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「……先輩、あの……」


「返事は今じゃなくていい。でも、今は俺だけを感じてほしい。遥のこと、思い出させないくらいに」


​ 凌先輩の声は、水槽の泡の音に溶けるように優しく、けれど抗えない力を持っていた。


不意に、背後から温かい腕が私を包み込む。逃げ場を塞ぐように、深く、重厚なバックハグ。


​「……っ」


「こうしてると、紗南ちゃんが俺のものになったみたいだ」


​ 耳元で囁かれる吐息が熱い。先輩の指先が私の手首をそっとなぞり、そのまま指を絡められた。


遥の真っ直ぐな熱とは違う、どこか冷ややかで、けれど一度捕まったら二度と放してくれないような、凌先輩特有の温度。


​「ねえ、紗南ちゃん。……俺のこと、嫌いにならないでね」


​ 先輩が私の肩に顎を乗せ、横顔をじっと覗き込んでくる。


薄暗い青の世界で、先輩の瞳が妖しく光る。唇が触れそうなほどの至近距離。でも、先輩はそこから先には進まず、ただ私を閉じ込めるように強く抱きしめ続けた。


​ 今は遥のことも、成瀬先輩たちのことも、何も考えられない。


ただ、自分を包み込む凌先輩の香りと、背中から伝わる心音だけが、この世界のすべてだった。

となりの加賀美くん

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