テラーノベル
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――自分の判断には、責任が伴う。
騎士団の団長であるドウェインは、今回の問題にあたって、常々それを痛感していた。
「まずは牢獄の調査を行うべきだ!」
「いや、国の応援を待つべきだ!」
目の前での、隊長同士のやり取り。騎士団という組織は立派なものだが、必ずしも一枚岩ではない。
さらに言えば、騎士団に責任を持つべき男爵が及び腰であるのも問題だ。
男爵の息が掛かった者は国からの応援を待とうとする。何しろ、大元が動かないのだから。
「――……はぁ」
ドウェインは静かに溜息をつく。
現状、この騎士団に所属する人数が減っているのだ。
なまじ平和だった分、いくら鍛錬を重ねていたところで、いざ巨大な脅威が迫ってしまえば――
……以前、どこかの街で突然、巨大な魔物が現れたと聞いている。
そのときは蛹の状態で見つかったため、自警団と住民たちが団結して討伐したという。
しかしそれは、動けない魔物であり、少なからず安全が確保されていたから……という事情もあっただろう。
「あれから何日経ったと思っているんだ! 国の応援なんて、待っていられないだろう!?」
「空回りしても仕方あるまい、今は人数が少ないのだ!
……まったく情けない。騎士たる者が、ここで逃げてどうするんだッ!!」
確かにここで、逃げるという選択肢はあり得ない。
少なからず騎士としてこの街を守っていたのだから、その使命は最後まで果たすべきだ……。
……しかしドウェインの胸には、何か詰まるものがあった。
「埒が明かん! ドウェイン様、ご決断を! まずは牢獄の調査をいたしましょう!!」
「――それは人手が足りない。
住民のフォローと囚人の対応で、余裕が無いんだぞ?」
「そうですとも! 今はそんな調査は必要ない。仮にするとしても、5人くらい派遣すれば良いだろうッ!?」
「そんな人数で足りるかッ! ドウェイン様に変なことを吹き込んじゃないッ!!」
そもそも牢獄は、施設自体が例の魔物で埋め尽くされている――もとい、例の魔物になっている。
ここで話の上がっている牢獄の調査とは、魔物によって地面が抜けて見つかった……地下空間に関するものだった。
そこでは過去の建造物が見つかっており、危険があると共に、謎も多い。
しかしドウェインとしては、今回の件に直接関係なさそうなところには、人員を割きたくなかった。
……長い通路と、その先にある巨大な空間。
何でそこにあるのか、どこまで広がっているのかは分からない……。
いつかは調査するべきだが、今それをするべきか……?
「――それよりも、男爵が国への応援を求めるべきだ、と仰っている。
私はそれが済むまで、部下は動かせませんな!」
「それなら男爵がすれば良いだろう? 何でそれを、騎士団に求めるのかね!?」
確かに国の応援を求めるのなら、男爵がするべきではある。
しかし自身の評価が下がるのを嫌ってか、まるで動こうとしない。全てを騎士団に押し付けようとする。
騎士団が動けば、国は動いてくれるのか……? ドウェインは過去の事例を見てみたが、同様のものは見つけられなかった。
「……はぁ。話は一旦おしまいだ。各々、団員の離反に注意するように」
「承知しました」
「厳重に対応しておきます」
ドウェインの言葉に、隊長のふたりはあっさりと口論を止めた。
この状態が何日も続いている。結局のところ、自分も男爵も、隊長のふたりも、誰も責任を持ちたくないのだ。
何かを動かせば、誰かが死ぬ。全てを動かさなくても、誰かが死ぬ。
……自分たちではない誰かが、責任を持って収拾にあたってくれれば良いのに――
「ふむ。例の魔物は……また、大きくなっているな」
執務室から街を眺めると、巨大な建造物の塊が広く横たわっていた。
普通の魔物であれば、普通に討伐すれば良い。
しかしあんな未知の存在、自分たちには手に余る――
……この街には神職者がひとり、大聖堂から訪れているという。
そして内容は不明ながらも、現場とのやり取りを密にしているという。
奇特なことに、民間人の中には、物資や食糧を融通してくれる者もいるのだとか。
……自由な人間は羨ましい。自分だって、身軽な人間であれば……もっともっと、動けるはずだ。
そうさ。私が動けないのは、あちこちにしがらみがあるから――
「――結局、あなたは動けていないんでしょう?」
空を見ながら一息ついていると、突然、そんな声が飛んできた。
見れば、目の前には神職者の少女が――……そうか、この子が大聖堂から派遣された神職者なのか。
「ふふふ、これはまた耳が痛い。君は大聖堂から来たんだってね?」
「まぁ、そうですね。
あたしはアストリア・S・ノクス。異端諮問局の者です」
「……ふむ。外回り、か」
異端諮問局の諮問官は、平時においては世界中をまわっていると聞く。
彼女は例の魔物が現れた際、この辺りをちょうど訪れていたのだろう。……まったく、運の悪いことだ。
「あはは。仰る通り、ずっと外回りですよー。
だから、現場の苦労は知っているつもりです」
「ふっ。しかし単独で、だろう。組織の論法なんて、知らんのだろうな」
ドウェインは、冷たい目でアリアを見た。
突然現れたこんな若い少女が、責任ある自分の立場を理解できるはずもない。
「……まぁ、確かにあたしは責任者ではないですからね。
でも、自分の責任は、自分で取りますよぉ?」
「そんなことは当然だろう?」
「そうですか? あなたは責任を持って、仕事をしていますか?
