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◇◇◇
氷血帝イゾルダが戦場に現れた頃と同時刻、ニュンフェハイムの東側に展開する騎士たちの前には1体の邪族が佇んでいた。
騎士たちは相対する敵を警戒するようにそれぞれの得物を構えている。
しかし、その邪族は数多の切っ先を向けられてなお、背負っている剣を引き抜こうともしない。
「キサマらではない。あの赤毛の男を出してもらおうか」
「赤毛だと? いったい誰のことを言っている」
睨み合う中、敵から突き付けられた突然の要求に応対した騎士が困惑する。
だがそう悠長にしている暇が彼らにはなかった。こうして突然現れた邪族と対峙しているうちに、一度は押し返した敵の軍勢が再び押し寄せてきていたのだ。
目の前の敵から目を逸らすこともできないが、その他の敵も相手取らなければならない。
目の前に立つ邪族がどれほどの力を持つのかを未だに推し量ることができていないにもかかわらず、選択の時は刻一刻と迫っていた。
――そして遂に決断しなければならない時間がやってきた。邪族が背中の剣に手を掛けたのだ。
「あくまで出さぬというのなら……押し通らせてもらう!」
「来るぞッ!」
先頭の騎士が部隊全体に呼びかけた。
少なくとも敵の得物は剣であると踏み、騎士たちは敵に接近させないように武器を構えつつ魔法の準備をする。
その時、先頭に立つ騎士の脇から1人の若い騎士が飛び出した。
「ヤツは俺が!」
「よせ、カイ! 突出するな!」
制止の声を掛けたところで止まらないカイに悪態をついた騎士は部隊全体に号令を出し、敵の軍勢の対処に向かわせる。
その間にカイは敵の邪族に肉薄し、剣を振るっていた。
しかし、敵はカイの剣筋を見切っているかのようにごく僅かな動きで躱していく。
それでも諦めずに食らい付こうとする若い騎士を見て、邪族が笑みを漏らした。
「威勢がいいな、若人! しかしッ!」
彼は一瞬の隙を突いて自らの剣を抜き、カイの腕ごと剣を打ち上げたのだ。強烈な衝撃とそれに起因する痺れがカイを襲う。
それでも剣は手放さなかったが――それだけだ。
「ぐっ!?」
「その心意気は認めよう。だが戦場では勇猛と無謀を履き違えた戦士から真っ先に死んでいくのだ!」
無防備となりながら後退るカイに敵の剣先が迫る。
他の騎士が救援に向かおうとするが、残酷なことに到底間に合うような距離ではなかった。
様々な記憶が脳裏を通り過ぎては消えていく中、カイの網膜に剣の輝きとは違う確かな閃光が焼き付けられる。
「――キサマに用はない。とっとと失せろ」
先程までとは全く違う、冷めた声でそう告げる邪族とカイの間には1人の少女がいた。
彼女は煌めく剣の腹で邪族の黒光りする剣をまっすぐ受け止めている。
両者が至近距離から睨み合う中、少女は後ろにいた若い騎士へと声を掛けた。
「下がって彼らと合流してください」
「精霊、様……! だ、だが俺はまだ……!」
「あなたがやらなければならないことは何ですか。それはこの男と戦うことですか? 自分の心にちゃんと聞いてみてください」
カイは少女――コウカの言葉に目を見開いた。
そして彼は一拍置いたのち、深呼吸する。
「……任せます!」
そう言い残すと、彼は他の騎士たちに合流するために走り出した。
その足音を聞き届けたコウカは敵の剣を押し返しつつ距離を取るために後ろへ飛び退いた。
体勢を整えた両者が剣を構えて対峙する。
「負け犬がオレの邪魔をするな」
「いいえ、邪魔をします。確かにわたしはあなたに負けた。でも、もう一度立ち上がったからこそ今ここにいる……もう負け犬なんかじゃない!」
