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「久しぶりだね、ブライト。最近あっていないような気がしたからほんと……」
「え、ああ、ええ、そうですね。久しぶりですね」
人混みの中で、ブライトを見つけて捕まえて私がそう声をかけるとブライトはぎこちなく答えてきた。
何というか……やっぱり様子がおかしい。
それに、いつもなら、こんなふうに私から話しかけると嬉しそうに笑ってくれるのに、今は目を合わせようとしないし、なんかそわそわしてる。
「如何したの? 何かいつもと……」
「聖女様」
そう、私のことを呼んだのは小さな子供だった。
どこから声がしたのかと探してみれば、ブライトの背中からヒョコリと彼と同じ純黒の髪を持った小さな子供が顔を出した。
「あ、えっと……ブライトの弟の……」
「おひさし、ぶりです。聖女様。あの時は、どうも、ありがとう、ございました」
と、辿々しく喋る子供は、ブライトと同じアメジストの瞳を私に向けてきたのだが、その瞳は彼と違って何だか吸い込まれるというか、悪く言えばそこが見えないような光の灯らない瞳をしていた。その瞳の得体の知れない何かを孕んでいるのに、妙に惹き付けられてしまい、思わず手が伸びていた。
「エトワール様!」
しかし、私の名前を叫んだブライトの声で一気に引き戻され、私はハッと顔を上げる。
すると、目の前にいた筈の男の子がいなくてキョロキョロと見渡せば、いつの間にかブライトの足元に隠れるように立っていた。
そして、ブライトはその子と私の前に壁をつくらんとばかりに立っていて、焦ったように私を見ていた。
確か、ブライトの弟は病気持ちだったとか何だったとか……ということを思い出し、私が触れたら危ないとブライトは忠告してくれたんだろう。だけど、やはり腑に落ちないというか。弟は留守番させておくとも前に聞いたはずだったのだが。
「おにぃ、何で聖女様とボクの邪魔するの?」
「それは……」
「聖女様もそう思うでしょ?」
と、いきなり話を振られ、私はどう答えれば良いのか分からなかった。
邪魔……という言葉はあっていないような気がするが、まだ小さいしそういう風に捉えても仕方がないのだと思う。ブライトが私のことも、弟のことも気にかけてくれているのなら今回の行動も分からないわけじゃないし、理由もしっかりしているし。
そう思い、ちらりとブライトを見ると何故か彼は額に汗を浮べていて、顔色を悪くしていた。
「ブライト、もしかして具合悪かったり、する……?」
「い、いえ……そんなことは、ないです、けど」
明らかに嘘だと分かる反応だが、これ以上追求しても意味が無いと思い、私は話題を変えることにした。
このままでは、ブライトは私に対してずっとこの態度のままだろうし、それじゃあ私としても嫌だから。
そう思って口を開こうとした時、遮るようにブライトが口を開いた。
「僕も久しぶりにエトワール様と会えて良かったと思ってます」
「え、いきなり、如何したの? 私も、そりゃ……魔法の特訓以外で会うことないし、星流祭では合わないと思っていたけどさ」
「エトワール様の顔を見ていると落ち着くので」
そう言って、にこやかに笑う彼に、一瞬ドキリとしたが直ぐに冷静になり、何だか恥ずかしくなって頬に熱が集まるのを感じた。
ブライトってそんな、タラシみたいなこと言うタイプだったっけ!? と思いつつでも、彼のことだからきっと深い意味で言ったんじゃないだろうし、気にしない方がいいか。うん。
と自分に言い聞かせ、平常心を保つ。
その間もブライトは、弟のことをチラリと見て、時々視線を逸らすという動作を繰り返していた。落ち着きがないというか、上の空というか。
「ねぇ、ブライト。本当に大丈夫なの?」
「…………」
私が心配して声を掛けると、彼は私を見て困ったように笑みを浮かべた。
その表情は、どこか悲しげで、今にも泣き出しそうな子供のようにも見えた。
その笑顔の意味を問い質そうとした時、くいっと自分のスカートが引っ張られる感覚がし、私はそちらに目を向ける。
そこには、いつの間にいたのか、先程までブライトの後ろに隠れていた子供がいた。その子の顔をよく見れば病気的なまでに青白く、体調が悪いのは一目瞭然で、私は慌ててしゃがみ込むとその子の背中に手を当てる。
「やっぱり、体調悪いんじゃない? 僕、大丈夫?」
「……聖女、様」
「エトワール様ッ!」
