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三話 告白
机に座って次の授業の準備をしている遠山くんの目の下には、私のおそろいの黒いクマがある。
「――と、みこと!!」
「わ!な、何!?」
「最近ぼーっとしすぎ!!大丈夫!?」
「クマすごいけど、このコンシーラー使う?これめっちゃ消えるよ!」
「どこのやつ?」
「――の――のやつ」
「優華そこのやつめっちゃ好きだよね!」
「美琴、最近寝れてないの?」
「んー……寝付けないんだよね……」
「えー?悩み事?」
「睡眠は大事だからなぁ……安眠枕とかは?」
「考えとくよ……」
あの日から遠山くんのことが頭から離れない。おかげでまともに眠ることもできない。いつ話してくれるんだろうか?気になって仕方無い。あんな暗い時間にあんなところでなにをしていたんだろう。
でも、たまたま通りがかっただけの私には関係ないことで、それに、あれは遠山くんのプライベートのこと、でも言ってくれるとは言っていたし、本人のタイミングで言って欲しいとは思う。でも、気になって気になって仕方がない!
そういえば遠山くんと仲のいい神崎くんは知ってるのかな。
私の席は廊下側で、遠山くんの席は窓側である。彼のことを考えていると悩みがつのっていく。それでも止められない。もう戻れないほど深くおちてしまっているから。
ふと、彼の方をみてみる。風に揺れる彼の髪が綺麗になびいていた。授業中に彼の顔を眺めるのが最近の楽しみ。眠そうにしてる顔も、退屈そうにペン回ししてるところも、全てが可愛く愛おしい。
今は休み時間で、遠山くんは窓側で神崎くんたちと話してる。いつも大人数で喋ってて、よく笑ってるところをみかける。
(やっぱり笑顔が可愛い〜!!……じゃなくて!遠山くんから話しかけられるのを待つだけ……でいいんだっけ……?)
やっぱり、私から話しかけていったほうが良いのだろうか。今まで誰かを好きになったこともないから、距離の詰め方がわからない。話したいけど、緊張して話せるかわからないし、顔が赤くなりすぎてしまうかもしれない。なにより遠山くんの目を見て喋れる気がしない。遠山くんも友達と喋ってるみたいだし、一人になる時はあまりない。
「美琴ー!次理科室〜」
「は〜い!」
「みことw!!筆箱忘れてるwww!!」
「え、ええ!?!?本当だ!!」
走って教室を出ていく彼女の後を追いかける勇気はなかった。俺は彼女ほど勇敢じゃないし、良い人でもない。
「あれ?彼岸なんか耳赤くね?」
「え?なんで?」
それでも、こんな臆病者でも、秘かに彼女を想ってしまうのは許して欲しい。
「……いや、別に。」
「え?熱でもあんのか!?大丈夫かよ!?」
「俺ら明日カラオケ行こって話してただけだよね?」
「あ、あぁそうそう、カラオケ楽しみだな。」
「お、おぉ、た、楽しみだよなー!!」
彼女の目を見て俺は何を話せるだろうか。どこまで話せるだろうか。
彼女の後ろ姿を眺める俺は、襲われる熱と冷たい心を取り出して投げ捨てたい衝動に駆られていた。その背中はとても小さくて、目を離せば、転けて骨でもおれるんじゃないかと思うほど。
でも、彼女が泣きながら走り去ったときの背中とは何処か違っていて、それに安堵する自分は、彼女を傷つけた最低な男であったことを改めて痛感した。
「あ〜……実験疲れた!!」
「マジそれな……」
「次は昼食だよ!何食べる?」
「おにぎり食べたい!」
「おにぎりの具って何が一番好き?」
「昆布」
「ツナマヨ」
「え〜塩」
「塩www」
「シンプルwww」
「美味しいけどwwwわざわざ食堂で頼まなくてもいいだろwww」
「食堂だからこその良さがあるの!!」
食堂のご飯を持って、皆で席に座ろうとしたとき、後ろから来る人影が見え、振り返ろうとした瞬間に低く強い声が聞こえてきた。
「あ、澄川……さん!」
「へ!?と、とと、遠山くん!?」
「あ、あのさ、今日の放課後って時間ある……?」
「あ、う、うん!もちろん!めっちゃある!!」
「あ、良かった。えっと、じゃあ、……第二音楽室に来て欲しい……」
「わ、わかった!すぐ行く!!」
「あ、うん……じゃ。」