コウカが剣を向ける相手は前回のニュンフェハイム襲撃の際、彼女が大敗を喫した邪族だ。
だが今の彼女は目の前の邪族に決して負けるつもりなどなかった。勝つのは自分だとそう心に強く刻み付けている。
そんなコウカの強い意志を感じ取ったのか、邪族は軽く瞠目する素振りを見せる。
しかし彼はそれを振り払うとその代わりにコウカとの距離を瞬時に詰めた。
「失せぬというのならッ!」
邪族が鋭い剣技をコウカに向かって放つと、彼女はそれに正面から立ち向かう。
互いの手により目にも止まらぬ剣戟を演じてみせる中でコウカは下段からの鋭い一閃を放った。
「……なに?」
振り上げられたコウカの剣は宙を切ったが、それを避けるために邪族は一度後退せざるを得なかった。
「言ったでしょう、わたしはあなたの邪魔をすると。ここから先には絶対に行かせません!」
「……面白い。だが身体的な進化を経たからと強くなった気でいるだけなら、拍子抜けだぞ」
体勢を立て直した両者が再び睨み合う。
「それを確かめたいのなら――」
「剣で語ればいい、か」
コウカは自分の言葉を引き継いだ彼の言葉に何の反応も示さなかったが、否定する気もなかった。
その反応で満足したのか、邪族は再び剣を構えた。
「いいだろう。相手をしてやる」
この日、初めてその邪族がコウカの目をまっすぐ見据える。
――両者が駆け出すのは同時だった。
最初に互いから繰り出された攻撃は痛み分けの結果に終わるが、両者はすぐさま次の行動へと移っていた。
激しい剣戟の音が周囲に響き渡るとともに攻防が凄まじい速度で入れ替わっていく。
だというのに彼らは相手に全く隙を見せず、次第に千日手となっていく。
だがここで初めて大きく盤面が動き始めた。邪族が一瞬ではあるものの不意に隙を見せたのだ。
その隙をコウカは見逃さない。
彼女は瞬時に構えを取り、剣を突き出した。その行為に相手は顔を顰める。
「愚か者が! ……なにッ!?」
「それはもう見切った!」
前回も相手はコウカの攻撃を誘ってきた。
今回も全く同じ対応をしたコウカであったが、決して前回の敗北を忘れたわけではなかった。だから敢えてそれに乗せられたように見せたのだ。
――コウカが見据えていたのはさらにその先だ。
剣を突き出した体勢から彼女は強引に体を捻り、反撃を回避する。
そしてそのまま1回転すると、回転の勢いを利用した鋭い一閃を邪族目掛けて放った。
――両者が距離を取る。
コウカの一撃は回避されてしまったのだ。だが完全とはいかなかった。
邪族の頬からツーッと赤い血が流れ落ちる。
彼は自分の頬に触れ、その血が付いた指先を目の高さまで掲げた。
「オレに、傷を……?」
目を見開いて血が付着している己の指を見つめていた邪族は俯き、その手を力強く握り込むと全身を震わせ始めた。
その異様な反応にコウカは警戒心を高める。
彼女が相手のどんな動きも見逃すまいと集中していると邪族は――高らかに笑い始めた。
「ふ、ふははははははは! ああ見誤っていた。キサマはこの時代でようやく出会えたオレを楽しませ得る戦士だ!」
相手がとったのが予想していたどの行動とも違ったため、コウカは呆気にとられてしまっていた。
それに気付いているのかいないのか、邪族はコウカに向けて声を上げる。
「オレの名はロドルフォだ。精霊よ、改めてキサマの名を問おう」
「……コウカ。わたしの名前はコウカだ!」
反射的に名乗ってしまったコウカであったが、結果として彼の言葉によって正気を取り戻せた。
「ふむ、しかと刻んだ。コウカよ、キサマはオレが本気で相手をするに相応しい」
ロドルフォが己の剣を構え直し、彼の中の魔力を膨れ上がらせ始めた。それを感じ取ったコウカもまた集中力を高めて警戒する。
