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都会の喧騒は遠くかすんでいる。
高層階ホテルからの景色は煌めき、薄暗い室内に揺らめく影を投じていた。倫子はソファに腰を下ろし、グラスに注がれた赤ワインを手に、物思いにふけっていた。彼女の瞳は、どこか遠くを見つめているようで、しかしその奥には燃えるような情熱が宿っていた。
賢治は、部屋の入り口に立っていた。背の高い彼のシルエットは、ドア枠に溶け込むように静かだったが、その存在感は圧倒的だった。3ヶ月前、2人は偶然を装った必然で、同窓会で再会した。
1週間に一度の限られた逢瀬。抑えきれぬ想いが今、部屋の中で静かに爆発しようとしていた。
「倫子…」
賢治の声は低く、かすかに震えていた。彼は一歩踏み出し、彼女のそばに近づいた。倫子はグラスをテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がった。彼女の黒いドレスは、体のラインを優雅に際立たせ、肩から滑り落ちそうなほど軽やかだった。彼女の視線が賢治の目に絡みつき、言葉を超えた何かで会話が始まった。
「会いたかったわ」
倫子は囁くように言ったが、その声は途中で途切れた。賢治の手が彼女の頬に触れ、冷たい指先が温かい肌に溶け合う瞬間、二人の間にあった壁は崩れ去った。彼の手は彼女の髪をそっとかき上げ、首筋へと滑らせた。倫子の呼吸がわずかに乱れ、彼女の指は無意識に賢治のシャツの裾を握りしめた。次の瞬間、賢治は倫子を引き寄せ、唇を重ねた。それは穏やかなキスではなく、抑えきれぬ欲望と喜びが混ざり合った、激しいものだった。
倫子の手は彼の背中に回り、強く抱きしめた。二人の体はまるで磁石のように引き合い、互いの熱を感じながら、部屋の中心へと自然に導かれていった。ベッドの端に腰掛けた倫子は、賢治のシャツのボタンを一つずつ外していった。彼女の指先は震えていたが、それは緊張ではなく、抑えきれぬ情熱の証だった。
賢治の胸板が露わになり、倫子の視線は彼の肌を這うように動いた。
「もう、あなたからは離れられない」
「倫子」
彼女の声は小さく、しかしその言葉は二人だけの空間を満たした。賢治は彼女のドレスの肩紐をそっとずらし、肌に触れるたびに倫子の体がわずかに震えた。彼の手は彼女の背中を滑り、優しく、しかし確かな力で彼女を引き寄せた。二人はベッドに倒れ込み、シーツの冷たさが一瞬だけ彼らの熱を和らげたが、それはすぐに再燃した。
倫子の髪がシーツに広がり、まるで夜の海のように揺れた。賢治の唇は倫子の首筋をたどり、鎖骨へと降りていった。彼女の吐息は次第に荒くなり、部屋の中を満たした。彼の手は彼女の腰をしっかりと掴み、まるで彼女を逃がさぬように、しかし愛おしむように動いた。
倫子は目を閉じ、彼の動きに身を委ねながらも、時折彼の髪を掴み、強く引き寄せた。それはまるで、過去の空白を埋めるかのような激しい衝動だった。
「倫子…お前は変わらないな」
賢治の声は熱を帯び、彼女の耳元で囁かれた。倫子は答えず、代わりに彼の唇を再び奪った。二人の動きは次第に激しくなり、まるで時間が止まったかのように、互いの存在だけが世界の全てとなった。シーツが乱れ、枕が床に落ち、部屋の中は二人の熱気で満たされた。倫子の手は賢治の背中を強く掻き、彼女の爪が彼の肌に赤い痕を残した。賢治はそれに応えるように、彼女の体をさらに強く抱きしめた。二人の呼吸は同期し、まるで一つの生き物のように動いた。
「アッ!」
倫子の声が漏れるたびに、賢治の動きはさらに大胆になり、彼女の反応を確かめるように、しかし優しく彼女を導いた。時間はどれだけ経ったのか、二人にはわからなかった。窓の外では、夜がさらに深まり、街の光が遠くで瞬いていた。倫子の体は賢治の腕の中で静かに落ち着きを取り戻し、彼の胸に頭を預けた。賢治の指は彼女の髪を優しく撫で、まるで壊れ物を扱うように慎重だった。
