来る。本人が。木曽へ。
「いつ、着く」
「三日。雪で、トラックが遅い。歩いても、同じくらいだ」
*
四つの村の長が、峠の小屋に集まった。大畑。隣村の長。ばあさま。佐久間は、諏訪から、灯を代わりに寄越した。
「御殿が、来る」要は言った。「百人。米一台。権田さん本人」
「何をしに」大畑が聞いた。
「わかりません。でも、甲府と同じなら、評判台帳を渡せと言う。証の台帳を渡せと言う。渡せば米を出す。渡さなければ、米を止める」
「木曽の米は、木曽のものだ。御殿のじゃない」
「はい。だから、甲府と、少し違う。甲府は、御殿の米で食ってた。木曽は、自分の米で食ってる。御殿は、米を止められない。止められるのは」
「道だ」隣村の長が言った。
「道です。塩尻峠。諏訪への道。下流への川沿い。御殿が百人で道を塞げば、四つの村は、分かれる。分かれたら、証は、村の中でしか使えなくなる。湖も。為替も、止まる」
「封鎖か」
「封鎖です」
沈黙があった。
「戦うか」隣村の長が言った。
要は、首を振った。
「戦えません。百人の黒い作業着に、四つの村の、鍬と鎌では。それに」
「それに?」
「戦ったら、市が、御殿になる。力で秩序を作るなら、御殿と同じです。市は、力を持たないから、市なんです」
「じゃあ、どうする」
要は、壁の十二条を見た。
「侵入される前提で、回す。御殿が来る。道が塞がれる。台帳が取られるかもしれない。全部、起きる前提で、それでも回る形を、三日で作る」
「三日で」
「三日で」
*
三日間、四つの村は、動いた。
三冊の台帳の写しを、六冊にした。二冊ずつ、三つの場所に。峠の小屋。木曽の蔵。下流のばあさまの家。諏訪には、灯が、一冊を持って帰った。写しは、要と、ひかりと、孫と、瑠衣が、三日、寝ずに書いた。
証の発行を、止めた。三冊の台帳が揃わない間は、新しい証を作らない。十二条の四条。
組合の蔵の六百枚を、三つに分けた。二百枚ずつ。三つの村の、三人の長が、別々に持った。
壁の番号を、全部の家が、もう一度、確かめた。
瑠衣の穴のリストに、一行、増えた。『穴、十二。道が塞がれ、四つの村が分かれたとき、台帳は照らせない。回し方。分かれている間、各村は、自分の村の中で、自分の台帳で回す。道が開いたとき、四つの台帳を照らす。照らして合わない分は、組合の蔵から出す』
「これで、いいのか」大畑が、三日目の夜に聞いた。
「わかりません」要は、正直に言った。「でも、去年の冬より、できることは多い。去年は、三冊しかなかった。今年は、六冊と、六百枚と、十二条と、壁と、穴のリストがある」
「権田が、全部、燃やしたら」
「燃やしても、人が覚えてます。つむぎが、千五百人の顔を。四百の家が、自分の番号を。十人が、ひかりに貸したことを。燃やせるのは、紙だけです」
大畑は、要を見た。
「お前、一年前、ここに来たとき、『仕組みを作る』と言った」
「言いました」
「今は、『人が覚えてる』と言う」
「はい」
「変わったな」
「変えられました。つむぎに。ひかりに。瑠衣に。ばあさまに。大畑さんに」
大畑は、少し、笑った。それから、笑うのをやめた。
「……来たぞ」
*
峠の上に、火が、見えた。
一つ。二つ。十。五十。
松明だった。塩尻峠の稜線に、松明の列が、並んでいた。百本。雪の中で、赤く、揺れていた。
峠の小屋から、二時間の距離。明日の朝には、着く。
要は、小屋の前に立って、それを見ていた。隣に、つむぎ。ひかり。孫。瑠衣。大畑。隣村の長。ばあさま。灯。
誰も、何も言わなかった。
松明は、動かなかった。今夜は、峠で、野営するらしい。百本の火が、稜線に、止まっていた。
「要さん」つむぎが、小さく言った。
「何」
「権田さんの顔、覚えてる。東京で、一度、見た。川沿いの倉庫で」
「覚えてるのか」
「覚えてる。明日、もう一度、見る。一年で、どう変わったか」
要は、うなずいた。
権田は、要の道具を、全部、持っている。三冊。台帳。現金。百人。米。
要が持っていて、権田が持っていないものは、何か。
要は、隣に立つ八人を見た。
顔だった。
コメント
1件
いやあ、この第46話、めちゃくちゃよかった……。 「戦ったら市が御殿になる」って台詞、グッときたわ。力で秩序を作るなら同じって、まさに要の哲学が詰まってる。それに対して「侵入される前提で回す」って切り替える判断力、カッコよすぎる。 「燃やせるのは紙だけ」って言葉も痺れた。仕組みから人へ、つながりへ——要が一年で変わったっていう大畑の指摘、その通りだし、それを「変えられました」って言えるのが素敵。 ラストの松明の列、百本の火が止まってる静けさと緊張感、絵になるわ……。明日の朝、どうなるんだろう。本当に続きが気になる🔥