そんな彼女の対応を見て、ロドルフォは不敵な笑みを浮かべた。
「だから――簡単に潰れてくれるなよ」
次の瞬間、ロドルフォの足元が爆ぜた。
それは何者かから攻撃を受けたわけではない。彼が自らの魔法によって生み出した爆発だ。
ロドルフォは己の魔法の衝撃を利用し、瞬時にコウカとの距離を詰める。
「なにッ!?」
驚きながらも振り下ろされる剣に対してコウカは防御の姿勢をとる。
「フッ、反応のいい!」
そこでロドルフォはさらに魔法を行使する。
爆発魔法の衝撃を自らが剣を振り下ろすスピードに上乗せしたのだ。
「チィッ、でもッ!」
凄まじい勢いへと変わった剣を見て、コウカは反射的に自分の剣を斜に構えた。
想像以上の衝撃に苦しみながらもコウカは何とか相手の剣の衝撃を受け流しきる。
ここに来てダンゴとの特訓が功を奏したのだ。
「これも対応するか! やはりキサマは面白い!」
「こんな攻撃、わたしの妹のものと比べると軽いくらいです……よッ!」
実際にダンゴよりも剣の重さ自体は軽いのだが、ロドルフォの爆剣もそう何度も受けようとは思えないほどの衝撃だった。であるにも関わらずコウカは敵に対してそう強がってみせた。
そしてコウカの反撃を回避したロドルフォによって振り下ろされた剣により地面が爆ぜる。
その衝撃から逃れるように両者の間には自然と距離が空いていた。
「オレの剣が軽いだと……? ふはははは、そんなことを口にしたのはキサマが初めてだ」
愉快そうに笑うロドルフォとは対照的にコウカの表情は真剣そのものだった。
「何度もやられっぱなしのわたしだとは思うな!」
相手が力を見せたのなら、今度はコウカの番だった。
彼女は負担を抑えた状態の眷属スキル《アンプリファイア》を行使するとともに稲妻を身に纏った。
地面を蹴り、一気に加速したコウカは一瞬でロドルフォとの距離を詰める。
だが振り下ろされた剣は彼の剣に受け止められた。
(まともに打ち合ったら負ける!)
力比べでは間違いなく相手に分があると踏んだコウカは瞬時に離脱し、再び別方向からの攻撃を仕掛ける。
だがロドルフォもその攻撃全てに対応してみせた。そして遂に自分の魔法を駆使することで捉えられないように動いていたコウカを剣で捉えることに成功する。
すんでのところでその斬撃を避けるコウカであったが、回避が少しでも遅れていれば致命傷となっていただろう。
「くっ、やる!」
「キサマも!」
激しい衝突を繰り返し、消耗を重ねていく両者だがそれでもロドルフォの顔には獰猛な笑みが常に浮かんでいた。
「その太刀筋といい、本当に良い剣を振るうようになった! だが今日は随分と冷静なのだな。その点だけは先日のキサマの方が好ましかったぞ!」
「そんなもの! わたしの勝手でしょう!」
攻防の最中に2人は言葉を重ねる。
いくら口を動かそうとも剣戟の激しさは依然として弱まる気配を見せない。
「ふん。だが獰猛さをなくしたわけではあるまい! ならばオレが引き出してやる!」
その言葉の直後、ロドルフォからの剣技が苛烈さを増した。
コウカからの攻撃を押し返すためにも爆発魔法の勢いを利用したロドルフォはそのまま彼女を攻め立てようとする。
だが、コウカもそうはさせまいと自分の中のギアを引き上げていく。
思考の暇もないほどの猛烈な戦いは戦士から言葉を奪っていった。脊髄反射で戦っているような状態の両者の戦い方はなりふり構わない荒々しいものへと変わっていく。
――しかし、その戦いは不意に終わりを迎えることとなった。
「何だ……歌だと?」
突然、戦場全体を包み込んだ歌に獰猛な笑みを浮かべていたはずのロドルフォが、怪訝そうな顔をしてコウカと距離を取った。
