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「はい!じゃあ今日も撮影始めていきまーす!」
その一言で、空気が動く。
メンバーの笑い声、軽いツッコミ、テンポのいい掛け合い。
全部がいつも通りで、全部がうまく回っている。
——“表では”。
(……ちょっとズレてる)
桃は、自分の声を聞きながら思う。
ほんの少しだけ、テンションが浮いている。
ほんの少しだけ、笑いが遅れている。
誰にも気づかれないくらいの違和感。
でも、
(自分だけは分かる)
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撮影が終わる。
「おつかれー!」
「今日めっちゃ良くね?」
「サムネ盛れそうじゃん」
いつもの会話。
桃もそれに合わせて笑う。
「ね!今回バズりそう〜」
完璧なリアクション。
完璧なリーダー。
でも通話が切れた瞬間、
「……はぁ」
一気に力が抜ける。
椅子に沈み込む。
画面には、さっきまでの自分の声の波形。
明るくて、元気で、楽しそうで。
(……誰だよこれ)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
数分後。
スマホが震える。
紫:今日、無理してたでしょ
短い一文。
逃げ場のない言葉。
桃:してないって笑
すぐに返す。
クセみたいに。
既読がつく。
でも、返事はこない。
(……信じてないな)
分かってる。
紫は、こういうとき引かない。
案の定、数分後。
紫:通話できる?
断る理由を考える。
「眠い」とか「用事ある」とか。
でも、
(どうせバレる)
「……はぁ」
観念して、通話ボタンを押した。
「もしもし」
「うん」
紫の声。
落ち着いてて、低くて、いつも通り。
「で?」
「なにが」
「なんで無理してるの」
直球。
逃がさない聞き方。
「してないって言ってるじゃん」
「してる」
「してない」
「してる」
「……」
子供みたいなやり取り。
でも、先に折れたのは桃だった。
「……ちょっとだけ」
小さく、こぼれる。
「なにが」
優しくはない。
でも、ちゃんと待ってる声。
「なんかさ」
言葉を探す。
うまく言えないのに、言わなきゃいけない気がして。
「ちゃんとやってるのに、ちゃんとできてない気がする」
沈黙。
否定されるかと思った。
でも、
「うん」
紫は、それをそのまま受け取った。
「なんで?」
「分かんない」
「じゃあ、いつから?」
「……ちょっと前から」
頭の中で、コメントがよぎる。
「最近ちょっと微妙」
「前の方が面白かった」
「桃元気ない?」
たった一部なのに、
全部みたいに見えてしまう。
「コメント見すぎ」
紫が言う。
まるで、見えてるみたいに。
「……見てないし」
「嘘」
「……ちょっとだけ」
「ほら」
「だってさ」
少しだけ声が強くなる。
「リーダーなんだよ、俺」
「分かってる」
「俺がちゃんとしなきゃ、グループ終わるかもしれないじゃん」
「終わらない」
即答だった。
「なんで言い切れんの」
「俺ら6人いるから」
その言葉に、一瞬詰まる。
「桃一人で回してるわけじゃない」
「でも実際、回してるの俺じゃん」
「違う」
少し強めの声。
「桃が前にいるだけで、回してるのは全員」
「……」
「桃が倒れたら終わるんじゃなくて」
一拍置いて、
「倒れそうなのに無理してる方が、終わる」
言い返せない。
「……休めばいいじゃん」
紫が言う。
「無理」
即答。
「なんで」
「怖いから」
初めて、本音が出た。
「止まったらさ」
「そのまま戻れなくなりそうで怖い」
沈黙。
「……バカだな」
紫が、ぽつりとこぼす。
「なにそれ」
少しムッとする。
「逆」
「え?」
「無理して壊れたら、本当に戻れなくなる」
その一言は、重かった。
「ちょっとずつ崩れてるの、自分で分かってるでしょ」
「……」
分かってる。
だから、怖い。
「一回ちゃんと止まれ」
「……」
「じゃないと、そのうち本当に声出なくなるよ」