彼は話終えると駆け足でその場を去った。首に置かれていた手が外れると、赤くなっていることがわかった。私の顔は鏡を見ずともわかるほど、熱く赤くなっていたことだろう。
私は脳内の処理をするので精一杯だった。周りの視線も、可愛い女の子がする舌打ちの音も私には全く届いていなかった。
「美琴〜!遠山と話せてたじゃん!」
「……〜〜!!美琴!やったじゃん!!」
「…………何話してたの?」
「……今日の放課後、話したいって……」
「「えええええ!?」」
「ちょ、ちょっと前髪整えよう!」
「リボン結び直そ!!」
「リップもちゃんとつけて!!」
「ちょ、ちょっと話すだけだから!!……ぶ、部活のこととか!喋るだけだし!!」
「好きな人と二人きりで喋るんだよ!?可愛くしてかなきゃ!!」
「いや、まだお昼ご飯の時間だし!!」
彼に話しかけられて心臓が飛び出そうになった。熱く恋焦がれる胸の高鳴りが私の頭で響いていく。あぁ、恋とはこんなに楽しいものなのかと、歓喜する自分がいた。あのとき感じた恐怖がどんどん彼の姿で上書きされていく。それが嬉しくもあったし、怖くもあった。
心臓が強く激しく音を立てながらも無事澄川さんに話しかけることに成功した。が、安堵する暇もなく、
「おいおい彼岸!澄川さんと何話してたんだよ!!」
「へぇ〜美琴ちゃんみたいな人がタイプなんだ……」
「澄川さんとなに話してたの!?」
「彼岸から女子に話しかけたのとか初めてじゃね?」
「初めてなわけねぇだろ!流石にある!……この間落し物してたから話しかけただけだ!」
「………」
下校のチャイムが鳴り、カバンの中を整理し彼女と話した後にすぐ帰れる準備をしていた。言葉を考え必死で脳を働かせる。何度も何度も心の中で同じ言葉を繰り返す。絶対に失敗しないように。
「彼岸〜!優華ちゃんがお前を呼んでるぞ〜!」
「え?」
まさか奈須川さんが来るとは思わなかった。いつも澄川さんの横にいるから、澄川さん関連だとすぐにわかったため俺はすぐに彼女のもとにいった。ただ、何を言われるのかはあまり予想がつかなかった。
「なに?どうしたの?」
「遠山くん。」
彼女はいきなり俺の横の壁に足を当てた。鋭いツリ目は彼女の心を表しているようで、俺は彼女の冷たい瞳に凍りつくように立ち尽くしてしまった。驚きで頭が真っ白になってしまい、さらにはさっきまであんなに考えていた言葉も全部吹っ飛んでしまった。
もしかして怒らせてしまったのか?なんで?俺がなにかしたか?そもそも奈須川さんと話したことなんてないんだけど。なんて必死で考えていると、黙って俺を冷たく睨んでいた彼女がゆっくりと口を開いた。
「美琴に近づかないで。次あの子を泣かせたらあんたの顔面殴るから。」
「え」
俺は一体どうしたらいいんだ。彼女の噂は聞いている。中学生の頃、少しヤンチャをしていて数人病院送りにしたんだとか。あまり敵に回したくない。でも近づかないでと言われてもこれから会う予定なんだが、どうすればいいんだ。
「えっと、あのとき泣かせたのは本当にごめん。悪かったと思ってる。」
「美琴はあんたが近づいて良いような子じゃないの。……あんたは特に近づいちゃダメな部類のやつなんだから。」
「……どういう意味?」
「とにかく、余計なことしないで。あぁ、あと、美琴のこと、振るならちゃんと振って。彼女を苦しませないで。」
「……わかった。」
もしかして、バレてるのか?彼女は澄川さんが知らない俺を知っているのかもしれない。一応、彼女は警戒しておいた方がいい。
窓から差し込む日差しがピアノを照らしていた。ここは二棟の古くてあまり使われない音楽室。人が来ることは滅多にない。
彼女を待つ俺は、この胸の音が聞こえるのではないか。感情が顔に出ていないか、何から話せばいいのか、なんて心配ばかりしていた。彼女と話すのがこんなにも緊張するものだとは思わなかった。おそらく大会前日ぐらい緊張している。彼女が来るのを待つ俺は、自分のことを話す怖さをすっかり忘れきってしまっていた。
この扉を開ければ、遠山くんがいる。
髪の毛もちゃんと整えた。メイクだって頑張って可愛くした。リボンだって優華に丁寧に結んでもらった。ちゃんと遠山くんと話せるように練習してきた。今度こそは、支離滅裂な言葉にならないように、はっきりと答えよう。
