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「ご馳走様です」
朝から腹がはち切れんばかりに食べてしまった。
「あら、書也君は意外と小食なのね」
自分の皿だけはなんとか食べ終わったが、自由に手をつけていいと思われる大きいバスケットのサンドイッチや大皿のマフィンは未だに残っている。しかし、それすらも愛は手を伸ばし、残り数個の料理となっている。
「お皿、片づけますね」
書也は空のお皿を重ね、立ち上がる。
「あらあら、それぐらいやるのにー」
立ち上がろうとする瓜花を静止させ、書也はキッチンに向かっていた。
「片付けぐらいはやらせてください」
「それじゃあ、シンクに置いてください」
「はい」
書也が料理の皿と一緒にトレーをシンクに置いた後、マントルピースの上に絵画と大きなポスターが飾ってあるのが見えた。ポスターは竜と男の子が抱き合ったイラストで、もう一つはキャンパスに油絵具で描かれた絵画のようであった。絵画の方は麦藁帽子の瓜花が手で牛の乳絞りをしている姿であった。
「あのポスターは出版しているお母さんの絵本の表紙なんだよ。《竜と少年》っていうタイトルなんだけど、タイトルロゴ無しのが欲しいって、加工して特大ポスターを出版社から貰ってきたんだって」
愛が書也と同じようにポスターを見上げて言う。
「瓜花さんは絵本作家だったのか!? じゃあ、あの絵も……」
「あれはわたしが描いたものだよ。お母さんのポスターと比べるとだいぶ下手なのにあんなの飾って、何が楽しいのかな」
愛は不服そうに言う。
「あれが下手って、嘘だろ? プロ並みじゃないか……」
書也は呆然とした表情で言う。瓜花のポスターのイラストも確かに上手いが、愛の絵画は美術館に並んでいても、おかしくない画力に思えた。
「そ、そうかな!? わたし、そんなに絵は上手くないの!? 趣味で描く程度だし!?」
愛は照れているのか、指で頭を掻いて、恥ずかしそうにしていた。
「どうして……この画力で画家やイラストレーターを目指さないんだ」
「嫌だなぁ書也君。これは趣味で描いてるものだし、わたしが目指したいのはラノベ作家なんだよ」
「これが趣味? この画力で漫画を描いたら……愛の物語を表現できる訳だろ?」
書也は下を向いたまま言う。
「えっ? 漫画? そんなこと考えた事なかったよ。わたしには興味ないし、お母さんみたいに絵本を描きたいと思った事もなかったよ」
「そうか……」
「書也君、見せたいものがあるんだけど……いいかな?」
愛は恥かしそうに言う。
「見せたいもの?」
「えと、休憩所にパソコン忘れてきちゃった!? 二階のわたしの部屋で待っててよ」
愛が慌てて廊下を駆け、ドアを開けて外に出ていく。
「二階か……」
書也は力なく階段を上がっていた。二階にはアンティークな木製ドアが四つほどあった。丸窓が付いたドアは恐らくはトイレだと思うが、愛の部屋は見当がつかない。
書也は開きかけのドアを見つけ、そこを開いて覗いて見る。どうやら当たりで、愛の部屋のようだ。白い壁紙はピンクの花柄、それに合わせた白いベッドと花柄の寝具、備え付けのクローゼット、アンティークな机が置かれ、その隣には本棚とカラーボックスが並んでいる。家電はエアコン、二十四インチのテレビ、テレビ台の中には録画レコーダーがある。本棚の本はラノベや参考書、小学生の国語の教科書がなぜか入っている。カラーボックスの小物類は牛のぬいぐるみにラジオ機器、小学生で使うような絵の具ケースやコップに入った様々な絵筆や鉛筆、カラーサインペン、スケッチブック、らくがき帖などが詰め込まれている。そのカラーボックスの上にはキャンバスが何枚も重なっている。
「これで絵描きが趣味だって言うのかよ……」
壁にはキャンバスの油絵や画用紙の鉛筆画や水彩画が飾られ、王女を守る勇者、半人妖狐の嫁入りの行列、空飛ぶ浮島や飛空艇、夜の焚火で原始人の少女が骨付き肉を食べている姿など、どれも物語を意識している作品に見えた。
「こんなの俺に見せて……何を伝えたいって言うんだよ」
その時、牛のぬいぐるみがカラーボックスから落ち、隠されていたかのように一冊の本が現れた。ズッコケ三人組のタイトルの背表紙は黄色が色あせて、白に変色しかけている。
「この本……愛も持っていたのか……」
本を開いてみる。嫌な予感がした。女の子が持っていた本は図書館の本に間違いなかったし、人気作の児童文学書は様々な人が持っている。だが、最後のページにポールペンで書いてたような星のマークのいたずら書きを見つけ、過去に書也が読んだ物と同じものだと分かった。
「あーあ……見つけちゃったんだね書也君」
愛が魂の抜けた人形のような瞳で、牛のぬいぐるみを拾うと、カラーボックスに戻していた。
「愛、これはどういうことだよ!」
状況が理解できずに書也は叫ぶように言った。
「わたしが書也君にその本を勧めたって事だよ。この本は傷みが酷いからって、捨てられるはずだったんだけど、図書館の人に頼んで貰ったんだよ」
悲しく笑って言う愛に書也は頭を押さえた。
「そんな偶然あるのか……いや、そんな事はどうだっていい! この絵は何なんだよ! ラノベ作家を目指すって言ってたのに……こんなの趣味の範疇を超えてるだろ!」
書也は怒ったように声を上げ続ける。まるで裏切られた気分だった。書也が憧れた絵の才能を愛が持っており、物語を絵で自由に表現できるのだ。これほど悔しい事はなかった。
「言ったでしょ書也君。わたしには絵に興味はないって……」
うつむいて言う愛に書也は絶望の表情を返す。
「これだけの才能があって嘘だろお前……上手い絵の才能を捨てて、あんな誤字脱字だらけの文章でラノベ作家を目指すって言うのかよ!」
「それでもわたしはラノベ作家になりたいの! イラストレーターや絵本作家でもなく、ライトノベルを書き続ける作家になりたいんだよ! 憧れるお母さんの綺麗な文章のように、詩のように、歌詞のように、朗読劇のように、文字を読んで想像させて、感動させたり、笑わせたり、悲しませたり、ドキドキさせたり、共感させたり、冒険したくなったり、誰かが読んで生きる希望を持たせたりする文章を書きたいの!」
大人しかった愛が嘘のように叫んだ。
「わかんねぇよ本当に……こんなプロレベルのイラストを描けるのに……俺が欲しかった才能を持っているのに……それを捨てるって言うのかよ……あんな本を勧めておいて!」
「違うの書也君……わたしは……」
「ああ、もう! こんな才能を無駄にする奴だなんて! お前と付き合わなければよかった!」
書也は愛の部屋のドアを閉め、階段を足早に降りていた。
「書也君、クッキー焼いたんだけど、どうかしら?」
エプロン姿の瓜花が廊下から声をかけるが、書也は会釈し、玄関で靴を履いた。
「お邪魔しました」
「あら、そう。せっかくクッキー焼いたのに……」
「すいません……急いでるので……」
書也は再び会釈すると、ドアを開けて外に出ていた。
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八雲瑠月
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