「……まあいい。我らの戦いを邪魔するものではあるまい」
そう言って剣を構え直そうとしていたロドルフォだが――突如としてその表情が怒り一色に染まる。
見れば彼の体は徐々に透けていってしまっていた。
「チッ、また水入りか! 小賢しい、小賢しいぞミネティーナ!」
彼は女神ミネティーナへの怒りを露にし、消えていく彼の姿を見たコウカも、目の前の邪族との戦闘が終わりを告げようとしていることを察知した。
2人の視線が交差する。
「キサマとは必ず決着をつける。再び相まみえるその時まで、オレ以外の相手に殺されるようなことは断じて許さんぞ」
「わたしは誰にも殺されるつもりはありません。もちろん、それはあなたにも」
「ふ、ははっ……言ってろ」
ロドルフォの完全に姿が掻き消えていくまで両者は互いに睨み合っていた。
やがて警戒する必要がなくなったコウカが構えを解き、空を見上げる。
「ノドカの歌声……でもノドカだけ?」
歌い方の問題ではない。その声質から、今歌っているのは正真正銘ノドカだけだということをコウカは察知する。
要は今のノドカはユウヒとのハーモニクス状態を解除しているのだ。
もしユウヒとのデュオ・ハーモニクスを維持しているのなら、歌声自体はユウヒのものになるはずだった。
(空の上は落ち着いている……わたしがあの男と戦っている間にマスターとノドカがやってくれたんだ)
コウカが参戦した時には騒がしかったニュンフェハイムの空だが、今では聖竜騎士団だけでも余裕をもって戦えるほどまで状況が好転していた。
(だったらマスターは今、地上にいるはず)
少しの間、考え事に耽っていたコウカの鼓膜を周辺で邪魔と戦っていた人間たちの声が震わせる。
「この歌……体が軽くなった?」
「魔法がいつもより使いやすいわ。これって……」
彼らは困惑しながらも強化された力を以て、邪魔たちを攻撃していく。
そんな彼らの疑問にコウカは穏やかな笑みを浮かべながら答える。
「ノドカですよ。あの子の歌が世界樹から生まれた魔素をわたしたちに届けてくれているんです」
世界樹が生み出した魔素は比較的純度が高い。そのため、人間たちに恩恵を与えたとしても邪魔たちを強化してしまうことはほとんどない。
そんな魔素をノドカは眷属スキル《カンタービレ》で操り、戦場全体を人間に有利なフィールドへと作り変えてしまったのだ。
コウカの言葉を聞き、特に信心深い人間などはこの状況で祈りすら捧げていた。
それほどこの歌は神秘的で温かな優しさと戦う勇気を人々に与えている。
「我らは精霊様の加護を授かった! そして精霊様が邪族の脅威を打ち払われた今、残されているのは何の天恵も得られぬ烏合の衆。恐れるものなど何もない!」
ここぞとばかりに指揮官が部隊全体の士気を高める。
すっかりやる気になっている彼らの熱意にコウカは若干の居心地の悪さを覚え、苦笑いを浮かべる。
そして未だ騒がしい地上のあらゆる方向を見渡すと、彼女もまた表情を引き締めた。
「ここはわたしが支えます……みんなもどうか無事で」
◇◇◇
一方その頃、ダンゴはニュンフェハイムの郊外で人間たちと共に、南側からニュンフェハイムを砲撃しようとするゴーレムの迎撃にあたっていた。
そのゴーレムとは彼女がテサマラの街で撃破した個体と同型の巨大ゴーレムだ。
「何だ、力が漲ってきやがる」
「ノドカ姉様の力で魔素が集まってきているんだ……ッ! 来るよ!」
その時、ゴーレムが拳を地面に振り下ろそうとする挙動を取ったため、ダンゴは不思議そうに自分の手のひらを眺めていた冒険者の男の腕を引っ張り、その場から飛び退く。
周囲でもゴーレムの足回りを攻撃していた者たちが同様にその場から退避する。
