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夜明けの森を抜けると、北へ続く街道が現れた。
その先の地平に、かすかに石壁が見える。
北の砦。
グラツィア王国北方防衛線。
三つの砦で構成された小さな要塞群。
サイラスはそれをじっと見つめた。
ユイナが横で言う。
「軍師さま?」
サイラスはゆっくり口を開いた。
「北の砦に向かう」
ユイナが目を細める。
「いいんです?」
「この国を守るの三つの砦は軍師直轄だ」
サイラスは静かに言った。
「王印がなくても動かせる」
ユイナが口笛を吹く。
「そんな権限、持ってたんですね」
「使う機会がなかっただけなんだけどね」
サイラスは馬を進める。
「ユイナ」
「はい」
「先に行ってローガンに伝えてくれ」
ユイナが振り返る。
「なんて?」
サイラスは少しだけ笑った。
「心配するな」
「僕は生きてる」
ユイナは頷いた。
「了解」
馬を蹴る。
その背を見送りながら、サイラスは空を見上げた。
王都の煙は、まだ遠くに見える。
サイラスは静かに呟いた。
「ゼイオン」
その声は低かった。
「王都の代償は」
少し目を細める。
「払ってもらう」
夜明けの光の中、石の城壁が姿を現した。
見張り兵が叫ぶ。
「止まれ!」
弓が構えられる。
「名を名乗れ!」
サイラスは答えた。
「サイラス・イシル」
城壁の上がざわめく。
やがて城門が開いた。
現れたのは大柄な老人。
灰色の髭。
古い鎧。
北砦守備隊長――ローガン。
ローガンは腕を組んでサイラスを見ている。
数秒。
そして言った。
「やっと来たか、軍師」
サイラスは馬を降りた。
「怒ってる?」
ローガンは鼻を鳴らす。
「怒る暇があるなら城壁を直す」
少しして言った。
「飯は食ったか」
サイラスは肩をすくめる。
「昨日からなにも」
ローガンが振り返る。
「飯を出せ!」
兵たちが走る。
ユイナが小声で言った。
「歓迎されてますね」
サイラスは小さく笑う。
「ここはまだ国だから」
ローガンが振り返る。
「王都はどうなった」
サイラスは短く言った。
「落ちた」
砦の空気が凍る。
ローガンだけが動かなかった。
「王は?」
「脱出した」
ローガンは頷いた。
「なら国はまだ生きてる」
そして聞いた。
「兵は?」
「三百」
ローガンは城壁を指した。
「逃げた奴はいない」
そしてサイラスを見る。
「で?」
「軍師」
「どうやって勝つ」
サイラスは北の空を見た。
そして言った。
「三国同盟を壊す」
ローガンが眉を上げる。
「そのあと」
サイラスは続けた。
「ゼイオンを殺す」
ローガンは笑った。
城壁を叩く。
「おい野郎ども!」
兵たちが振り向く。
「戦争だ!」
歓声が上がる。
その音を聞きながら、サイラスは北の空を見ていた。
「待ってろ、ゼイオン」
ゼイオンは地図を見ていた。
北砦。
グラツィア王国北方防衛線の一つ。
小さな砦。
兵三百。
ゼイオンは副官ラディスに言った。
「歩兵五千を出せ」
「将は?」
「適当でいい」
副官が少し驚く。
「本気の攻城では?」
ゼイオンは首を振った。
「違う」
静かな声だった。
「やつがいるかどうかを見る」
軍は翌朝出発した。
二日後。
本陣に一騎の兵が転がり込んできた。
鎧は血に染まり、馬も限界だった。
「報告!」
兵は地面に倒れ込む。
「北砦……」
「将軍が……」
ゼイオンは表情を変えない。
「何があった、すべて話せ」
兵は息を整えながら言った。
「砦に到着した軍は……」
「降伏を勧め、使者を送りました」
ゼイオンは頷く。
「それで?」
「夕刻、返事が来ました」
