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夏の朝だった。いつもと同じように、セミの鳴き声がうるさいくらい響いていた。
「いってきます」
そう言って家を出た。
それが、あの日の“普通”の最後だった。
学校に向かう途中、空がやけに静かなことに気づいた。
風もなくて、鳥も鳴いていない。
その時だった。
遠くで、聞いたことのない低い音がした。
ドン――
地面が揺れた。
心臓まで一緒に揺れるみたいな衝撃。
「え、なに…?」
次の瞬間、空に黒い煙が広がった。
誰かが叫んだ。
「爆発だ!!」
頭が真っ白になった。
足が動かない。
でも、また音がした。
ドン、ドン、ドン――
もう考える余裕なんてなかった。
ただ、走った。
家に戻らなきゃ。
お母さんに会わなきゃ。
それだけだった。
家の近くまで来たとき、違和感に気づいた。
いつも見えるはずの家が、なかった。
代わりにあったのは、崩れた壁と、煙と、焼けた匂い。
「…うそだろ」
声が震えた。
瓦礫の中を必死に探した。
手なんてもう痛いのに、止められなかった。
「お母さん!!」
返事は、なかった。
その日から、世界は変わった。
食べ物は足りない。
水も少ない。
夜は怖くて眠れない。
そして何より、
「なんでこんなことになったのか」
誰もちゃんと答えてくれなかった。
大人たちは言う。
「仕方なかった」
「守るためだった」
でも、何を守ったのか分からなかった。
家も、家族も、普通の日常も、全部なくなったのに。
ある日、同じくらいの年の子と出会った。
その子は、敵の国から来たと言った。
最初は怖かった。
だって“敵”だから。
でも、その子は言った。
「僕も、家族いない」
その一言で、全部が崩れた。
敵とか味方とか、そんなの関係なかった。
同じだった。
ただ、普通に生きていただけなのに。
「ねえ」
その子が空を見ながら言った。
「あの空さ、前はもっと青かったよね」
僕も空を見た。
煙でくすんだ空。
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ゴリちゃま
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「ああ」
それしか言えなかった。
戦争は、何も残さない。
勝ちも負けも関係なく、
ただ、大切なものを奪っていくだけだ。
もし、あの日に戻れるなら。
もう一度だけ、
「いってきます」
って言わせてほしい。
それから、僕たちは一緒に行動するようになった。
名前も知らないまま、ただ“隣にいる人”として。
食べ物を分け合って、
寒い夜は背中をくっつけて眠った。
不思議だった。
言葉も少し違うのに、
怖い気持ちとか、寂しさとか、全部伝わってきた。
ある日、小さな噂を聞いた。
「避難できる場所があるらしい」
僕たちは顔を見合わせた。
行くしかない、と思った。
ここにいても、何も変わらないから。
道は長かった。
壊れた町を抜けて、
誰もいない道を歩いて、
何日も何日も歩いた。
途中で、何度もくじけそうになった。
「もう無理かも」
そう言ったのは、僕だった。
そのとき、あの子は言った。
「大丈夫。まだ歩ける」
その声に、何度も助けられた。
でも、その日は違った。
急に、あの子の足が止まった。
「どうした?」
振り返ると、顔が真っ白だった。
倒れた。
慌てて抱き起こした。
体が、びっくりするくらい軽かった。
「…おい、大丈夫かよ」
返事がない。
息は、している。
でも、とても弱かった。
食べ物も、水も、ほとんど残ってなかった。
僕は迷った。
ここに残るか、先に進むか。
でも、すぐに分かった。
選ぶ余地なんてなかった。
「絶対、一緒に行くからな」
そう言って、あの子を背負った。
足は震えてた。
何度も転びそうになった。
それでも、止まれなかった。
一人になりたくなかった。
もう、大切な人を失いたくなかった。
どれくらい歩いたのか分からない。
意識もぼんやりしてきた頃、
遠くに人の声が聞こえた。
「…いたぞ!」
誰かが叫んだ。
気づいたら、僕は地面に倒れていた。
目が覚めたとき、白い天井が見えた。
知らない場所だった。
体は動かない。
でも、生きているって分かった。
「よかった…」
誰かが言った。
すぐに、あの子のことを思い出した。
「一緒にいた子は…?」
声が震えた。
少しの沈黙のあと、大人が言った。
「君は、一人で見つかったんだ」
頭が真っ白になった。
そんなはずない。
だって、ずっと一緒だった。
最後まで、ちゃんと――
「嘘だ」
小さくつぶやいた。
でも、その言葉は、誰にも届かなかった。
それから何日も、何も考えられなかった。
ただ、天井を見て過ごした。
でもある日、ふと思い出した。
あの子が言っていた言葉。
「前はもっと青かったよね」
僕は、外に出た。
空を見上げた。
まだ少し煙は残っていたけど、
その奥に、ほんの少しだけ青が見えた。
その瞬間、涙が出た。
止まらなかった。
あの子の分まで、生きようと思った。
あの子が見たかった空を、
ちゃんと見続けようと思った。
戦争は、たくさんのものを壊した。
家も、家族も、未来も。
でも、それ以上に、
“普通”を奪った。
何気ない朝も、
何気ない「いってきます」も、
全部、当たり前じゃなかった。
今、僕は生きている。
それだけで、本当は奇跡なんだと思う。
ねえ、
もし明日、君の“普通”が突然なくなるとしたら、
今日をどう過ごす?
そして、
その“普通”を壊すようなことが、
どこかで起きているとしたら――
それを、ただ「仕方ない」で終わらせていいと思う?