墓参り?
聞き慣れない単語に、私は困惑するほか無かった。目の前のリースが何で突然そんなことを言い出したのか、私の話と繋がっているのか全くもって不明だった。でも、残りのピースがはまりそうで、若干形が違うような歯がゆい感じ。
私はもう一度リースを見る。リースは、それが嘘ではないというように真っ直ぐと私を見つめていた。ああ、嘘じゃないんだなとは分かったけれど、話が見えない。
「えっと、それが私のいった話と、どう繋がるの?というか、リース……いいや、遥輝が墓参り?」
「知らなかったのか……ああ、そもそも言っていなかったな。俺達はお互いをまだ知らなさすぎる」
と、リースは言って少し悲しそうに俯いた。
確かに、互いの両親のことは何も知らない。そもそも、互いをまだしっかりと理解し合っていない。それがすれ違いと価値観の違いから、私達を破局に追い込んだのだと思う。まあ、それは置いておいたとしても、この間、ちょっと前の話を聞く限り、私達の両親は所謂毒親というような存在だから、あまりその話題をあげることは自らしなかった。
私も大企業に勤めているって言うことぐらいしか、自慢できることないし。そもそも、それを抜けばいい親じゃなかった。
遥輝の場合も、母親がそうだったから。
そういう点では、互いに苦労しているなあと共通点や同情はあったと思う。
「遥輝……墓参りって……あ、あ、言いたくなかったら良いの! 私も、両親のこととか、家族関係のこと話すの苦手というか、嫌いだし……ほら、事情あるじゃん」
「今この世界にいないもののことを考えても仕方ないだろう。それに、戻れるとしても戻る気は無い」
「遥輝……」
「巡が戻りたいというなら、一緒に戻ってもいいとは思うが」
リースは、そう悪戯っ子のように言った。でも、本気なんだろうなって伺えて、ちょっと引き気味に笑うしかない。
(本当に私の事好きだな……)
悪いことじゃないし、寧ろ喜ぶべき事なんだろうけど、その愛のベクトルの重さに、ゲロ甘感を感じる。
「冗談……私も、戻っても良いことないから戻るきないわよ」
「そうか。じゃあ、俺も戻る理由がないな」
「私を理由にしないで。というか、アンタぐらいの人だったら、幾らでもいい人見つかるに決まってる。私に限定しないで」
「一途な男は好きだろ?」
「好きですけど、何か!?」
そりゃあ、結婚するなら愛し、愛される関係になりたいと思っている。でも、結婚願望なんて薄いし、そもそも恋愛経験なんて皆無に等しい。だから、そんなこと言われても、実感が湧かないのだ。けど、確かにリースは此の世界でもあっちの世界でも安泰枠だと思った。本人には言わないし、結構失礼なことを行っているように思うけど。
私の言葉を自分のいいように解釈したのか、リースの頬は緩んでいた。よからぬ妄想をしているなあというのは、一目で分かったし、そんなかおをしないでくれと思った。今、部屋の灯がついていないことに喜ぶしかない。
「ごほん……もう、進まないから、話戻して」
「エトワールが話を逸らしたんじゃないか。俺のせいにしないで欲しいな」
「……わ、悪かったわよ!」
「そういう、エトワールが可愛い」
くすりとリースは笑う。
絶対そのために私を泳がしたんだとわかり、完全に遊ばれた感の中、私は今すぐに話を戻すように、リースに言う。リースは笑いながら、分かったと、まだ完全に笑顔の取り切れていない顔で話を続けた。
「俺の父親も亡くなったんだ。まあ、離婚しているから、元なのかも知れないが。まあ、そこは良いとして、父親の墓参りに行っていたとき、偶然巡の両親に会ったんだ」
「何で、私の両親のことしってるのよ。そもそもそこが可笑しいんじゃない?」
「多分……の話だ。確証はない。だが、お前に似た髪色だったし、顔も似ていたし……そして、お前の苗字の『天馬』と描かれた墓に手を合わせていたからな。てっきりそうだと思ったんだ」
「……意味が分からない」
いいや、頭では理解しているのだが、リースが何で両親を知っていたかとかはともかくとして、弾兄二人で花を持って何処かに出かけている姿は記憶の片隅にあった。でも、それが墓参りだったかはよく分からない。私には何も教えてくれなかったし、家族の話もしてくれなかった。何かを隠したかったのか、そんなのに気を遣っている暇があるなら勉強しろという意味だったかは未だに分からない。
私は両親が嫌いだった。
ううん、ただ認めて欲しかったのに認めて貰えなくて、孤独に打ちひしがれていた。
(墓参り……誰の? おばあちゃんとか、おじいちゃんの?)
