テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
冬の寒い日、沢山のコーヒーを注いで何かを温めようとする。
特にこれといった欲望はないはずなのに刺激をするように静電気を帯びたセーターが体を刺してくる。
自宅で仕事をしている恋人の邪魔にはならないようにと1人きりを過ごすのは苦しい。
触れたい、抱きつきたい、一緒に眠りたい。
小説家の彼は締切に追われてパソコンと向き合い
部屋から出る時は深夜のお風呂のみ。
あと数日間だけ我慢しなければならないのを体は堪えきれずにいるのだ。
頭は別に大丈夫と言い聞かせているのに。
episode1 ご飯残しすぎだよ。
食べる時間がないほど新作を頻繁に出す新人小説家の本橋慧は無口な人間だ。
しかし、人を愛するという行為は上出来で観察眼が優れている。
大事な1週間だからと、籠りきりの彼の書斎前の扉に置いておいた晩御飯はおかずひと口とスープの汁を何口か飲み込んだあとが忙しない姿で置かれている。ご丁寧に付箋で今日も美味しかったと書かれている。
だんだん、1週間が終わるにつれて食事の量が減っていく。付箋にちゃんと食べてと書いても伝わらない。寝ずに食わずに書くせいでやつれていく顔が見てられなかった。
「慧、ちゃんとご飯は食べなきゃダメだよ。」
「ごめん愛咲、美味しいから沢山食べたいんだけどどうしても間に合わないんだ。
残してしまって申し訳ない、明日から本当に少量で構わないから、」
飲み物を注ぎに来た慧を引き止めてしっかり話をした。
それでも彼には伝わっていない。
そうだねごめんねけど、大事なことなんだとしか返されない。
毎日減らずに返される晩御飯をいつも同じ量で出すのは今日は食べてくれるだろうかと思いながら彼の健康を願っているからなのに、それどころか減らして欲しいと。おにぎりや食べやすいものを工夫しておいても2口ほど食べて返される。
もっと自分に向き合って欲しい。
特に今晩は冷えるのだから暖かいお茶も冷めないうちに飲んでくれますようにと、ドア前の食事を置く棚にポットとほうじ茶のティーバックを置いておく。
episode2 明日で触れれる?
明日は慧の締切日だ。
少しやつれていた顔も穏やかになっていた。
早く触れたいよ。そんな気持ちで洗い物を進める。
「愛咲、ごめんね。」
洗い物をしている途中に急にハグをしてくる。
なんだか心の虚しいところに手を入れられたようだった。締切は今日だったけと勘違いしてしまいそう毎回締切の時にハグをするから。
「ん、なんで…?大丈夫だよ?」
平常心でいた方が慧のためだと思い何もないような顔で返事をする。
もし今、僕が慧の顔を見てハグをし返したら慧が今まで張り詰めたものがすぐ解けてしまいそうだったからだ。
せっかく張り詰めて納得ができるものを突き詰めているのにここで緩ませてしまったらいけないとおもった。
「愛咲…?大丈夫じゃないでしょ。ほんとごめん。
気にかけてくれるのに素っ気なくなっちゃってた」
「いつも頑張ったら周りが見えなくなっちゃうの知ってるよ。」
手を洗ってタオルで拭いて、泣き虫な新人小説家の涙を拭った。
拭いながら、締切までに終えて少しでも早く二人きりになりたかったんだろうと思った。
episode3 ご褒美
久しぶりに2人きりの生活に戻った。
また数ヶ月後には張り詰めてしまうのだろうけど
そのメリハリがお互いにいい刺激になる。
寂しさというのは高ぶれば高ぶるほど快楽材料になってしまうのだ。
「愛咲…好きだよ。ずっと大好き」
「しってる…ッ泣、おれ、もっ…すきっ」
冬の寒い日、暖かい飲み物だけじゃ埋まらない容器がだんだん満たされてく。
お互い知らない速度で。
「はぁぅ…泣も、いきたい、、がまんいやっ…///」
「いいよ。ほら、ここでしょ?好きなの」
「あぁっ…きたっ、きたっ泣」
ご褒美として正解なのかは分からないけれど
2人が望んだものを一緒に感じているのが
気持ちよくてひたすら溺れていたい。
コメント
1件
うわあ、すごく丁寧に描かれた日常の隙間の物語だなあ……。締切に追われる慧と、それをそっと支える愛咲の距離感が、静電気みたいにピリピリしてて切なかった。特に「食べる時間がない」のに「美味しいから沢山食べたい」って付箋を残す慧の不器用さと、それを見抜いてる愛咲の視点が沁みる。最後のご褒美シーンも、ただの身体の触れ合いじゃなくて、溜め込んだ寂しさが溶け合う感じがして、すごく良かったです。