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『今日は仕事を早くあがれたから、久々にジムに行ってみたよ
プロフィールの体重をかなりサバ読んでるから、ちょっとは痩せないとと思って』
『こんばんは
美月ちゃんも仕事は終わったかな? 今日もお疲れさま』
芹澤瑞希は、濡れた髪を拭きながらスマホの中に目を落とした。
美月というのは、婚活情報サイト『フルール』における、瑞希のハンドルネーム。
風呂上りにフルールに訪れるのは、半年前から彼女の日課になっていた。
未読メッセージに目を通しつつ、毎日かわりばえのしない内容に、乾いた息が漏れる。
こうしてやりとりをしている相手は、全部で7人。
会いたいと言われてる人は、そのうちの5人だ。
「体重も写真も詐称すれば、会った時に困るのは自分じゃない……
馬鹿じゃないの」
瑞希は最初のメッセージに返信しながら、小さく毒づいた。
けど、指では口にしたのとは真逆のエールを打ち込んで、送信ボタンを押す。
ため息のような息をつくと、次のメッセージを開いた。
こういった雑談を繰り返しているけど、心なんて躍らない。
なのにやりとりを続けているのは、彼らが瑞希の条件に適った相手だからだ。
彼女の条件は、おおまかに分けて三つある。
第一が年収、
第二が見た目、
第三が家の跡継ぎかどうかだ。
逆に言えば、性格や趣味といったものには頓着しない。
そんなの、気にするだけ無駄だからだ。
どうせ他人だし、合わない部分があって当然で、本音を見せたところでわかり合えるなんて思っていない。
わかり合えるはず思っていた自分は、半年前に捨ててしまった。
だいたい、結婚目前で彼氏に振られた人間が、いつまでも愛を信じていられるほうがおかしいでしょう?
婚活を始めたのも、元彼で同じ社内の和明がうんと羨むような結婚をして、見返してやりたい一心だった。
瑞希は届いていたすべてのメッセージに返信し終えると、大きく伸びをした。
今でこそ沢山のメッセージが入っているメールボックスだけど、始めた当初はからっぽだった。
こちらからメッセージを送るのも気が引けるし、かといって全く届かないんじゃ、婚活にならない。
考えた瑞希は、婚活真っ最中の人が書いたブログを読むことにした。
フルールの中にも『日記』という機能があるけど、それは自分をアピールするためのツールで、本音なんてほとんど書かれていない。
うわべだけの優等生な日記は、読んでいてちっとも面白くないし、なんのためにもならなかった。
それよりも、本音が書き連ねてあるサイト外のブログのほうがリアルで、学ぶことがたくさんあった。
それを読んでいるうちに気付いたことがある。
男はどう繕ったところで、見た目で判断するということだ。
『可愛いというより綺麗な…』
『胸が大きい人が…』
『清純、清楚なかたが……』
そんな言葉が踊るブログを、瑞希ははじめ顔をしかめながら読んでいた。
けど、次第に結婚も仕事と同じで、ニーズに合わないものは必要ないんだと、妙に納得した。
男性のブログだけでなく、もちろん女性のブログも読んだ。
そのなかでもたくさんある『喪女のブログ』というのが、ことさら瑞希の興味を引いた。
『喪女』という言葉の意味がわからず調べてみると、どうやら男性との交際経験が全くなく、また告白もされたことがない人を指すようだった。
そんな喪女ブログは、なんというか、未知の世界で圧巻だった。
『マイページに人が訪れない』
『メッセージが届かない』
『やっと面会にこぎつけたら、二度見された』
など、赤裸々に綴られる本音を夢中で読んだ。
こういった類の弱音や愚痴は、体験したからこそわかる貴重な情報で、それを活用しない手はない。
ダテに29年、仕事一筋で生きてきていない瑞希は、先人たちのブログから熱心に必要な情報を吸いあげた。
喪女たちは、どうやら見た目でかなり苦戦している模様だった。
『アプローチされるにはやはり見た目』ということを、また再確認した。
けど、次の段階に進むためには、ただ写真を良くみせればいいってわけじゃない。
全くアプローチされない日々が続くと、どうしても見た目とはかけ離れた『奇跡の写真』を掲載したがる。
それが効果てきめんらしいけど、この技は落とし穴があった。
あくまでもメッセージの交換は、ゴールへの過程に過ぎない。
せっかく次のデートという段階に進めたとしても、本来の見た目を気にして会うのを躊躇ったり、あるいは会った際に写真とのギャップに失望されるなんてこともある。
こうなれば、まさに本末転倒だ。
築き上げてきたものが水の泡となってしまい、心を折られてしまう。
必要な情報を得たあと、瑞希は自分を振り返った。
仕事にばかり精をだしていたから、見た目がサボりがちだったのは前から認めてる。
伸ばすというより、髪は伸びただけだったし、美容院に行くのは半年に一回程度だったから、まぁ、女として枯れてはいたと思う。
毎日の服装もパンツスーツが多いから、まわりに怖い印象を持たれているような気だってしてた。
元彼の和明にも、『瑞希は近寄りがたいオーラがあるんだよな』って言われたことがあるし。
思い出すだけでもクッションを投げたい記憶だけど、瑞希はとりあえず見た目を変える努力をすることにした。
エステサロンの会員になって、美容院で髪を明るくして、パーマもかけてみた。
ネイルサロンで、ジェルネイルもしてみた。
仕事ひとすじだったのは、遊ぶ時間をとらなかったということ。
だから、見た目の改造資金には困らなかった。