【奇病にかかった者たち】
第二話「女の子の友達」
百合斗に促されるがままベットに座り、話をしていた。
奇病院では検査と食事以外の時間は基本的に自由らしい。決まり事があるとするなら以下の2点のみ。
1…旧病棟の3階以降への立ち入りは禁止。
2…無断で外へ出るのは禁止。(ただし看護師が同伴ならOK)
梦存は百合斗の話を聞いて驚いた。前の病院ではつきっきりで担当医がついていて自由な時間は眠る時くらいだったからだ。
ここは人目を気にする必要がないから、看護師の同伴があれば外に出られるというのも嬉しい。早速近いうちに頼んでみようかと梦存は考える。
そんな感じで話をしていたら話題も段々と尽きてくる。ふいに梦存は、百合斗と看護師が話していた内容を思い出した。
盗み聞きと言われればそうなのだが気になるものは気になる。
「ねえ、百合斗も私と同じなの?」
「そうだよ。双子病っていって、百合守は俺にしか見えないんだ。」
唐突な質問にも百合斗は笑顔で答えてくれた。
どうやら百合守という子は百合斗の奇病によって存在するもう1人の自分らしい。しかし百合斗は百合守を自分とは全く別の存在だと考えていて、実際に名前もつけたと言っていた。恐らく自分と百合守は違う存在なのだという意味を込めてだろう。
奇病にかかっているにも関わらず、その事をこうして嬉しそうに語る百合斗を見て梦存は視線を落とす。
自分は奇病のことをそんなふうには思えないと、確信していたから。
「そうなのね。……私は見ての通り片目に紫陽花が咲く奇病。
今は枯れてるから髪で隠せてるけど、また咲き始めたらそれも意味がなくなる」
顔の左側を前髪で隠しているのには理由があった。それは片目に咲いている紫陽花を隠す為。梦存自身は特に気にしていないのだが、良くも悪くも好奇の目にさらされる。 そしてやはり奇病というものは人によって抵抗感を覚えるものだ。
まるで化け物でも見るかの様な、冷たい目。 自分だけならまだしも自分を庇う家族にまでそんな目を向けられる事が梦存には耐えられなかった。
下を向く梦存の心情を知ってか知らずか、にこりと微笑んでその髪に優しく触れる。
「だから瞳が紫陽花と同じ色をしていて綺麗なんだね」
そっと手に取ると梦存の顔が見えた。色褪せた紫陽花はそれでも尚その淡い色を保っていて、それに引っ張られるようにしてピンク色に輝く瞳が綺麗に映ったのだ。
百合斗のそんな言葉に梦存は小首を傾げる。
「…気のせいよ。暗闇だと私の色は分かりにくいでしょう?」
自分の瞳が綺麗だとは思わない。紫陽花だって、ただの花だ。
いつかは枯れる。そんな花よりもずっとキラキラ輝き続ける海と同じ色をした百合斗の瞳の方が綺麗だと、梦存はそう思う。
自分の髪に触れる百合斗の手を下げさせた。ふわりと揺れる紫がかった黒髪。
そろそろ病室へと戻ろうかと梦存は立ち上がった。
「そろそろ戻るね。」
「明日!」
「?」
「また明日も一緒に話そう!そしたらもう一回言わせてほしい!明るいところでなら、少しは本当だって信じてくれる?」
去ろうとする梦存を百合斗は呼び止めた。そしてしゅんとした様子でそう問う。まるで犬が落ち込んでいる時のような表情に梦存は断る事が出来なかった。
「わ、分かった。ならまた明日も此処に来てもいい?」
「もちろん!」
ぱあっと嬉しそうに笑う顔はもう完全に犬である。真っ白な髪も相まって、これから百合斗の笑顔を見るたびにサモエドが脳裏を過ぎってしまいそうだと思う梦存だった。
*****
約束通り百合斗の病室へ向かおうと梦存はドアを開けて廊下に出た。そこで目が合ったのは知らない顔。
404号室の前を通るということはその先にある405号室の患者だろう。自分と似たような奇病にかかっているその子の顔を思わず凝視してしまう梦存。バッと顔を逸らして走り出すと、一目散に病室の中へ入って行った。
流石に不躾な事をしてしまった。梦存は内心で反省しながら、階段を降りていく。そして昨日の夜と同じ病室の前までやって来た。
「――――!――」
「――!―――?」
「――――」
中から聞こえてくる話し声。内容までは分からないが、とりあえず百合斗以外にも誰かいる事は確実だろう。もしかして昨日話に出てきていた百合守という百合斗の兄弟かもしれない。
梦存は木製の取っ手に手を伸ばして、やめた。
既に別の誰かが来ているのならその時間を邪魔してしまうのは申し訳ない。それにここ半年間ほど家族以外とまともに会話をしていないので、不安だというのもある。昨日の夜は何となくそういう流れに身を任せていたからここまで気にする事もなかっただけなのだ。
時間を改めてからまた来ようと踵を返そうとした時。突然目の前に影が落ちた。
「っ!?」
「おわっと、」
どんっ、という衝撃と共に後ろへ倒れ込みそうになる。そこでようやく誰かとぶつかってしまったのだと認識した。くるであろう痛みに反射的に目を閉じる。