「気持ちよかったわ」
倫子がつぶやいた。賢治は微笑み、彼女の額に軽くキスをした。
「俺もだ。倫子は最高だよ」
賢治の声は穏やかだったが、吉田美希のことが頭をよぎり、そこには僅かな恐れがあった。ふとそこで、彼の背中にしなだれかかった倫子が妖しく呟いた。
「うちの人、出来ないのよ」
「なにが」
賢治は処理を済ませ振り返った。そこには体液を指で掬い上げ、滴らせる妖艶な如月倫子がいた。
「子どもが出来にくいのよ」
「そうなのか」
「これで賢治の子どもが出来ていれば良いわ」
賢治は顔色を変えた。
「俺は、おまえと結婚する気はないぞ」
「あら、偶然ね。私もないわ」
如月倫子は、夫の富と名誉、財力を手放す気など更々なかった。また、賢治も、如月倫子とは遊ぶだけ遊んだら別れるつもりでいた。
「赤ん坊が出来ていたら、どうするんだ」
「夫の子どもとして育てるわ」
「そんな事が出来るのか」
「したくもないけど、明日にでも夫とセックスしておくわ」
「そ、そうか」
然し乍ら、如月倫子は安堵の溜め息を吐いた賢治の横顔が許せなかった。夫と離婚する気はない、けれど恋焦がれた昔の恋人である賢治を失う事も許せない。
(菜月さんが居なくなれば良いのに)
菜月が居なくなれば、夫と賢治、そのどちらもが手に入ると如月倫子は考えた。するとそこで、タバコを吸い始めた賢治が前髪を掻き上げ、気怠げな面持ちをした。
「どうしたの?そんな顔して」
「あ、ああ?」
「なにか悩み事でもあるの?」
「ああ、最近、俺の周りを嗅ぎ回る奴がいてウゼェんだよ」
「嗅ぎ回る?」
「湊だよ」
「あぁ、血の繋がらないお姉さんと仲良しのアブノーマルな男の子ね」
「くそっ」
如月倫子は賢治の耳元で囁いた。
「殺しちゃえば良いのよ」
賢治の動きが止まった。
「な、なに馬鹿な事、言ってるんだよ」
「本当に殺したりしないわ、ちょっと脅かすだけよ」
「脅かすだけ?なんだよ、それ」
如月倫子は、湊が運転する車に細工をしてはどうかと提案した。それは鋭い刃物のような緊張感を投げかけた。倫子はソファの端に座り、細い指で髪をかき上げながら、どこか挑戦的な眼差しで賢治を見つめた。彼女の声には、計画の大胆さと同時に、どこか軽い挑発が含まれていた。
「その子の車にちょっとした細工を施せば、すべては事故として片付くわ。誰も疑わない」
賢治は眉をひそめ、即座に反論した。
「そんなことをすれば、警察の捜査で素人の小細工なんてすぐにバレる。倫子、考えが甘すぎる。」
彼の声には苛立ちと焦りが滲んでいた。彼女の提案はあまりにも危険で、計画の綻びを自ら作り出すようなものだった。警察の鑑識は、ブレーキの異常や細工の痕跡を容易に見破るだろう。賢治は、倫子の大胆さが時に無謀さに変わることを知っていた。如月倫子は少しばかり呆れた顔をした。
「賢治、いつもそうやって慎重すぎるのね」
彼女は軽く溜息をつき、ソファに体を預けた。その仕草には、賢治の保守的な態度に対する苛立ちと、自身の計画に対する確信が混ざり合っていた。
「今どきの警察だって、事故に見えればそう深くは追及しないわ」
「どうするんだ」
「馬鹿ね、缶コーヒーを転がすだけで良いのよ」
「缶コーヒー?」
如月倫子はワインを一口、口に含んだ。
「そうよ、缶コーヒーがコロコロ転がってブレーキの下に挟まってご覧なさい?車は急には停まれませんって言うじゃない」
「ブレーキ」
「そうよ」
「おまえ、本当に怖い女だな」
「うるさい仔犬ちゃんは、Queenでチェックメイトよ」
(この女を裏切ったらどうなるのだろう)
如月倫子を抱きしめた賢治の表情は青ざめた。