子供が私に手を伸ばそうとしたとき、ブライトは思いっきり自分の弟の手を叩いた。
パシンッと乾いた音が鳴り響き、弟が痛そうに顔を歪める。突然のことに驚きつつも、私は直感的に彼の弟に触れてはいけないというか、触れるべきではないと全細胞が叫んでいる気がして、手を引っ込めた。
それを見ていたブライトは、何かを堪えるような顔をしていたがすぐにいつもの表情に戻ると、弟に厳しい目を向けながら口を開く。
「ファウ、貴方は病み上がりなんですから大人しくしておいて下さい。エトワール様に迷惑をかけてはダメです」
そう言うと、ブライトの弟は不満げに唇を尖らせた。
そして、私に助けを求めるように見上げ、目を潤ませる。しかし、それが如何しても演技にしか見えず私は少し不信感を抱きながら弟君に大丈夫だよと、だけ伝えブライトを見た。
彼は、すみませんというように私を見ていたが、何処か安心しているような表情を浮べており、彼なりに弟の病気が私にうつらないようにと配慮してくれたんだと言うことが分かった。でも、それにしたって、弟の手を叩くとは。
(ブライトってブラコンなんだよね……ドのつくブラコンっていう設定だったのに)
そう思いつつ、ブライトを見ると彼は相変わらず弟を睨んでいた。その目は、まるで親の仇を見るような目で、そんなに弟のことが嫌いなのかと疑問を抱く。けれど、設定ではドブラコンで、ヒロインと会うときも度々弟がついてきていたし、それに、ブライトが弟に対して過保護だってことも良く耳にするし。
すると、彼は私の視線に気付いたのか、こちらに顔を向けた。
その時の表情は、いつもの儚げなイケメンといったような清々しい顔をしていたのだが、やはり何処か無理をしているようにも思える。
「本当は、連れてくるつもりはなかったんですけど、ファウが如何してもと言うので。兄として、弟の願いは叶えてあげたいと思い……」
「そうだったんだ。良かったね僕。いいお兄ちゃんがいて」
「……でも、おにぃはあれこれ制限して、ちょっとうざいの」
私が声を掛けると、弟君は頬を膨らましながら言った。その様子に私は思わず苦笑してしまう。
弟君は制限と言ったけど、それは過保護なブライトが心配で色々言っているだけであって、それを窮屈に感じているだけだろうと。
「ふふ、でもそれはブライトがアンタのことを大切に思ってるからだよ。ね、ブライト」
「え……はい、そうです。僕はファウのこととても大切に思っています……」
と、途切れ途切れに言うブライトに弟君が怪しむような目を向けており、私の言葉を遮るように弟君は口を開いた。
「本当は、おにぃボクのこと好きじゃないくせに」
「え?」
そう、口にした弟君はブライトを光の灯らないアメジストの瞳で睨み付けた。それに対して、ブライトは何も言わずただ黙って弟を見下ろしているだけだった。その目はやはり、弟を愛おしむとかそう言った感情は感じられない。
そんな顔を、目を向けているブライトを初めて見て、私は少しゾッとした。ブライトは誠実で優しくて、爽やか好青年だと思っていたからだ。勿論、ゲームをプレイしていたときとここに来てからもそれは変わらない。彼の評価は私の中では揺るがなかった。
だって彼は、私に魔法を教えてくれた師であるから。
魔法の使い方が分からなかった私に、彼は優しく一から魔法を教えてくれた。そんな優しいブライトだからこそ、私はブライトを信じていた。
ドのつくブラコンだって、それに、初対面で手を叩かれて初めは感じの悪い奴とか思っていたけど、関わる内に私の中の彼の評価は元から知っていた良さにプラスして沢山増えたし、上がったと思う。彼の好感度だってきっと私に対する信頼や期待値なのだと思う。
だから、私はブライトの味方につき口を開く。
「そんな、弟君の勘違いじゃないかな?だって、ブライトは、弟君が傷つかないようにって色々手を焼いてくれているし。だって、人に触れたら危険な病気を抱えてるんでしょ? 僕は」
と、私は弟君を宥めるために、そして、ブライトをフォローするために言葉を口にする。しかし、弟君はそれを一蹴するように、首を横に振った。
そして、ブライトに視線を向けると、彼は相変わらずの無表情で口を閉ざしたまま、弟君を見つめ返している。
そうして、ようやく口を開いたのは弟君の方だった。その様子に気がついたブライトは「ファウッ!」と弟の名前を呼ぶが、次の瞬間弟君の口からでた言葉は衝撃的で、私は頭を金槌でなぐられたような痛みが全身を駆け抜けた。
「え? ボク、病気じゃないよ?」