しかし、いくら待っても痛みはこなかった。恐る恐る目を開けて見ると。
「怪我してないか?」
「してない…」
「そうか。なら良かった。」
そこにいたのは可愛い顔をした人。思わず女の子かと思ったが声の低さ的に男の子だろう。倒れそうになった梦存の肩を抱くようにして支えてくれたその子は、どうやら百合斗に用があって来たらしい。
百合斗の病室前でずっとドアを睨みつけていた梦存に声をかけようと近づいたところ、戻ろうとした梦存が振り返りぶつかってしまったようだ。
梦存に怪我がない事を確認すると抱いていた肩から手を離す。そして、コンコンコンっとドアをノックすると返事を待たずに開いた。
「あ、楓乎!いらっしゃっい」
「借りていた本を返しにきたぞ。ところで、客人だ」
「梦存来てくれたんだね!ありがとう!」
ベットの上に座っている百合斗は2人を見てパァッと嬉しそうに笑った。梦存の背中を押して病室内へと入ってくると楓乎は片手に持っている本を百合斗へ返す。
そんな2人を見上げる梦存。
すると突然後ろから抱え上げられた。思わず悲鳴を上げる。
「きゃあぁッ!!?」
「可愛い〜!!」
「な、なに?だれ?」
「やっと女の子が来てくれた!」
ふわりと浮遊感が身を包む。くるくるくるくる、視界が回る。
13歳にもなって抱き上げられ回っている。梦存は混乱して疑問を投げかけるがまともな返答は返ってこなかった。ぽすんっとふわふわのベットの上に降ろされる。
そしてぎゅうぅっと抱き締められた。ふわりと鼻をくすぐる微かな花の香り。頭を撫で撫でされて可愛がられていた。梦存はもう訳が分からずただされるがままとなっている。
「??」
「僕は花影っていうの!梦存ちゃんのこと今ちょうど百合斗と話してたんだぁ!女の子同士よろしくね!」
「???」
「ちっちゃ〜い!歳はいくつ?
何かあったらすぐ言ってね!お姉ちゃんが何とかするから」
「????」
愛られながら半ば捲し立てるように話しかけてくる花影に対応し切れない梦存。
花影の奇行を見て固まっていた楓乎はハッとしたように慌てて2人を引き離した。
「あ〜〜!!」
「あーじゃない!初対面でいきなり抱き上げて回転するな!
嬉しいのは分かるがもっと慎重に接しろ!」
「あ、あはは…花影ずっと同性の友達ほしいって言ってたもんね!でも楓乎の言う通りだよ?
梦存もう宇宙猫みたいになっちゃってるから」
腕の中から梦存がいなくなり、花影はまるでお気に入りの物を取り上げられた子供のように抗議の声を上げる。
そんな花影に対して楓乎は青筋を立てていた。初対面でいきなり断りもなく抱き上げるなど相手が驚かない筈がないからだ。実際、梦存は悲鳴を上げていたし百合斗が言った通り宇宙猫状態になってしまっている。
2人から指摘されてしょんぼりしている花影。百合斗の後ろへ身を隠していた梦存はそっと花影に近づいていった。
「急に抱き上げるのはもうしないでね」
「ごめんなさい…」
謝罪の言葉をもらうと、梦存は右手で花影の左手を取ってぎゅっと繋いだ。仲直りする時は握手をすればいいと昔、学校の先生が言っていたのを思い出したからである。
「ならこれで仲直り。改めてよろしくね花影ちゃん」
「うん!よろしくね梦存ちゃん!」
梦存がそう言うと嬉しそうに笑って頷く花影。それを見ていた百合斗と楓乎の内心は一致していた。梦存の方がお姉ちゃんにしか見えないと。
そんな2人を尻目に花影は梦存を膝の上に乗せると満足そうに鼻歌を歌っていた。 楓乎は本を返しに来ることが目的だったようで暫くすると203号室へと帰って行く。
話を聞けば花影と楓乎は同室だそうで、初めて会った時は可愛らしい顔付きの楓乎を女の子だと勘違いした花影が「可愛い女の子だ!」と口にした瞬間。
物凄くドスの効いた声で「あ”?」と不満を漏らした楓乎。あまりの怖さに花影は涙目になったらしい。
「あの時は怖くて同室なのに暫く話しかけられなかったなぁ」
「俺も最初は女の子だと思ってたよ。百合守が教えてくれなかったら多分花影と同じことやらかしちゃってたと思う」
「…………」
2人のそんな会話を聞いて、さっき扉の前でぶつかった時に楓乎に対して女の子みたいだと声に出さなくて心底良かったと思う梦存だった。
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・主人公→梦存(むつぎ)。404号室の患者
・???→????。405号室の患者
・1話登場→百合斗(ゆりと)。305号室の患者
・???→百合守(ゆりま)。305号室の患者
・2話登場→楓乎(ふうや)。203号室の患者
・2話登場→花影(かえい)。203号室の患者
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