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アキと真琴は、タクと翼と別れた後、駅ホームのベンチに並んで座っていた。
方角が違うから、一緒に帰れない。
それなのに、なんとなく離れがたくて、
かれこれ5本くらい、お互いの電車を見送り続けていた。
ホームの風が少し冷たい。
5月の札幌はまだ肌寒い。
「……アキ、なんか心配かけてごめんね」
真琴がぽつりと呟いた。
アキは慌てて首を振った。
「え、あいや別に!
俺は翼に強引に連れてこられただけだし!
そしたら真琴がいて、ビビっただけ!」
嘘じゃない。
本当のところはそうだった。
でも、何でこんなにムキになって言い訳してるんだろう。
真琴が用事があるって言って一緒に帰れない寂しさは、そりゃあったけど……
それだけじゃない気がする。
真琴は少し寂しそうな顔で、
小さく笑った。
「……そっか」
アキは胸がざわついて、
うまく言葉が出てこなかった。
「……いや、そのさ、うまく言えないけど……
真琴が心から好きって思えるやつなら、
相手が男でも女でも、俺は応援したいつーか……」
真琴の目が、ゆっくりとアキに向いた。
「……応援してくれるの? 誰が相手でも?」
真紅の瞳。
儚げで、吸い込まれそうな瞳。
アキは息を呑んだ。
「あ、あたりまえだろ。
俺はお前の味方なんだから」
真琴は静かに、でもはっきりと言った。
「言ったね?」
「……は、はい」
思わず返事したけど、
え? 本当に好きなやついるってことか?
アキの頭が混乱した。
真琴は立ち上がり、
電車がホームに入ってくる音に合わせて、
小さく手を振った。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「あ、おう……」
真琴の帰る方の電車が先に来た。
ドアが開き、真琴が乗り込む前に、
アキの方を振り返って、
ほんの少しだけ、笑った。
普段物静かで、滅多に笑わない真琴の、
小さな、でも確かに優しい笑顔。
電車が動き出す。
アキはホームに立ち尽くしたまま、
胸の奥がチクチク痛むのを感じていた。
(……何で、こんなに胸が痛いんだろう)
真琴の電車が遠ざかっていく。
アキは知らなかった。
この痛みの正体を。
ただ、明日また朝練で会えることが、
少しだけ、嬉しかった。
その日の夜、アキはあまり眠れなかった。
家に帰って、玄関で靴を脱ぎ捨て、
リビングのテーブルにドカッと座った。
母が作った夕飯——カレーとサラダ——を、
放心状態で口に運ぶ。
味がしない。
ただ、機械的に噛んで飲み込むだけ。
風呂に入っても、同じだった。
湯船に浸かりながら、ぼんやり天井を見つめる。
熱いお湯が体を包むのに、心の中は冷たいざわつきでいっぱいだ。
リビングに戻って、面白くもないお笑い番組を付けた。
芸人が大声でボケて、ツッコミが入る。
スタジオの笑い声が響くのに、
アキの口元はピクリとも動かない。
頭に浮かぶのは、真琴のことばかりだった。
あの赤髪。
華奢な体。
儚げな笑顔。
そして、あの言葉。
『相手が誰でも応援してくれるの?』
あの真紅の瞳で、真剣に見つめられて言われた言葉。
アキはどうしてこんなに気になるのか、わからない。
まさか自分が真琴のことが気になってしょうがないだなんて、見当もついていない。
別に特別な関係じゃない。
ただのバッテリーだ。
投手と捕手。
それなのに、胸がざわつく。
(ありゃ、どういう意味だ……?)
俺は例えばで、
もしこの先そう言う人が現れたら、
ってニュアンスで言ったんだ。
なのに、真琴の言い方は——
もうすでにいる、みたいな。
アキは布団の中で目を閉じた。
でも、眠れない。
胸が熱い。
「……なんだ、好きなやついんのか……」