それでこの状況、なんですよね? 街のみなさん、本当に困ってますよ~?」
「……私はもっと、高い目線で物事を見ているのだよ」
「みんなはそれを、高いとは思っていませんけどねぇ」
アリアの言葉に、ドウェインは苛立った。
ただでさえ苛立っているところに、余計なことを真正面から言われたのだ。
「――ふんっ、憎まれ口には慣れっこさ。
君もあまり、大人を舐めない方が良いぞ?」
その言葉に、アリアは少し考える素振りを見せた。
「そう言って、結局また逃げるんですね。勝手に話を終わらせて――
……逃げて逃げて、どこまで逃げるのかなぁ? この、逃げ虫くん♪」
「な――ッ」
アリアの言葉に、ドウェインは怒りを露わにした。
しかし振り返ったときには、アリアの姿は見えなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――夜、屋外の練武場。
ドウェインはひとり、藁人形に向かって剣を振っていた。
「……くそっ! くそっ!! ちくしょうッ!!」
剣筋は乱れ、強靭な筋肉には無駄な力が掛かっている。
このまま続ければ、腕を痛めてしまいそうだ。しかし、剣を振る手は止まらない。
いくら酒を飲んでも、いくら身体を動かしても、アリアが言った言葉が頭から離れない。
……かつてドウェインには、親友と呼べる者がいた。
ドウェインは誰しもが認める強者だったが、その親友はとても弱かった。
あるとき、ふたりの前に見たこともない魔物が現れた。
ドウェインは情けないことに、腰を抜かしてしまった。
しかしそこで……親友が、魔物の前に立ちはだかったのだ。
……ドウェインは、そんな彼を置いて逃げ出した。自分よりも弱い、親友を置き去りにして。
親友は奇跡的に、命は取り留めた。しかし友情の絆は、そこで切れたままになった……。
「――くそッ! 分かってるよ……ッ!
俺には、勇気が無い。こんなよく分からん災禍の中、どうしていいのか分からない……ッ!!」
ドウェインは剣を落とし、その場に静かに崩れた。
静かな空気の中、男の後悔が響く。
「あのときから、鍛えて、仕事に邁進して……騎士団長にはなった。しかし、俺はあのときから、何も変わらん……。
――情けないだろう? ふふ……っ。こんな夜中に、情けない男を笑いに来たのかッ!?」
ドウェインはそう言ってから、後ろを振り向いた。
いつの間にか、アリアがいることに気付いていたのだ。
「確かに、情けないですね。でもそれは昔のこと。
後悔があるなら、今は立ち上がるべきじゃないですか? カーティスさんは、もう立ち上がっていますよ?」
「……あいつは、強いからな」
「いいえ。あの人だって、自分が何をできるか、何をやるべきかを悩んでいました。
逆に、あなたのことを羨ましがっていたくらいです。戦う力も、守る力もある……って」
「あいつは……昔から、俺を買いかぶるからな……。
――それで? あいつはどうやって立ち上がったのか……、お前は知っているのか?」
「カーティスさんは、あたしの祝福を受けて見違えましたよ。
ふふっ、あたしの祝福は特別ですから♪」
アリアの言葉に、ドウェインは黙って彼女を見つめた。
悲しさなのか、虚しさなのか、寂しさなのか。複雑な感情をごちゃ混ぜにしたような、そんな目だった。
「……まぁ、俺たちはオルビス教の信徒だからな。
神頼み……、か。もし俺が――お前の祝福をもらえば、変われると思うか……?」
「そうですねぇ。こればかりは人によりますけど。結構、個人差が大きい祝福なので」
「そうか……。しかし、それでも……。自分のことを変えられるなら――
……俺は変わりたい」
静寂。そして、彼なりの決意が紡がれる。
「――だから、お前の祝福を……俺にもくれないかッ!?」
「……ふむ」
アリアは彼の言葉を受けて、少し宙を仰いで考える。
そしてくるっとまわって、悪戯の表情で明るく言った。
「逃げてばかりのあなたに、あたしの祝福はもったいないですねぇ♪」
「な、何だと……!?」
想像していなかった言葉に、ドウェインは声を荒げる。
「今はみんな、みんなで頑張ってるんですよ?