兵は言った。
「降伏を承諾する」
「城を引き渡す、と」
ゼイオンの目が少しだけ細くなる。
「続けろ」
兵は震えながら話した。
「将軍は城を受け取りに向かいました」
「軽装で」
「ですが」
息を吸う。
「城門の上で、砦将が言いました」
兵はその言葉を再現した。
「お前らは戦いに来たのか」
「それともピクニックに来たのか」
ゼイオンの口元がわずかに動く。
兵は続ける。
「そして」
「降伏などなかったかのように話し始めました」
「その時」
「城門が開きました」
「中で小競り合いの声が聞こえました」
「なかの兵が叫びました」
兵は言葉を震わせる。
「こちらです!」
「降伏いたします!」と
ゼイオンは静かに聞いている。
兵は叫ぶように言った。
「将軍は言いました」
「ふん」
「仲間割れか、あさましい奴らめ」
「降伏は偽計だ、突っ込め!」
「混乱に乗じて砦を落とせ!」
兵は顔を上げた。
「城に入った瞬間」
声が震える。
「将軍は言いました」
「……罠だ」
「気づいたのか」
ゼイオンが初めて口を挟んだ。
兵は頷いた。
「ですが遅かった」
「城門が閉まり」
「内側から矢が降りました」
「外では……」
兵は北の空を指した。
「川向こうの我が軍から」
「火が上がっていました」
沈黙。
ゼイオンは地図を見る。
北砦。
その周囲の川。
補給線。
しばらくして、小さく言った。
「なるほど」
ラディスが聞く。
「軍師ですか」
ゼイオンは頷いた。
「サイラスだ」
そして静かに笑った。
「やっと始まったな」
北の砦敗北の報が広間を重くしていた。
将の一人が膝をつき、声を荒げる。
「お許しください!」
顔を上げる。
「私めを北の砦へお遣いください!」
拳を握る。
「このままでは帝国の名折れです!」
「私に三千の兵をお貸しください!」
「必ず砦を落としてご覧に入れます!」
広間の武将たちが頷く。
だがゼイオンは動かなかった。
静かに地図を見ている。
やがて顔を上げた。
「それこそ」
低い声だった。
「奴の狙いなのだ」
将が言葉を失う。
ゼイオンは北の砦の位置を指で叩いた。
「北の砦に」
「何の価値がある」
沈黙。
誰も答えられない。
ゼイオンは続ける。
「奴は砦を守りたいのではない」
「我々を動かしたいのだ」
指をゆっくり地図の中央へ動かす。
「戦場を」
「ここへ引き寄せたいのだ」
武将たちが息を呑む。
ゼイオンは小さく笑った。
「だが」
目を細める。
「一人のほうの居場所は分かった」
ラディスが聞く。
「軍師ですか」
ゼイオンは頷く。
「そうだ」
「サイラスは北にいる」
そして少し考えて言った。
「もう一人のほうは」
「ヤギュウに任せるか」
武将たちが顔を上げる。
ゼイオンは地図を見つめていた。
「軍師は盤面を作る」
静かな声だった。
「だが」
わずかに笑う。
「盤面の外にいる者もいる」
夜の林道を、ヤギュウは馬で進んでいた。
後ろには影の軍団。
音もなく進む黒装束の兵たち。
ヤギュウは考えていた。
今回の命令について。
国王ヨシュアの追跡。
「……阿呆な命令だ」
小さく呟く。
「阿呆な王なら」
「生かしておいた方が都合がいい」
馬の歩みは変わらない。
「旗になる」
「旗があれば国はまとまる」
「旗が消えれば、国は散る」
ヤギュウは鼻を鳴らした。
「まあ」
「俺が考えることじゃねえな」
前を見たまま言う。
「命令は命令だ」
しばらくして、別の顔が頭に浮かんだ。
エスカミオ。
王の近衛隊長。
ヤギュウは小さく笑う。
「あいつ」
「裏切ると思うか?」
ヤギュウがうけたもう一つの命令
エスカミオは本当に裏切るのか?