その言葉に、
なぜか少しだけ、息が詰まった。
(声が出なくなる)
そんなの、ありえないはずなのに。
「……考えとく」
やっと、それだけ言えた。
「ちゃんと考えて」
「うん」
通話が切れる。
部屋は静かで、
やけに広く感じた。
(止まる、か)
怖い。
でも、
(このままも、ちょっと無理かも)
その夜、桃は動画を一本も見ずに、スマホを閉じた。
まだ壊れてはいない。
でも確実に、ひびは入っている。
「ちょっとだけ、休むか」
そう決めたはずなのに。
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翌日。
「……なにしよ」
何もすることがない。
いつもなら撮影か、編集か、打ち合わせ。
でも今日は、それがない。
(休むって、なにすればいいんだっけ)
ベッドに転がる。
スマホを見る。
閉じる。
また開く。
結局、開いたのは動画アプリ。
(……ちょっとだけ)
検索欄に、自分たちのグループ名を打つ。
“sxxn”
出てくるのは、見慣れたサムネとタイトル。
自分の声。自分の笑い。
(懐かしいな)
少し前の動画を再生する。
「ねえこれさ〜!」
明るい声。
軽いノリ。
自然な笑い。
(……こんな感じだったっけ)
コメント欄を開く。
「この頃の桃ほんと好き」
「最近ちょっと疲れてそうじゃない?」
「無理してる感じする」
(……あー)
閉じようとした指が、止まる。
スクロール。
「なんか前よりつまんなくなった」
「桃変わった?」
「前の方がよかった」
「……」
たった数個。
ほんの一部。
でも、
(全部そう見える)
スマホを伏せる。
「……はぁ」
胸のあたりが、少し重い。
(見なきゃよかった)
分かってるのに、
また手が伸びる。
別の動画。
別のコメント。
同じような言葉。
「……なんで」
小さくこぼれる。
(ちゃんとやってるのに)
(ちゃんと頑張ってるのに)
気づいたら、
また検索してる。
また見てる。
止まらない。
「……っ」
息が少し浅くなる。
(やば)
分かってるのに、止められない。
「……ちょっと、休むだけだったのに」
“休む”はずだった。
なのに、
余計に考えてる。
余計にしんどい。
スマホを投げるみたいに置く。
「……無理かも」
ぽつり。
その瞬間、
またスマホが震える。
紫:ちゃんと休んでる?
タイミング、最悪。
(なんで今)
少しだけ、イラッとする。
桃:休んでるって
即返信。
既読。
数秒後。
紫:嘘だね
「……は?」
思わず声が出る。
また震える。
紫:どうせコメント見てるでしょ
図星すぎて、何も言えない。
「……なんで分かるの」
小さく呟く。
紫:顔見えなくても分かるって言ったじゃん
その一文で、
さっきまでのイライラが、少しだけ消える。
代わりに、
別の感情が出てくる。
「……」
桃:ちょっとだけ見た
正直に送る。
少し間。
紫:で、ちょっと落ちてる
「……ちょっとどころじゃないけど」
小さく笑う。
そのまま打つ。
桃:ちょっとじゃないかも
既読。
すぐに、
通話の着信。
「……はや」
出る。
「もしもし」
「うん」
少しの沈黙。
「見たんだ」
「うん」
「で、勝手にダメージ受けてる」
「……うん」
否定できない。
「バカだな」
「それさっきも言った」
「だってバカだし」
「ひど」
でも少しだけ、笑う。
「全部見なくていいのに」
「分かってるよ」
「じゃあなんで見るの」
「……気になるから」
「で、落ちる」
「……うん」
また沈黙。
「桃さ」
「なに」
「今、ちょっと崩れかけてる」
「……」
“壊れてる”じゃない。
“崩れかけてる”。
その言い方が、やけにリアルだった。
「完全にダメになる前に止まれって言ったの、これ」
「……遅かった?」
「ギリ」
即答。
「まだ戻れる」
その一言で、
少しだけ息がしやすくなる。
「……どうすればいい」
「スマホ置け」
「シンプル」
「で、外出ろ」
「えー」
「人間らしいことしろ」
「なにそれ」
「なんでもいいから」