結果として振り下ろされた拳の直撃を受ける者はいなかったが、その衝撃により地面から様々な破片が辺り一帯に飛び散る。
それらによって被害が出ないように、ダンゴはゴーレムの拳が振り下ろされた地点を囲うように岩の壁を展開した。
そんな彼女の元に騎士の男から声が届けられる。
「ダンゴ様、こちらは準備ができましたぞ! 敵の誘導を!」
「うん!」
元気良く返答したダンゴが周囲の前衛役として戦っていた騎士及び冒険者を見渡す。
「キミ達も準備はできてるね?」
「おうよ!」
「よし、行くよ!」
彼らの反応を確かめたダンゴが笑みを浮かべて、再度ゴーレムの足元へと駆け出す。それに続くように周囲にいた者たちも追従していった。
騎士同士はまだしも、騎士と冒険者、ダンゴと彼らとでは綿密な連携を取ることはできない。それでもゴーレムからニュンフェハイムを守りたいという彼らの気持ちは同じだ。
さらにダンゴもその気持ちに応えようという気持ちを強めている。
なれば、思い思いの行動の内に自然と連携が生まれる。
「お前には何も壊させない! でも、お前のことはボクたちの手で壊してみせる!」
ダンゴが啖呵を切る。
作戦は単純だ。魔術師隊が地面に作った大きな窪みへと転倒させた巨大ゴーレムを落とし、動けないようにさせる。
後は全員の一斉攻撃でケリをつけるというものだ。
もし仮にテサマラでの戦闘のように爆発が起こりそうになったとしても、全員の魔法で囲い込んで防ぐ手筈となっている。
もっと時間があれば、窪み自体を大きな落とし穴に変えて爆発の影響を最小限に抑えたかったところではあるが、時間がない状況ではこれが最善策だった。
「超重量級の巨体を2本の足で支えているんだ! 関節部の強度を補うために手足の可動域だって狭い! 一度よろめけば態勢を整えることは困難なはずだ!」
「洒落臭ぇぜ騎士さんよぉ! 要は足回りが弱ぇって事だろ! そこを狙えって話だしなぁ!」
前衛たちが巨大ゴーレムの足元の地面を削り取っていく。鈍重な動きのゴーレムでは削られていく地面から逃れるのも一苦労だ。
そうしている間に敵は次第に窪みのある場所まで誘導されていく。
「今だ! 倒し込め!」
「投石機も使います! こんな時くらいしか使い道がありませんからね!」
これからは少しでも大きな衝撃を一度に与えて態勢を崩すことが重要だ。そのため、人間たちは一斉攻撃の準備を整えた。
――放て、という号令の下、後衛の者たちが一斉に攻撃を放つ。
その間にも前衛たちはゴーレムの足元を狙い続ける。
「俺たちも行くぞ! お嬢ちゃん、合わせるんだ!」
「任せて、おじさん!」
袖を通していないジャケットを肩に掛けた中年の男が巨大ゴーレムの左足に向かって走り出したのでダンゴは反対側の右足へと向かった。
「唸れ、我が鉄拳!」
「キミたちも離れてて! 【ガイア・ストライク】!」
その2つの衝撃が決め手となり、遂にゴーレムが窪みへと落ちる。
一瞬歓声が上がるが、年配騎士の叱責を受けて全員が再び攻撃の準備をする。
「魔術師の人! キミの魔法でボクを高く打ち上げて!」
「え……えぇ!? む、無理ですよ! 畏れ多い!」
「キミならできるよ! さぁ、早く!」
信仰の対象である精霊を相手に魔法を放つことなどできない、という魔術師に対するダンゴの返答はどこかズレていた。
かといってこのまま否定することはかえって失礼に当たるのではないか、などと魔術師の頭の中ではそんな思考がぐるぐると巡っていた。
「じゃあ……キミたちも手伝ってよ!」
そしてダンゴの無邪気な矛先は他の魔術師たちにも向く。
巻き込まれる形となった彼らも最初に声を掛けられた魔術師と概ね同じ反応を示していたが、ダンゴの一言で遂に折れる形となる。