心臓がうるさい。彼といざ話すんだと思うと顔が熱くなるのを感じる。大丈夫。大丈夫。たとえ彼がなにを言おうとも、それを受け入れよう。
「と、遠山くん!」
「あっ、澄川さん……」
「「…………」」
なにかおかしかったかな?メイク濃すぎた?気合い入れすぎ?お互いの緊張が距離を示した。一歩一歩近づく度、鮮明に見えてくる彼の顔が、私の熱を増させ、私の心をかき乱す。
「あっ、来てくれてありがとう……えっと……この間の公園のときのことなんだけど……覚えてる?」
「う、うん……もちろん覚えてる。」
「……俺が今から言うことは絶対に誰にも言わないで欲しいんだけど。……いきなりこんなこと言われて困ると思うけど、俺がなにを言おうと逃げないって、約束して欲しいんだ。」
「……!……う、うん!大丈夫だよ!遠山くんの秘密は絶対に守る!」
「……俺……本当……は……」
あぁ、忘れていた。話すことの恐ろしさを。彼女はどんな顔をするだろう。受け入れられなかったときの怖さが俺に刃を向ける。彼女に否定されれば俺はどうしたらいいだろう。本当の俺を彼女は受け入れられるだろうか。きっと、受け入れられないだろう。だから、俺が言葉を発すれば彼女との関係も終わる。それが、なによりも怖い。
「……遠山くん、無理に話さなくてもいいんだよ、遠山くんのペースでいいから!」
「えっ……」
あぁ、そうだ。そうだった。彼女は優しいんだ。あのときから変わらない。君は向日葵のように眩しくて、優しい暖かさを持ってる人だ。
「……俺は、死神なんだ。」
「……え?」
「……普通、活動中は人には見えないんだ。だから、あのときも、澄川さんは見えていないと思ってた。」
澄川さんはびっくりした顔のまま固まっている。それが普通なんだ。
「俺が死神だってことは誰も知らない。いや、本当は教えちゃダメなんだけど……」
「……えっと、勇気を出して教えてくれてありがとう……きっと言うの怖かったよね……遠山くん。」
「…………」
怖い。何を言われるのか。大体の予想はついてる。あぁ、澄川さんが告白してきたときも、こんな感じだったのかな。澄川さんは、こんなに怖かったのかな。
高まる鼓動と、流れる冷や汗が俺を追い詰める。
「遠山くん!私は遠山くんのことが好きです!だから……遠山くんに振り向いて貰えるようにこれからも頑張っていいですか!?」
「………え?」
「そのためにも、遠山のことをもっと知りたくて!でも私、死神のことあんまり知らないから、だから、遠山くんに死神のこと詳しく教えて欲しいなって思うの!!」
「……は、はぁ?」
「こんなこと言われて気持ち悪いのはわかってるけど、それでも……と、遠山くんのことが好きなの!!だから、もっと遠山くんのことを知りたいの!」
「いやいやそ聞こえてるよ?え、待って待って待って、え?俺、死神なんだよ?」
「うん、だから、教えて欲しいの!」
「俺は、死神なんだよ?……怖いとか思わないの?もっとびっくりしないの?」
「……正直、びっくりはしたよ。……でも、私は死神がどんなものか良く知らないし。遠山くんがどんな人なのかもわからない、だから、まずは知りたいと思ったの!……私は遠山くんがどんな人でも好きだよ。たとえ死神でも、私は遠山くんが好き。……でも、もし、遠山くんに殺されるなら、それ以上の幸せはない……から。」
「……」
なんで、彼女を疑っていたんだ。なんで彼女を信じられなかったんだ。なぜ、彼女の暖かさを思い出せなかったんだ。
君にはいつも負けてばかりだ。俺はいつも遅すぎる。君が気づいて、手遅れになった時点でやっと気づく。
「……ふっ……」
「と、遠山くん……!?」
「君は本当に優しいな……」
「いやいやそんなことないよ!!」
「……謙虚なところも変わらない。」
あ、笑ってる。
いつか、その笑顔の先に私がいられたらなんて妄想をした事がある。不気味な音楽室も彼といれば暖かく、居心地がよくなる。彼の瞳は何よりも暖かいのだから。
ずっと、この時が止まればいいのに。
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