――父に確認はとった。
――怜香に内緒で人事に融通を利かせる事は可能だ。
――あの男も、たまには役に立つところがあるじゃないか。
『俺は篠宮ホールディングスの社長の息子だ。……婚外子だけどな。そこなら君たち二人を一緒に雇用する事ができる』
中村さんは名刺を手に取って読んでから、慎重に俺の表情を伺う。
『…………何が望みですか?』
『…………〝朱里〟』
俺は迷わず、中村さんの想い人の名前を口にする。
『好きなんですか?』
『まさか。未成年に興味はない。……ただ、あの子を手元に置いて、その安全と健康を見守っていたい』
『就職する年齢になれば立派な大人です。見守るだけじゃ済まないでしょう』
中村さんは俺をひたと見据え、核心をついてくる。
『……さぁな。先の事は分からねぇよ。今の朱里に手を出すつもりはないが、君の言う通り、大人になったら見方が変わるかもしれない。けど、朱里が新卒で入ってくる頃には、俺は二十八歳だ。誰かと付き合ってるかもしれないだろ』
自分で言っておきながら、その可能性は限りなく低いと思っていた。
時々つまみ食いはするものの、相変わらず朱里以外の女への期待値はゼロだ。
『ズバリ聞くけど、中村さんは田村クンの事を気に入ってる? 彼になら朱里を任せられると思ってる?』
尋ねると、彼女はさりげなく目を逸らした。
――不満に思ってるんだろ。分かってる。
俺は心の中でニヤリと笑った。
中村さんは俺があまり返信しないのをいい事に、メッセージで壁打ちするように田村への不満をツラツラと書いていた。
朱里から『昭人とは価値観が合わない』と聞いた中村さんは、田村を『朱里に相応しくない男』と判断している。
一緒にいて楽でも、恵まれた環境で育った田村と〝訳アリ〟の俺たちとでは、根本的に考え方が違う。
――あんな奴に朱里の相手が務まるもんか。
そこが俺の狙い目だった。
中村さんは少し迷ったあと、決まり悪そうに言う。
『朱里は田村くんを〝好きで堪らない〟感じではないと思います。どっちかというと、孤独予防の穴埋めというか……。あの子、いつもどこか遠くを見ているんですよね。田村くんの事は一応好きで彼氏として扱ってるけど、彼を通して誰かを見ている気がします。……田村くんは朱里を好きみたいだけど、あいつは口を開けば〝可愛い〟〝胸が大きい〟ばっかり。外見しか目に入ってないのかっつーの』
そう言って中村さんは不機嫌そうに唇を尖らせた。
『俺はどう?』
『え?』
いきなりそう言われた中村さんは、目を丸くする。
『恋愛感情を持つかは置いといて、俺なら包容力があると思うし、彼女の痛みを理解できる』
『……結局、朱里と付き合いたいんじゃないですか』
中村さんは呆れたように溜め息をついた。
『今は特に付き合いたいと思ってない。本当に学生は範囲外だ。今は〝もしも〟の話をしている。仮にこの先、朱里が田村クンと別れたとして、俺なら任せられる?』
尋ねられ、彼女はうさんくさそうに俺を見た。
『……確かに財力は文句なしですね』
『給料以上の資産は持ってるし、ある程度の贅沢は約束できる』
『あの子、特に贅沢したい訳じゃなくて、一緒にいて心が満たされる人を求めているんだと思います』
『命を助けた男だって言ったら、グッとくるかな?』
試しに言ってみると、中村さんは嫌そうな顔をする。
『最低な男の言い分じゃないですか。弱みにつけこむなんて……』
『冗談だよ』
――朱里を側に置けるなら、どんな口実だっていいけどな。
軽く笑いながら、俺は心の底で狂気めいた笑みを浮かべた。
『だが俺は田村クンより親を喪った痛みが分かる。孤独感も、空しさも、どうしようもない想いも、……中村さんよりも朱里と気持ちをシェアできると思ってるよ』
真面目な表情で言うと、彼女は俺を睨んだ。
『自分の孤独を慰めるために、朱里を利用しないでください』
正論だ。君は正しい。
だが俺だって譲りたくないものはある。そのためなら何だってするさ。
『言わせてもらうけど、彼女は普通の人では満足できないと思うよ』
『朱里はそこそこ、田村くんの事を好きだと思いますけど』
『……彼と幸せになれるといいけどなぁ……』
俺はわざとらしく言う。