「アイツから色んなものを守るためなんだ! だからキミたちの力を貸してよ!」
そう言われてしまえば、彼らも協力しないわけにもいかない。
というよりも、ダンゴの言葉で自分たちの目的を思い出した彼らが自ら協力するような形だった。
「思いっきりやっていいよ。なんていったって、ボクは最強の盾だから!」
「了解しました! 我ら聖教騎士の誇りにかけて、貴女様を空へと送り届けてみせます!」
「うん、任せたからね!」
そしてダンゴは彼らが準備を終えたのを確認すると地面を強く蹴り、自らの力でまずは5メートルほど飛び跳ねる。
そして浮かび上がったダンゴ目掛けて、杖を向けていた魔術師たちが一斉に魔法を放った。
属性など関係なく、撃ち出されたそれらの魔法がダンゴへと直撃する。魔術師たちの頭に一抹の不安がよぎるが、彼らはそれを振り払って魔法の放出を続けた。
空高く撃ち上げられた魔法の先端に居たダンゴが大きな声を地上に届ける。
「キミたち、最高だよ! 後はボクに任せて!」
ダンゴは地上から数十メートルという空の上から倒れ込んでいる巨大ゴーレムを見下ろす。
巨大ゴーレムは今、地上の人間たちが継続して攻撃を加えていることにより致命傷を負ってはいないものの、起き上がることができないようだった。
(キミたちがこんなに頑張っているんだもん。その願い、絶対に叶えてあげたくなるじゃん)
ニッと歯を見せて笑ってみせたダンゴが真下に向けて巨大な魔法陣を展開する。
「歌姫の力と寄り添い合ってボクたちの想いを希望へと変えるんだ、イノサンテスペランス。【ガイア・ラム】!」
魔法陣の中から生み出されたのはその魔法陣の大きさに見合う程に大きく、鋭く尖った先端を地上へと向ける岩塊だった。
「これがボクたちの示す希望だ!」
ダンゴは岩塊を蹴って跳躍するとイノサンテスペランスの形状を巨大な鉄槌へと変えた。
そして、それを岩塊へと打ち付けるとともに眷属スキル《グランディオーソ》で自分自身と霊器の重量を限界まで強化する。
その重みを受けた岩塊がダンゴと共に巨大ゴーレムが倒れている窪みに向かって落下を始めた。
だが巨大ゴーレムも胴体部の砲門を展開し、岩塊を迎撃しようとする。
「まだだ!」
ダンゴの体内を通り、イノサンテスペランスと岩塊の接触地点に魔力が集まっていく。
さらにノドカの眷属スキル《カンタービレ》の影響で周囲一帯に漂っていた大量の魔素もそれに巻き込まれていったため、急速にその魔法が構築されていく。
「【ガイア・インパクト】!」
魔力によって生み出された衝撃が岩塊へと加えられる。その膨大なエネルギーを受け、打ち出されるような形となった岩塊は急加速を始めた。
そして岩塊が砲門を展開したままの胴体部に突き刺さった瞬間、窪みを覆うようにありとあらゆる属性の魔力防壁が何重にも展開される。
それでゴーレムの動力部分が起こす魔力の暴流を防ごうというのだ。
巨大ゴーレムが落ちている窪みは決して小さいものではない。中にはお互いに反発しながらも1つの防壁を形作っている魔力たちも見受けられた。
(ボクの魔法……間に合わないか……っ!)
大型の魔法を連発したダンゴには再び大型の魔法を使う余力がない。元々、魔法制御が得意ではないので仕方がなくはあった。
しかし、それで納得することができるダンゴではない。
何かほかの手段はないかと頭を働かせていた――その時だった。ふんわりと暖かい風が吹き抜け、彼女の頬を撫でるとともに数枚の結界が防壁へと加わった。
「ノドカ姉様、ありがとう」
その爆発は地面を揺るがしはしたものの、人命を奪うことはなかったという。
それは人々が諦めずに全力を尽くした末に掴み取った結果であった。