テラーノベル
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静まり返った部屋の中。机の上のランプが、ベッドの端をぼんやり照らしている。
蓮司はすでに寝転んでいた。
枕元にスマホを放り出したまま、遥のほうに視線を向ける。
「……来たんだ」
何の意外もなかった。
当然のように、蓮司はそう言った。
遥は黙って立っていた。
扉の前。靴を脱いで、かかとを揃えたまま動かない。
「怒ってたくせにさ。律儀だね」
蓮司は上半身を起こし、笑う。
その声に怒りも喜びもない。あるのは、ただ──
「……見たいだけなんだけどな」
「おまえが、どうやって壊れてくか」
遥はゆっくりと服を脱いだ。
一枚、また一枚。
重ねた制服の襟が、床に落ちるたびに、何かが剥がれていくようだった。
(これで……日下部には、触れない)
(俺が、黙っていれば)
ベッドに上がると、蓮司が身を起こし、遥の肩を撫でた。
指先は、ただなぞるだけ。
傷つけるでも、愛するでもない。
「……泣きそう?」
「怒ってたくせに、そんな顔しちゃって」
笑う声が近づく。
そのまま唇が、遥の喉元をかすめた。
反応しない。
声も出さない。
どこを触れられても、ただそこに在るだけの、沈黙。
けれど──蓮司は、指を止めた。
「……おまえ、今、全然おもしろくない」
呟く声が冷たくなる。
「身体が反応してない。息も乱れない。顔も動かない」
「……壊れてない」
「──壊れすぎて、もう反応すらしないのか?」
遥の胸が、ゆっくりと上下する。
それが唯一の「生きている」証のようだった。
蓮司は舌打ちのように、笑った。
「ダメだな……こういうの、飽きるんだよな」
遥の肩にかけていた布団を払い、下半身に指を這わせる。
ぞっとするような冷たい感触に、遥の身体がわずかに強張った。
けれど──それだけ。
「……ねえ、何か言ってよ」
「嫌だとか、苦しいとか。せめて“怒ってる”って顔してくれないと」
蓮司の声が、ほんの一瞬だけ鋭くなる。
遥は唇を噛み、視線を逸らした。
(……これでいい)
(俺が耐えれば、それで)
蓮司はその沈黙を観察しながら、冷たい笑みを浮かべた。
「そっか……」
「“交換条件”で来ただけなんだよな」
「──日下部、守るために」
その名を聞いた瞬間、遥の指がわずかに揺れた。
蓮司はそれを逃さなかった。
「そういう顔。そういう声。……やっと、いいじゃん」
「“俺なんかどうでもいい”って顔。好きだよ」
「そういうふうに、誰かのために壊れてくの」
そのまま、蓮司は遥の身体を押し倒す。
声も、熱も、愛情もない。
あるのはただ、“反応”だけを見つめる目。
遥の喉から漏れる音は、声とは呼べなかった。
泣いても叫んでもいない。ただ、空気が震えているだけだった。
その夜、遥はひとつも自分を守らなかった。
守るべきものは、自分ではないと思い込んでいた。
その選択の果てに何が残るのかも、わからないまま。
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