部下は答えない。
ヤギュウは続ける。
「俺は信じない」
少し目を細める。
「なんか怪しいんだよな」
「裏切りそうな顔じゃない」
「妙だな……」
ヤギュウは地図を見たまま動かない。
「エスカミオがヨシュアを殺して王になりたがっているんだろ」
「だから王を城外に出して殺すつもりなんだろ」
「……なのに、なんで一緒に西に逃げるんだ」
「今なら殺せる。確実にな」
指が止まる。
「あいつ、なんでそんな“回りくどい賭け”をする?」
夜風が木を揺らす。
ヤギュウは空を見た。
「皇帝は」
「本当にあんな奴を信じてるのか」
そして静かに言った。
「裏切り者は裏切り者だ」
「それ以上でも」
「それ以下でもねえ」
ヤギュウは手綱を引いた。
「さて」
「本当に裏切り者かどうか」
薄く笑う。
「確かめに行くか」
夜の街道。
逃げる王の一行の後ろから、馬蹄の音が迫っていた。
ヤギュウ。
影の軍団。
エスカミオは振り返る。
「来たか」
王ヨシュアに袋を渡す。
「軍師より言伝です」
ヨシュアが顔を上げる。
「サイラスから?」
エスカミオは頷いた。
「西の砦へ向かってください」
「兵を率いて王都へ帰還せよとのことです」
ヨシュアは驚く。
「帰還?」
エスカミオは続ける。
「ただし」
袋を差し出す。
「エスカリオの傭兵と遭遇する可能性があります」
「その時はこの袋を開け、その指示に従うようにと」
ヨシュアは袋を受け取った。
「……あいつらしいな」
エスカミオは馬を返す。
「私はここで時間を稼ぎます」
王が叫ぶ。
「エスカミオ!」
だがもう遅い。
ヤギュウの影が林から
刀を抜いて出てきた
エスカミオは剣を構えた。
「王には指一本触れさせん」
二人の刃がぶつかる。
火花。
金属音。
ヤギュウは目を細める。
「近衛か」
「いい腕だ」
エスカミオは笑う。
「褒め言葉として受け取っておく」
数合。
刃が交わる。
ヤギュウの目が変わる。
「やはりおかしい」
低く呟く。
「王の逃げる方向」
「西の砦?」
はっと目を見開いた
(だまされてるのは、俺たちだ)
(これは裏切りじゃない)
(そう見せている”だけだ)
刃を受けながら言う。
「だまされるところだった」
エスカミオの剣を弾く。
ヤギュウの目が鋭くなる。
「奴は――」
その瞬間。
風が鳴った。
矢。
喉に突き刺さる。
ヤギュウの体が揺れる。
林の影からユンナが姿を現した。
弓を下ろす。
ヤギュウは膝をつく。
「裏切りは…」
血を吐く。
「ぬかった」
ゆっくり倒れる。
静寂。
サイラスが木の影から出てきた。
死体を見る。
少しだけ肩をすくめる。
「ごめん」
ユンナを見る。
「直感だけど」
小さく笑う。
「多分当たりだよ。」
ユンナが呆れる。
「軍師様」
「ここに来たの作戦じゃないですよね」
サイラスは答える。
「うん、偶然。でも理由はあるよ」
「勝ったしね」
夜の森は静まり返っていた。
ヤギュウの死体が草の上に横たわっている。
喉元には細い傷。
血はほとんど流れていない。
ユンナが短刀を布で拭いた。
「終わりですね」
サイラスはしばらく死体を見ていた。
「うん」
小さく頷く。
「たぶんこれでいい」
ユンナが眉をひそめる。
「“たぶん”ですか?」
サイラスは肩をすくめた。
「直感だけど」
少し間を置く。
「この男は見抜いた気がした」
ユンナが呆れた顔をする。
「軍師様ってたまに怖いですよね」
その時、森の向こうから馬の音が聞こえた。
松明が近づいてくる。
先頭の騎兵が叫んだ。
「軍師!」
現れたのはエスカミオだった。
鎧は傷だらけだが、姿勢は崩れていない。
エスカミオはヤギュウの死体を見て、目を細めた。
「……帝国の影か」
サイラスが頷く。
「はい」
エスカミオは少し笑った。
「ずいぶん厄介な相手を殺したな」
「運です」
立ち去ろうとすると
「陛下には会わないのか」
サイラスは首を横に振る。
「今は会わない方がいい」
「なぜだ」
「疑いが残るからです」
エスカミオは少しだけ笑った。
「ずいぶん嫌われてるな、お前」
「そうですね」
サイラスはあっさり言う。
少し沈黙。
エスカミオが聞く。
「王に何て伝える」
サイラスは森の奥を見る。
北の方角。
「よろしく、と」
エスカミオは苦笑した。
「軽いな」
サイラスは続ける。
「それと」
少しだけ真面目な声になる。
「必ず勝つと」
エスカミオは袋を懐にしまった。
「青野ヶ原にいくのか」
「はい」
サイラスは言う。
「先に行って、戦場を作ります」
エスカミオが目を細める。
「戦うのか?」
サイラスは少し考えた。
それから言う。
「終わらせます」
ユンナが馬に乗る。
サイラスも続いた。
