『……認識されなくたっていいだろ。あのとき朱里を助けて目的は果たしたんだ。今さら朱里に恩人として慕われたい? いくら自分がどん底にいるからって、高校生に救いを求めるのは違うだろ』
俺はわざと自分に痛烈な言葉を向け、未練がましい想いを断ち切ろうとする。
だが絶望した時ほど、幸せそうな人に手を伸ばしたくなるのはなぜだろう。
――助けてくれよ、なぁ。
心の奥で、もう一人の俺が泥にまみれて溺れながら、朱里に救いを求める。
そいつが苦しむ声が心の中で反響したが、俺は無視して押し殺した。
そのあと、特に大きな事件はなかった。
父の意向か分からないが、俺はある程度のポストには収まるらしく、少しずつ昇進していった。
だが働いても働いても、一向にやりがいは得られないし満たされない。
俺の事を『イケメン上司』と呼ぶ女性社員がアプローチしてきても、適当にあしらって相手をしなかった。
――どうせこいつらだって、怜香に言われて離れていくに決まってる。
俺は誰にも期待しなくなり、あらゆる欲から遠ざかった生活を送っていた。
たまに涼が誘ってくれて旅行やキャンプに行くのが救いになっていて、奴がいなかったら俺はとっくに廃人になっていたと思う。
最低限の食事はとっているが、ちっとも美味いと思えない。
(朱里がいたら、美味そうに食うのかな)
時々そう思ったが、あの子と一緒に食事をするなどあり得ない。
それなのに俺は頻繁に『朱里なら……』と考えてしまう。
ちゃんと寝て食べて健康なはずなのに、俺は精神を病む一歩手前の状態にあった。
だからなのか、良からぬ事を考えるようになる。
――朱里なら、俺に恩を感じているから裏切らないだろうか。
――もしもあの子が側にいたら、このクソみたいな生活は変わるだろうか。
決して関わってはいけないと思っていたのに、俺は次第に朱里に異常なまでの執着を示すようになっていった。
俺はメッセージアプリで中村さんを呼び出し、彼女とホテルのラウンジカフェにいた。
女子の好きそうなものを……と思い、アフターヌーンティーに誘ったら快く応じてくれた。勿論、甘い物を食べるのは彼女に任せたが。
誰かにご馳走すると、少し気分が良くなる。
こんな俺でも金を出す事で、誰かに喜んでもらえると思えるからだ。
『お久しぶりですね』
二年経った中村さんは、雰囲気はそのままだが、ボブヘアまで髪が伸びていた。
『元気そうで良かった』
俺はテーブルの下で脚を組み、注がれた紅茶をストレートで飲む。
『私はずっと写真や動画、報告のメッセージを送ってるのに、篠宮さんったらほぼ返信しないし、近影も送ってくれないからどうしようかと……』
『悪い。……っていうか、俺の近影を見てもしゃーないだろ』
俺は苦笑いし、自分の不義理を誤魔化す。
中村さんはしばらく俺を見つめ、苦笑いしながら言った。
『……篠宮さん、大人になって凄く格好良くなりましたけど、……あんまり幸せそうじゃないですね。パッと見イケメンなのに、雰囲気がめっちゃ不健康で暗いです。ぶっちゃけ、病んでる感じがして恐いです』
ズバッと言われ、さすがに笑ってしまった。
『……大人になったら色々あるんだよ』
俺はそれっぽい事を言ってごまかし、中村さんから学生生活や朱里、田村の話を聞いた。
中村さんは二人前のアフターヌーンティーの菓子をペロッと食べ、ミルクと砂糖を入れた紅茶を飲んで俺を見る。
『…………で、何ですか? 今まで報告を受けるだけだった篠宮さんが、私を呼び出してご馳走してくれて終わり……、じゃないでしょう?』
鋭く指摘され、俺は暗い笑みを浮かべる。
『前に中村さんは、進路は朱里次第だって言ってたよな? それは今も変わらない?』
話が真面目なものになり、彼女は少し表情を引き締める。
『変わってません。心変わりするかな? って思いましたが、今でも朱里が好きです。彼女は田村と付き合ってますし、恋愛対象が男性なのも分かっています。でも私は親友として側にいられるならいいです。それに私、男子の事もちゃんと恋愛対象に見られるっぽくて、隠れ蓑的に付き合うならできそうです。だから結婚したあとも、朱里とずっと親友でいられたらなって思ってます』
ボーイッシュな彼女は爽やかに笑いながら、ドロドロの執着を見せる。
そんな彼女だからこそ〝話せる〟と思った。
『なら、同じ就職先があったら嬉しくないか?』
俺は笑みを深め、ソファに預けていた体をゆっくり起こした。
そして懐に手を入れ、篠宮フーズの名刺を出してテーブルの上に滑らせる。
コメント
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尊さん、思い切ったね……! 恵ちゃんもイケメンを目の前にしても態度を変えたり忖度も無く、ズバッとした物言いが 本当に気持ち良い~👍 継母にバレずに交流が続いていて、本当に良かった....🍀✨
涼さまありがとうございます😭貴方だけ。尊さんが穏やかにそして心の内を溢せる相手は🥺 恵ちゃん!尊さんはお察しの通りです…