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第2話 怖かったことは、嘘ではない
「すみません、……俺が???」
「はい。先ほどから、あなたです」
「そうですよね……」
二度聞いても三度聞いても、申告された相手が別の職員へ変わることはなかった。
調整担当は、机の上で二つの記録を分けたまま、事実だけを順に確認した。
銀翼の人型霊獣がよろけたこと。職員が上腕と腰を支えたこと。「離せ」と言われ、自立できるかを確かめた後に手を離したこと。痛みと翼の衝突を確認し、その場を離れたこと。
職員はすべて認めた。
「性的な意図はありましたか」
「ありません。仕事中の利用者を、そういう目では見ません」
調整担当の筆先が、ほんの一瞬だけ止まった。
視線が記録から上がり、職員の顔を一度だけ見る。
「……分かりました」
美しい人型霊獣だとは思った。それ自体は否定できない。
だが、申告した利用者の容姿を品評して弁明するわけにはいかない。職員は黙って次の言葉を待った。
「双方の申告と記録は、接触の経緯について一致しています。転倒防止のための必要最小限の接触であり、拒否後も安全確認に必要な時間を超えて継続した事実はありません。性的な言動、私的な接近、過去の同様事例も確認されませんでした」
調整担当は、記録を閉じた。
「今回、あなたに対する処分および懲戒はありません」
職員の肩から、一気に力が抜けた。
「……よかった」
「ただし、対象者が怖かったと感じたことは別に扱います。今後の直接支援については、本人の意向を確認して調整します。それ以外の通常業務に制限はありません」
「分かりました」
二人で記録室を出たところで、調整担当が何でもないことのように言った。
「まあ、あなたの好みのタイプは、院内ではわりと有名ですよね」
職員は廊下の真ん中で止まった。
「……はい?」
「肩幅のある、ガッチリ系の男性でしょう」
「なぜ、それが有名なんですか」
「以前の職員同士の雑談を、任務訓練中の大型霊獣が聞きつけたようです。《あの職員は俺みたいな体格が好みだ》と、ことあるごとに話していますので」
「……あの人か!!」
「心当たりがあるようですね」
「誰に言ったんですか」
「確認できている範囲では、かなり広く」
「確認したくなかった……」
「念のため申し上げますが、今の話は判断材料にしていません。判断は接触状況と記録だけで行っています」
「そこを疑ってるんじゃありません」
「聞き取り中に持ち出す内容でもありませんから」
「じゃあ今も言わなくてよくないですか?」
「ひどく動揺していて気の毒だったので」
「慰めになってません」
懲戒の危機は去った。
代わりに、自分の好みが院内のどこまで知れ渡っているのかという、新たな問題が発生した。
*
「俺の勘違いではない」
別室で、銀翼の人型霊獣は腕を組んだまま言い切った。
向かいにいる境界線補助担当は、反論せずに続きを待った。
「人型になってから、見る目が変わった。顔を見る。身体を見る。翼の付け根を見る。支援の必要もないのに、翼を広げてみろと言った者もいた。《人型でも翼が映える》と、こちらの許可もなく品定めした者もいた」
だから、突然腰へ腕を回された時、また同じだと思った。
怖かった。それは嘘ではない。
「あなたが怖かったことは否定しません。ただ、今回の職員については、転倒防止以外の意図を示す事実は確認されませんでした」
「本人にも確認したのか」
「はい。あなたの申告と職員の記録、接触の時間と部位、その後の行動を照合しています」
「それで、あの男は何と言った」
「転倒しそうだったので支えた。勤務中の利用者を性的な目では見ない、と」
「それを信用したのか」
「供述だけではありません。記録された行動と一致しています。解除要求後の継続接触も、私的な接近もありません」
「だが、本当にそれだけだったと、なぜ言い切れる。俺はまだ、あの男を信用していない」
青銀の翼が苛立たしげに揺れた。
なおも食い下がる霊獣に、境界線補助担当の業務用の平静が、ほんの少しだけ剥がれた。
「ですから、記録と行動を照合した結果です。そもそも、あの職員はガッチリ系の――」
言葉が止まった。
銀翼の霊獣が、ゆっくり目を細める。
「……ガッチリ系の、何だ」
「今の発言は撤回します」
「俺の耳からも撤回できると思うな」
「個人の私的な好みは、今回の判断材料にはなりません。実際、判断には使用していません。今のは完全に私の失言です」
「なら、なぜ口にした」
「あなたが、あまりにも信用してくださらないので、つい」
「俺のせいにするな」
「申し訳ありません」
「判断材料でないものを、なぜお前が知っている」
「……院内では、わりと有名なので」
「何が有名なんだ」
「申し上げられません」
「半分だけ言って黙る方が無礼だろう」
「おっしゃる通りですが、続きを申し上げる方が、さらに無礼です」
人型霊獣はしばらく補助担当を睨んでいたが、やがて腕を解いた。
怖かったことは本当だ。
警戒したことも、自分の勘違いではない。あの職員に不適切な意図はなかったという判断を、まだ全面的に信用したわけでもない。
ただし、途中で打ち切られた《ガッチリ系》という言葉だけは、妙に頭から離れなかった。
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コメント
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ひええ〜〜!!この話、重たいテーマなのに最後のオチで全部持ってかれたんだけど!!😭💕 「ガッチリ系の男性が好み」って大型霊獣がバラしてるの草www 確かに慰めになってないし、むしろ新たな悩み増やしてるやん!笑 でもそれ以上に、怖かったっていう霊獣の気持ちを否定せずに、ちゃんと事実確認してる調整担当のプロっぷりが沁みた…。どっちの立場も正しくて、どっちも間違ってないもどかしさがリアルすぎて泣ける🥺 「俺の耳からも撤回できると思うな」って言い返す霊獣、賢いし可愛いな!!次が気になる〜〜🌸