エスカミオが最後に聞く。
「軍師」
サイラスが振り向く。
「死ぬなよ」
サイラスは小さく笑った。
「死にません」
そして言う。
「僕、戦えませんから」
馬が夜の森へ消えていく。
エスカミオはしばらくその背中を見ていた。
やがて袋を取り出す。
「……まったく、信頼されてるんだかどうだか」
小さく呟く。
「頼まれたことはちゃんとするよ」
西方街道。
草原の向こうから、騎馬の列が現れた。
傭兵団。
エスカリオ商王国の旗が風に揺れている。
先頭の傭兵隊長ケロンが目を細めた。
「おほほーい」
馬を止める。
「国王っていくらなんだ?」
仲間が笑う。
「こんなとこで最高の賞金首に出会うとかよ」
「まじついてるなあ」
顎で後ろを指す。
「さっき親分来てるって言ったな」
「伝えてくれ」
ニヤリと笑う。
「見つけたって」
傭兵たちの列が左右に分かれる。
その中央を、一騎の男がゆっくり進んできた。
豪奢な外套。
金の刺繍。
エスカリオ商王国の王。
カルド。
カルドはヨシュアをじっと見た。
そして小さく笑う。
「ほう」
「あなたがグラツィアの王か」
大声で呼んだ。
「私はエスカリオ商王国のカルド」
ヨシュアは馬上で背筋を伸ばした。
王としての顔だった。
カルドは肩をすくめる。
「あれが国を失った哀れな王様か?」
傭兵たちが笑う。
カルドは続けた。
「さあ」
少し首を傾ける。
「どうする?」
沈黙が落ちた。
風だけが草を揺らす。
そして、どちらが言い出したのか。
二人の王は馬を進めた。
近衛も傭兵も、距離を取る。
草原の中央。
王と王が向かい合った。
カルドが先に口を開いた。
「御国には」
笑う。
「戦わない軍師がおるそうで」
「実に結構」
ヨシュアは黙って聞いている。
カルドは空を見た。
「戦ほど」
肩をすくめる。
「間尺に合わぬものもあるまい」
ヨシュアは少し考えた。
そして言った。
「同感です」
カルドが笑う。
ヨシュアは続けた。
「だからこそ」
「早く終わらせたい」
カルドの目が細くなる。
「ほう」
ヨシュアは真っ直ぐ言った。
「私の軍師は」
「そういった」
カルドはしばらく黙った。
やがて言った。
「面白い」
馬首を返す。
「その軍師」
「少し見てみたい」
その少し前
ヨシュアはサイラスから渡された袋を開いた。
中には短い書状が一枚。
サイラスの字だった。
陛下へ
もしこの袋を開けているなら
エスカリオの傭兵と遭遇したのでしょう。
その場合、戦ってはいけません。
傭兵を率いるのは商王カルドです。
彼は戦で動く男ではありません。
利益で動く男です。
ですから次のように伝えてください。
「グラツィア王国は滅びていない」
「北の砦は落ちていない」
「帝国軍は既に兵糧を失っている」
「この戦争は長くなる」
そして最後にこう言ってください。
「商王よ、この戦は儲かりますか?」
カルドが笑えば成功です。
彼は戦いません。
商売をします。
その時はこの一言を。
「戦が終わったら港を一つ貸します」
彼は味方になりません。
ですが敵にもなりません。
それで十分です。
残りは私がやります。
――サイラス
王はゆっくりと顔を上げる。
「わが軍師より言伝がありました。」
カルドが笑っていた。
「どんな話ですかな?」
ヨシュアは頷く。
そして言った。
「商王よ」
カルドは片眉を上げる。
ヨシュアは静かに言った。
「この戦」
「儲かりますか?」
一瞬の沈黙。
そしてカルドは腹を抱えて笑った。
「ははは!」
「なるほど!」
「そいつはやっぱりいい軍師だ!」
傭兵団が街道を進んでいた。
その中央で、カルドは馬上で笑っていた。
副官ククルースが横から言う。
「商王」
「どうするんですか」
「このままグラツィアと組むんですか?」
カルドは呆れた顔をした。
「お前」
指で額を小突く。
「何聞いてたんだ」
「そんなこと、これっぽっちも話してないだろ」
肩をすくめる。
「港くれるちゅうんだから」
「ありがたくもらっておこうや」
ククルースは眉をひそめる。
「でも帝国の求めには応じていくんすよね?」
カルドは笑った。
「そりゃそうだ」
そして前を見たまま言う。
「まだ金落ちてるかもしれないだろ」
ククルースは呆れる。
「強欲ですね」
カルドは肩を揺らして笑う。
「商売人って言え」
しばらくして、ぽつりと言う。
「でもな」
ククルースが見る。
カルドは遠くを見ていた。
「さっきの王さん」
少し笑う。
「勝つかもしれんだろ」
ククルースが驚く。
「帝国にですか?」
カルドは言った。
「戦うか」
「逃げるか」
そして肩をすくめる。
「ポーカーテーブルについてから考えてもいいじゃねーか」