少し間。
「……ついててやるから」
「え?」
「通話つけたままでいい」
「……過保護じゃん」
「違う」
「優しいじゃん」
「違うって」
でもその声は、
少しだけ柔らかかった。
桃はスマホを握り直す。
「……じゃあ、ちょっと外出る」
「うん」
「すぐ戻るかもだけど」
「いいよ」
「……ありがと」
「別に」
通話をつけたまま、玄関に向かう。
まだ少ししんどい。
まだちょっと不安。
でも、
さっきよりは、ちゃんと息ができる。
完全に壊れる前の、ぎりぎり。
それでも、誰かが気づいてくれたから。
桃は、まだ戻れる位置にいた。
ドアを開けると、少し冷たい空気が入ってくる
「……さむ」
思ったより現実の温度がちゃんとある
部屋の中でぐるぐるしてた頭が、ほんの少しだけ外に引っ張られる
「外出た」
「うん」
紫の声は相変わらず落ち着いてる
それだけで、少し安心するのが悔しい
「どこ行くの」
「決めてない」
「じゃあ歩け」
「雑」
「いいから」
言われるままに、ゆっくり歩き出す
特に目的もなく
ただ、足だけ動かす
しばらく無言が続く
でもその無言は、さっき部屋で感じてたやつとは違う
「……ねえ」
「なに」
「今さ」
少し迷ってから言う
「ちょっとマシ」
「そ」
それだけ
でもちゃんと聞いてる返事
「完全には無理だけど」
「別に完全じゃなくていい」
すぐ返ってくる
「ちょっと戻れば十分」
その言葉に、少しだけ力が抜ける
歩きながら、ふとガラスに映る自分が見える
マスクして、フード被って
どこにでもいるただの人
(誰も俺のこと知らないんだな)
当たり前なのに、少し変な感覚
「……変な感じ」
「なにが」
「普通に歩いてるだけなのに、なんか落ち着く」
「だから言ったでしょ」
少しだけ、得意げな声
「人間らしいことしろって」
「それまだ言う?」
「言う」
ちょっとだけ笑う
さっきより自然に
そのまま、コンビニに入る
特に欲しいものもないのに、なんとなく棚を見る
「なんか買うの」
「わかんない」
「適当だな」
「今そんな感じ」
おにぎりを手に取って、また戻す
飲み物を見て、やめる
決められない
「……だめだ」
「なにが」
「全部どうでもよくなる感じする」
ぽつりと出る
さっきより少しだけ重い言葉
「さっきよりマシって言ってなかった?」
「言ったけど」
少し笑う
「なんか波ある」
「そりゃそう」
あっさりした返事
「いきなり元気になるわけないでしょ」
「……だよね」
レジ横で立ち止まる
なんとなく、動きたくなくなる
「……ねえ紫」
「なに」
「俺さ」
少しだけ声が小さくなる
「このまま戻れなかったらどうしよ」
言ってから、ちょっと後悔する
重い
でも止められなかった
少しの沈黙
でも怖くなる前に、
「戻れるよ」
すぐに返ってくる
「なんで言い切れるの」
「まだ喋れてるから」
シンプルすぎる答え
「声出てるうちは大丈夫」
「……基準そこ?」
「そこ」
ちょっとだけ笑いそうになる
「雑すぎ」
「でも事実」
少し間があって、
「ほんとにダメなとき、桃こんな風にちゃんと話せないでしょ」
その言い方は、少しだけ優しかった
「……そっか」
納得してしまう
「今は“ちょっと崩れてるだけ”」
「……」
「ちゃんと戻る途中」
その言葉が、すっと入ってくる
さっきまでみたいに引っかからない
「……じゃあさ」
「なに」
「今の俺、どれくらいやばい?」
少し冗談っぽく聞く
「30パーくらい」
「微妙」
「まだ余裕ある」
「ほんとに?」
「ほんとにやばかったら、俺もっと言ってる」
「なにそれこわ」
でも、
ちょっと安心する
結局、適当に飲み物を一本だけ買う
外に出ると、さっきより少し暗くなってる
「……ありがと」
歩きながら言う
「ちょっと楽になった」
「ならよかった」
短い返事
でもちゃんとした答え
「……でもさ」
また少し間が空く
「夜になったらまた落ちそう」
正直に言う
「なるでしょ」
即答
「え、否定しないの」
「する意味ない」
あっさり
「多分また来るよ」
「……だよね」