それすらも分からなかった。おばあちゃんとかおじいちゃんとかも顔を合わせた記憶が無くて、どんな顔だったかすら覚えていない。だから、もしかしたらその二人のどちらかとかの墓参りなのだろうか。それとも、また別の?
何も分からないまま、話が進んで言ってしまったため、私は情報を整理するために額に手を当てる。その様子をリースは見ていた。
「何か、心当たりあるか?」
「ううん、無い。と言うか、初耳。何も教えて貰ってこなかったし、そもそも、両親とあまり話す機会が無かったってのもあって」
「そうか……前の過去を見ているから、同情……されたくないかも知れないが、分かるぞ」
「私も、遥輝の過去を見た。だから、同情してる」
互いに、不本意ながら互いの過去を見る機会があった。だからこそ、前よりかは、互いの理解が進んでいるように思えた。けれど、私の過去に、両親の墓参りも、「廻」の名前も出てこなかったから、矢っ張りただの悪夢なんじゃ無いかと思ってきた。
「そう……私、矢っ張り思い出せそうにないや。『廻』って誰なのかとか……他にも色々」
「思い出したくないから、きっと記憶の奥深くにしまっているんだろう」
「うーん、そうなのかも知れないけれど」
リースの言うとおりかも知れない。
一種の記憶喪失にも似た何か。私は、思い出したくないから、記憶の底に沈めているのかも知れないと。確かにそれは一理あった。
でも、このモヤモヤを解消しないことには、どうにもならない気がした。このモヤモヤの正体が、もしかしたら、今後役に立つかも知れないと。
「そうだ、エトワール。もう眠れそうか?」
「うん? あ、えっと。そうだね……何だか眠くなってきちゃった」
リースに言われ、うとうととし始めてきたことが自分でも分かった。悪夢で目が覚めて、寝れなくてベランダに行ったら、アルベドが来て。それから、リースが来て。悪夢に魘されていた時間が嘘みたいだった。ようやく私も落ち着いて、眠れそうだと思った。今、何時かは分からないけれど、日が昇っていないから、まだ眠っていても大丈夫そうだと。
「そういえばだが、聖女殿の修復が終わったそうだ。もう、戻っても大丈夫だと……お前さえよければ、ここにいても」
「そうなの!? やった。明日にでも戻る」
「……うっ、そうか。まあ、ゆっくり休んでくれ」
「何でそんなにショック受けているの?」
「鈍感すぎて頭が痛い」
と、リースは顔を青ざめさせて言っていた。何のことかさっぱりで、私は首を傾げる。そんな私を見て、リースはため息をついた後、立ち上がった。
「俺ももう寝る。エトワールの顔を見たからな、よく眠れそうだ」
「そ、そう。お、おやすみ」
「ああ、お休みエトワール」
そう言って、リースは私に近づいてきたかと思うと、私の額にキスを落とした。そうして、ひらひらと手を振って部屋を静かに出ていく。
私は、触れられた箇所を手で触りながら、呆然と口を開いていた。
「あ、あ……」
(あんなことされたら寝られるわけ無いでしょうが――――!)
珍しく、ドキドキと煩い心臓の鼓動を聞きながら、私は暫くリースが出て行った扉を見つめたまま動けなかった。
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