「…………」
「何で、何も教えてくれないの?」
「論点ずらすな」
このまま別れ話をされた方がよっぽどマシかも知れない。初夜失敗したしな。そりゃ、十年も離れてたんだ。人の思いってそこまで強くねえ……
俺が、そう怒れば、神津は諦めたように手を挙げた。
「分かった。言いたくないなら言わなくて良いよ。でも、教えてくれる範囲でいいから。でも、僕ちょっと微笑ましくなっちゃった」
「微笑ましいって何がだよ」
「春ちゃんの青春時代の。あの二人のこと……凄く仲良かったから。それは、知りたいかも」
「……面白いもんじゃねえよ」
「それでもだよ。だって、恋人のこと知りたいって思うの、当然じゃん?」
「お前の場合は、交友関係把握しておきたい束縛彼氏だろ」
そう俺が言えば、神津は一瞬理解できずにフリーズしたが、プッと吹き出すと「何それ」と腹を抱えて笑っていた。
十年もあっちにいて、文化や考え方がズレているのかも知れない。でも、さすがに束縛彼氏の意味ぐらい分かるだろうとみてやれば、神津は笑って零れた涙をふきながら「そうだね、そうかも」と納得するように繰り返していた。
「束縛したいわけじゃないけど、春ちゃんの交友関係は知っておきたいなあ。だって、春ちゃん友達少なそうだから」
「はあ!? お前、それ失礼すぎんだろ……! 俺にだって、友人の一人や二人ぐらい……」
俺はそう言いつつ、指で数えようとしたが二本指を立てたところでこれ以上立てられないことを悟った。
それを見て神津はまた爆笑するので、もう一回頭突きか、腹パンを決めてやろうかと思ったがこれ以上暴力に訴えるのはよくないと自制する。
「友人少なくて悪いかよ!」
「悪いって言ってないじゃん。春ちゃん、暴力はダメだよ!」
結局抑えきれずに、神津の胸倉を掴んでやれば、神津は慌てて俺の手首を掴む。
そして、そのまま俺の腕を引くと、バランスを崩した俺は神津の胸に倒れ込む。それを神津は抱き留めると背中に腕を回し、抱きしめた。
突然のことに目を白黒させていると、神津は耳元で囁いた。
その声音は甘くて、思わず背筋がぞわっとするような感覚に襲われる。それに動揺すれば、神津は俺の髪を撫でて、もう一度同じことを呟く。
それはまるで、愛しい人に言うように甘い声で。
「好き」
「……っ」
「春ちゃん、好きだよ」
「なん、だよ……いきなり」
そう言って、抵抗しようとすれば、神津はクスリと笑った。俺の反応を楽しむように、神津は何度もその言葉を繰り返す。
その度に、俺はどうしようもなく恥ずかしくて居た堪れなくなってくる。
きっと今、自分の顔は真っ赤になっているだろう。自分でもそれがよく分かってしまうほど、熱を帯びているのだから。
「本当は凄く嫉妬しちゃってた。あんなムキになって……自分でもびっくりしちゃったんだ」
「……あんときのお前、凄く怖かったぞ」
「ごめんごめん。自分でも抑えが効かなかったんだ……春ちゃんに引っ付いて良いのは僕だけで、春ちゃんが引っ付いて良いのは僕だけって」
「……」
神津は「柄じゃないんだけどなあ」と頬をかく。
やはり、店でのあの神津の表情は嫉妬からきていたものなのかと今更ながらに思った。それと同時に、神津が嫉妬してくれたのかと嬉しく思って、神津に思われている証拠だと、俺は自然と頬が緩んだ。
それを見逃さないとでも言うように、神津は「今笑った?」と尋ねてくる。
「ああ、笑った。お前でも嫉妬するのかって」
「ひっどいなぁ、春ちゃん。そりゃあ、嫉妬するよ。僕のたった一人の恋人が他の男といちゃついてたら、嫉妬もしたくなるって」
「別にいちゃついてねえし」
「僕にはそう見えたの」
と、神津は少しきつめに言って俺の額を指で弾いた。
地味に痛いし、デコピンとかマジでありえねえと思いつつも、どこか嬉しいと思っている自分がいるので文句を言う気にもなれない。
少しは信じてもいいのかもしれない……のか?
(俺、まだ酒残ってるかもしれねえ……)
狭いソファに押し倒されて何も思わないわけもなくて、俺は神津を熱っぽい目で下から見上げる。
初夜が失敗して以来、そういうことは全くなくて、キスもしていない。だから、この場の雰囲気で流せればと俺は神津の手を引っ張って自分の胸元に持ってくる。
「なあ、神津……」
ドクン、ドクンと脈打つ心臓は、それ以上暑くなることはなかった。神津は、ハッと顔をさせた後、俺の手を振り払って首を横に振った。
「いいよ、無理しなくて。大丈夫だから」
「ゆ……」
「春ちゃん、今日は寝よっか」
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