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白山小梅
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飲んじゃったけど、写真、撮ればよかったな。
「ねえねえ、ほとりちゃんの名字ってなーに?」
柊が作ってくれたお酒をゆっくり味わっていると、チカくんが何故かよく分からないことを聞いてくる。なんで急にあたしの名字なんかが気になるんだ。
「え、しばひゃ、」
「言うな」
言おうとしたのに、柊は身を乗り出してまであたしの口を手で塞ぐので、もちろん言えずに終わった。
言葉を止められて、少しイラッとする。
……もしかして、あたしの愚痴でも言ってるの?
それは少し気になる。少しどころではなく、とても気になる。
「チカくんかアオくーん。お酒作って」
「はーい。ちょっとまってて」
不審感をあらわにしていると、柊は男女のカップルと思われるお客さんの接客に入った。仲良さそうに話しているのを見る限り、常連さんだろう。
「あーあ、逃げちゃったね。ほとりちゃん、僕閃いたんだけど、聞いちゃう?」
柊の様子ばかりを目で追っていると、チカくんの柔らかくて心臓を撫でるような声があたしを唆す。
「閃いたってなにを?」
「さっきの、セフレがどうって話」
「え!聞きたい!」
「じゃあ、こっちにおいで。芽依ちゃんはちょっと待っててね」
芽依を残してチカくんに誘われるがまま、薄暗い通路の方に向かう。
人気のない薄暗い通路につれられると、突然、壁際に追い込まれた。
目の前にあるのは、見慣れないチカくんの顔。柊ほど身長差が無い分、見上げなくても必然的に視界に入る。甘くてスパイシーな香りと、間近で見ればゾッとするほど綺麗な造形。
「……え?なにしてるの?」
チカくんの行動に疑問を覚えていると、彼は「しー……」と人差し指を口元で立てた。丁寧に上げられた口角が色っぽくて、その姿に見惚れるのは女として仕方の無いことだ。
ざわざわ、どきどき、変な感覚がざわめいていれば、チカくんの身体がやや強引に剥がされて、あたしから離れていく。わたしの視界が晴れてゆく。チカくんの肩を掴むのは凄みをきかせた柊で、
「……なにしてんの、千景」
イケメン台無しの表情の柊は、チカくんにとてつもなく怒っているようだ。
「はは、ごめんね」
チカくんは物怖じせずに軽く笑っている。確実に当事者なわたしなのに、置いてきぼりな脳内は、柊が怒る理由が見当たらない。
そうだ、さっきの話。脈アリのサインは、焦るか妬くか、って話していたよね?
怒るってことは、やっぱり脈ナシ……?それを、チカくんは教えてくれた?
分かっていたことを再確認して、がっくりと肩を落とす。そんなあたしの真横で、チカくんと柊、ふたりがつらつらと会話を続けていた。
「なにしてんのって、ほら。アオ、こないだ俺に貸し作ったろ?ちょっとからかっただけじゃん」
「知らねーよ。なんだよそれ」
「はあ、本気でいい性格してるわ。もうアオは上がったら」
「……は?」
「店長にはうまーく言っておくから、ほとりちゃんとさっさと帰りなよ。ほとりちゃん、もう帰るよね?」
「え、と、そうですね。柊のカクテルも飲めたし、帰ろうかなあ」
勝手に決まった未来図をなぞると、チカくんはあからさまに眉根を寄せた。
「ほら、ほとりちゃんもこう言ってるし。アオ、送らないの?それって男としてどうなの?」
やわっこいチカくんの声に、柊は毒気を抜かれたみたいに軽くなった。
「……荷物もってくるから、表で待ってて」
「うん。チカくん、ありがとう。またゆっくり飲みに来るね」
「もう二度と来んな」
「なんで駄目なの?」
「なんででも」
「釘打たれちゃった。じゃあ個人的に飲みに行こっか」
「それもダメ」
あたしとチカくんの会話なのに、何故か全部柊がぺらぺらと応えてしまう。今日の柊は知らない人みたいだ。