まずは自分の足で、しっかり立ち上がるのが先ですねぇ♪
あたしは、弱虫や逃げ虫の駆け込み寺じゃありませんので~★」
「お、おいっ! ちょ――」
「あっ。それと、これは伝言です。
『お前はやれば出来るんだから、とっととやれ』――とのことです!」
最後にアリアは、手のひらをひらひらとさせて、敬礼のようなポーズを見せた。
ドウェインはそれを、信じられないかのように見上げる。
「――んふふ♪ それではっ!」
アリアは身軽に練武場の屋根に上がり、そのまま姿を消していった。
すがるような姿勢だったドウェインは、膝を突き、肘を突き、地面に平伏した。
「――……くそっ。舐めやがって……。
……くそっ! ……くそっ!! ……チクショウ……ッ!!」
ドウェインは、地面を拳で殴りつけた。何度も何度も、涙が枯れるまで――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「だから、牢獄の調査から行うべきだ!」
「引き続き、国の応援を待つべきだ!」
相変わらず、同じ協議が続く。何度も何度も、毎朝毎朝、嫌になる。
……ドウェインは軽く左腕に触れながら、冷静に言い放った。
「――今日から、牢獄の地下空間へ人員を派遣する。
国への応援も、早馬を飛ばして男爵と調整中だ」
「「えっ」」
突然の言葉に、隊長たちは驚いた。
彼らにとっては何も変化のない、昨日と同じ今日。
しかしドウェインにとっては、大きな変化があった昨日と今日だった。
「牢獄の調査は……当然ながら、工程表は作っているんだろうな?
有志を募って、昼までに部隊の編成案を出せ」
「……あ、いえ。やはり危険な場所である可能性もありますので、編成は時間を掛けて検討しないと……」
「何かね? 君はやりたいことを主張しておきながら、何もしていなかったと言うのかね?」
「これは困りものですね、ドウェイン様。
その点、私は国の応援を待っておりましたが、ここからは迅速に協議を進める所存ですぞ!」
「ほう……。賄賂を受け取って、準備は完璧……というわけかね?」
「はぅあっ!? ど、どこでそれをッ!?」
ドウェインの言葉や雰囲気、今までとは違う顔つきに、隊長のふたりは驚いてしまった。
突然どうしたというのか。これでは完全に別人――
「本日付けで、君たちの隊長職を解く。平からやり直したまえッ!!」
「「そんな、突然――」」
「不服があるなら、実績を出してからにせんかッ!!」
「はっ、はいいいぃっ!!」
「横暴だ!男爵に連絡させて頂き――」
「黙らっしゃいッ!!!!」
「ひっ、ひゃはぁあいっ!?」
ドウェインの怒りの形相。有無を言わせぬ圧力。
それに屈した元隊長のふたりは、完全に委縮して執務室を後にした。
ドウェインは、先ほど自分の言った言葉を振り返って胸を痛める。
――『君はやりたいことを主張しておきながら、何もしていなかったと言うのかね?』
自分は責任ある立場を志願して、実際にそこまで登ってきた。
しかしそれは、結局は過去の負い目……親友を置いて逃げ出したことを、ごまかすため……だったのかもしれない。
逃げて、逃げて、今の今まで、ずっと逃げて……。それが自分なのだ、と。それが自分だったのだ、と。
「……今は許してくれないだろう。いや、一生許してくれないかもしれない。
しかし、俺はここから始めるしかない……」
ドウェインは窓から、外の魔物を睨んだ。
左腕を改めて撫でる。服の下には昨晩、戒めのために自分で付けた傷がある。
この傷の存在が、これからの自分を奮い立たせてくれる。
「――だからいつか、俺のことを認めさせてやるよ。
そのときは、俺も――」
ドウェインは何か、宙のものを拾うように自然と腕を伸ばした。
しかしすぐに手を引っ込めて、軽く拳を握る。
「しかし、だ。あんな小娘に振りまわされるようでは、俺もまだまだだからな。
……まずは現状を打破するぞ。神の力なんぞ要らん。俺の、自らの足で……ッ!!」
ドウェインは力強く、騎士たちが詰める部屋へと向かった。
#一次創作
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