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「京介さん。あまりお召し上がりになってないでしょ?」
月子は、京介の書斎へ茶漬けを運んだ。
「ああ、すまない。手間をかけたね月子」
幾分落ち着いた様子を見せる京介に、月子は微笑みながら側の長椅子に腰を下ろす。
「無理はしてないか?もうすぐだろう?」
京介は、目を細め月子の腹を見る。
「私は大丈夫ですよ。でも……京子のお見合いが……」
「見合いが決まってしまったら、月子の出産と重なるかもしれんし……いや、いや!そもそも京子には祝言などまだ早い!」
「でも、京介さん。本宅からのお話ですよ。断ることは……」
いい含む月子に京介も戸惑いを隠せない。
「あの、京介さん。フランスの話はどうなのでしょうか?お相手が赴任するということは、京子もついて行くということでしょうか?」
「京子はまだ十五だぞ。結婚にフランスにと……」
渋い顔をする京介に月子は何も言葉がなかった。
二人は顔を見合わせ、ただ黙り込むのみだった。
そして……。
「京子お嬢様?」
お咲が、シベリアを持って京子の部屋を訪れた。
「甘いものでもお食べになって……」
と、そこまでしか声をかけられない。京子は、部屋の真ん中に正座して俯いているだけだったからだ。かろうじて灯りはともされているが、流れる空気は重い。
まだ二十一歳のお咲には、どう慰めたらよいのかその言葉が思い浮かばない。ただ、もし自分に見合いの話が来たなら、今の京子のように動揺するのは、歳が近いだけによく分かる。
女中というよりも、姉のような感覚が、お咲に芽生えていた。
「……お咲。お相手はどんな方なのかしら。それに……お見合いって、どんなものなの?」
まだ幼さの残る心の声にお咲は答えられない。
「……さあ、どんなものなのでしょうね。私もわかりません。ただ、旦那様もおっしゃってましたから……まだ早いと。形だけのものになるんじゃないでしょうか?」
「うん……。そうよね。お見合い……なんて……私……」
思い詰めた表情を浮かべる京子に、お咲はシベリアを勧めた。
「これを食べて気分を変えましょう。心配するほどのことではなかったと……きっと、笑い話になりますよ」
「そうかな……」
ポツリと呟く京子に、お咲は頷き、
「お食べにならないなら、下げますよ。京太郎様が余分に欲しがってましたから。私も食べていませんしね」
と、おどけて見せた。
「あっ!それはだめよ!私も食べてないんだもの!食べるわ!」
落ち込んでいた京子の顔がパッと明るくなった。
「……あれこれ考えても仕方ありません。大丈夫。旦那様もいらっしゃいます。悪いようにはなりませんよ」
お咲は、笑いながら京子へシベリアの乗った皿を手渡す。
「うん。考えても仕方ないわよね」
京子は、シベリアを半分に割ると、お咲に差し出した。
「あら、京子お嬢様。私もいいんですか?じゃあ!」
二人は、シベリアを頬張り、満足げに笑い合った。
その頃、居間では……。
「京太郎。そいつぁーめでたいじゃねぇか?」
「そうでもないぜ?京子にはまだ早いっ!て父上は言ってるけど?」
ほい、と、京太郎は訪ねて来た大家、田口屋の二代目へ水を渡していた。
「いやー、寄り合いの後の皆でちょっと一杯が、盛り上がっちまって。すまねぇな京太郎」
コップに入った水を受け取る二代目は、完全に出来上がっていた。
「で、なんで二代目のおっちゃん、うちに水飲みに来るんだよ。まっすぐ家へ帰れないのかよ」
「いやあー、つれないねぇ、京太郎よ。ここに来たら、なんか面白そうな事がありそうじゃねぇか?まっすぐ帰るのも勿体ねえだろ」
訳のわからない御託を並べ、二代目は水を飲んだ。
「で?京子ちゃんの見合い相手ってのは?」
やっぱり良いネタがあったとばかりに二代目が食いつく。
「外交官。来月フランスに行くんだと」
「へぇ!男爵家の見合いともなると話が大きいねえ!」
二代目は、ヘラヘラ笑っている。
「笑い事ではないぞ!二代目!何しに来た!」
襖をガラリと開けて京介が居間に入ってきた。
どうやら二代目の声が聞こえたらしい。
「あら、二代目さん。いらっしゃいませ。何か食べる物用意しましょうか?」
続く月子が気を利かせる。
「月子、こいつには構わなくて良い」
早く帰れとばかりに京介は二代目を邪険にする。
「何だよ。京さん。愛娘の嫁入りが気に入らないのかい?っていうか、すっかり親父の顔してるじゃねえか」
変わらず二代目は、ヘラヘラしていた。勿論、京介はその軽薄な態度が気に入らないと肩を怒らせている。
と──。
「岩崎!すまん!ちょっとこれ見てくれるか!」
廊下をドタドタ歩く音が響き、花園劇場の支配人であり、京介の友、中村が顔を覗かせた。
「独演会のポスターが刷り上がったんだ」
音楽家である京介の独演会告知が刷り上がったと、主催者として中村がやって来たのだ。
「けっ、またいつもの宴会が始まるのかよ。この面子集まったってことは……」
京太郎が、ぽつりと言う。
「え?どうした?というか、二代目何してんだ?」
話が見えない中村は、ポスターを差し出しつつも、ぽかんとしている。
「京介さん。お酒の用意しますね」
月子がまた気を利かせる。
「あー、俺、お咲呼んでくる」
京太郎も気を利かせた。
「いやあ、月子ちゃん、すまないねえ。何か食べる物あればいいんだけど。小腹が減ってきた」
「あっ、できれば俺も」
二代目と中村は、当然のように居間に座り込み、月子を見た。
「お前らなあ!」
京介の激が飛ぶ。
「まあまあ、京さん。京子ちゃんの見合いの話、聞かせてくれよぉ」
「えっ?!岩崎!見合いって?!なんだそれ」
二代目と中村は、もう離れんとばかりに腰を落ち着かせている。
「……余計なことを言ったな……」
ジロリと京介は、息子京太郎を見る。
「あ、こ、これ、宴会始まるよなぁ。お咲!お咲!」
居づらくなった京太郎は、お咲を呼びに行く事で姿を消し、
「ふふふ、皆さんゆっくりしていってくださいね」
慣れっこだとばかりに、月子は余裕の顔で皆へ声をかけた。
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コメント
1件
うわあ…第3話、めちゃくちゃ良かったです😭💕 京子お嬢様とお咲のシベリアシーン、あれ泣けますね…。暗い顔してた京子が「私も食べてないんだもの!」ってパッと明るくなる瞬間、お咲が姉みたいに寄り添ってくれてて胸がじんわり温かくなりました。 一方で、大家の二代目がヘラヘラ乱入してきて、あの軽いノリがいいアクセントになってる!笑 京介さんの親バカっぷりもツボだし、月子さんの余裕の奥にある心配も感じられて、家族の空気感がすごく丁寧に描かれてるなあ…って思いました。 次回も気になる!!🌸