少しだけ苦笑い
「そのときまた言えばいい」
「なにを」
「しんどいって」
その言い方は、やけに軽い
でも、
「……言っていいの」
「いいよ」
即答
「むしろ言わない方がだるい」
「なにそれ」
少し笑う
「重くない?」
「別に」
少しだけ間があって、
「一人で抱えてる方がめんどくさい」
ってぼそっと言う
その一言で、
胸の奥の重さが、少しだけ軽くなる
「……そっか」
気づけば、さっきよりちゃんと歩けてる
ちゃんと呼吸できてる
でも完全じゃない
どこかにまだ、引っかかりはある
それでも
「……今日、休んでよかったかも」
ぽつりと出る
「でしょ」
少しだけ、満足そうな声
「明日も休め」
「えー」
「えーじゃない」
「……考える」
ちょっとだけ笑いながら言う
空はもう、ほとんど夜
少し冷えた空気の中で
桃は思う
(まだちょっとしんどいけど)
(でも、完全に一人じゃない)
それだけで
今日は、なんとか大丈夫な気がした
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
夜は、静かすぎた。
外の音も減って、部屋の中の空気だけが残る。
さっきまで通話を繋いでた余韻も、少しずつ薄れていく。
「……ちょっとマシかも」
あのときは、確かにそう思った。
外に出て、少し話して、少し笑えて。
ちゃんと戻れてる気がした。
でも、
「……」
ベッドに座った瞬間、
また、頭が動き出す。
(このままで大丈夫なのかな)
(明日、ちゃんと話せるかな)
(また同じこと繰り返さない?)
止めたはずの考えが、ゆっくり戻ってくる。
さっきより静かに、でも確実に。
「……はぁ」
深く息を吐く。
昼よりはマシ。
でも、消えてはいない。
スマホを見る。
画面は暗いまま。
(見ないって決めたじゃん)
分かってる。
でも、
「……ちょっとだけ」
また同じ言葉。
指が、少しだけ動く。
検索欄は開かない。
代わりに、トーク画面。
一番上にある名前。
「……」
少し迷って、
そのまま通話ボタンを押した。
コール音が鳴る。
一回。
二回。
三回——
「なに」
すぐ出る。
やっぱり、って思う。
「……起きてたの」
「起きてる」
短い返事。
でも、それだけで少し安心する。
「……ごめん」
「なんで」
「なんか、またちょっと来た」
言葉を選ばずに言う。
さっき言っていいって言われたから。
少しだけ、間。
「どんな感じ」
「昼よりマシだけど、消えてない」
正直に言う。
「ぐるぐるするやつ」
「そ」
静かに受け取る声。
否定も、驚きもない。
「普通」
「……普通なの?」
「普通」
あっさり。
「一回落ちたやつ、そんなすぐ消えない」
「……」
少しだけ救われる。
「じゃあ俺、ちゃんとおかしくなってるわけじゃない?」
「なってない」
即答。
「ただちょっと疲れてるだけ」
その言い方は、やけに軽かった。
でも、
ちょうどいい軽さだった。
「……そっか」
ベッドに倒れる。
天井を見る。
「……ねえ」
「なに」
「ちょっと黙ってていい?」
「いいよ」
通話はそのまま。
会話は止まる。
でも、
無音じゃない。
向こうに誰かいる気配だけが、ちゃんとある。
それだけで、
さっきより、少し楽になる。
「……」
ゆっくり息をする。
さっきより、ちゃんと吸える。
(完全じゃなくていいって言ってたな)
ふと思い出す。
“ちょっと戻ればいい”
その言葉。
「……ねえ紫」
「なに」
「今、ちょっとだけ戻ってる気する」
「ならいいじゃん」
相変わらず、シンプル。
でも、
「うん」
ちゃんと納得できる。
夜はまだ終わらない。
完全にも戻ってない。
それでも、
さっきよりは、確実にマシ。
その“少し”を繰り返していくしかないって、
なんとなく分かる。
「……ありがと」
小さく言う。
「だから別にって」
いつもの返し。
でも、
通話は切られない。
そのまま、時間だけがゆっくり流れていく。
思ってたより長い夜。
でも——
一人じゃない夜は、
少しだけ、耐えられる長さだった。