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第3話 脱がんでいいです!
上衣が、香具箱の上へ勢いよく投げ捨てられた。
「……何してるんですか」
「荷運び」
「脱がんでいいです!」
後方支援担当の職員は、思わず記録板を握り締めた。
目の前にいるのは、人型化準備区域をすでに修了し、任務訓練も残り二課程となった大型霊獣だ。肩幅は広く、胸板も厚い。露わになった上腕には、見間違えようのない筋肉がついている。
職員は彼の訓練担当ではない。今日は訓練場へ香具箱を運ぶのを手伝ってもらっているだけだった。
大型霊獣は、悪びれもせず爽やかに笑った。
「こっちの方が動きやすいだろ」
「香具箱を一つ運ぶだけですよね」
「三つでもいける」
「一つずつ、両手で運んでください」
大型霊獣は香具箱を片腕で持ち上げ、そのまま訓練場へ歩き出した。しかも、力の入った腕が職員からよく見える側へ、わざわざ箱を寄せている。
「両手で持ってください」
「この方が動きやすい」
「動きやすさより、安全の話をしています」
職員はその後を追いながら、記録板へ視線を落とした。板の向きも記入欄も正しい。ただし、同じ一行を三度読んでいる。
大型霊獣は香具箱を所定の場所へ下ろすと、上衣を着る代わりに腕を曲げた。鍛えられた上腕が、明らかに職員へ見せる角度で盛り上がる。
「前よりも筋肉がついただろう?」
「訓練結果が良好なのは、記録で確認しています」
「記録だけでは分からないだろ。ほら、触って確かめていいぞ」
大型霊獣が、惜しげもなく腕を差し出す。
職員は一歩下がり、記録板を盾のように胸元へ立てた。
「不必要な身体確認はできません!」
「俺が許可している」
「許可があっても、支援上必要がなければ触りません。また接触のことで事情確認されるのは勘弁なんですよ」
大型霊獣の笑みが消えた。
差し出していた腕を下ろし、職員を正面から見る。
「……何かあったのか」
「もう終わったことです」
「誰に何を言われた」
「利用者さんに関わることなので、詳しくは言えません」
「お前が何かしたのか」
「してません」
「なら、なぜお前がそんな顔をしている」
「どんな顔ですか」
「懲りた顔だ」
「……懲戒という言葉は、しばらく聞きたくありません」
大型霊獣は少し黙り、今度は何も言わずに上衣を拾った。
「困ったことがあるなら、俺に言え」
「それは、全訓練を修了してから言ってください」
「残り二課程だ」
「知ってます」
「よく覚えているな」
「記録を見れば分かります!」
「心配するくらいは、今でもいいだろ」
職員は、記録板で口元を隠した。
「……それは、止めません」
大型霊獣は上衣へ腕を通しながら、ようやく少し笑った。
「それと、俺みたいな体格が好みだと院内へ言い回ったの、あなたですね?」
「余計な男が近づかないようにな」
「俺の人間関係を勝手に管理しないでください!」
「管理はしていない。俺が先に待っていると知らせただけだ」
「それを牽制って言うんです!」
「実際、効いているようだぞ」
「効果を報告しなくていいです!」
「本気で嫌なら、もう言わない」
そこだけは真面目な声だった。
「……俺の好みを勝手に言い回るのは、今後やめてください」
「分かった」
「あと、全訓練が終わるまでは、俺を試すようなこともしない約束でしょう」
「触ってはいない」
「脱げばいいわけでもありません!」
「修了までは、待つ」
「そのまま普通に待っていてください」
「修了したら、仕事の外でもう一度聞く」
「その時にしてください」
大型霊獣は、今度こそ満足そうに笑った。
二人は、まだ付き合ってはいない。
後方支援担当は大型霊獣の直接の訓練担当ではない。それでも、利用者と職員であるうちは線を越えない。すべての訓練と支援関係が終わるまで、私的には会わない。
そう決めて待っている。
ただし、互いの答えが分からない関係でもなかった。
そのやり取りを、回廊の入口から銀翼の人型霊獣が見ていた。
接触のことで事情確認を受けた。その言葉に、銀翼がわずかに強張る。
大型霊獣に問われても、職員は相手の名も申告の内容も明かさなかった。ただ、懲戒という言葉を聞きたくない程度には動揺していたらしい。
大型霊獣が上衣へ腕を通す。その一瞬、職員の目がまだ露わになっていた胸板へ向いた。顔でも香具箱でもない。
他者の視線に敏感な銀翼の霊獣は、それを見逃さなかった。
《ガッチリ系》が何を指していたのかだけではない。なぜそれが院内へ知れ渡っているのかも、説明されるまでもなかった。
大型霊獣自身が、《あの職員の好みは俺だ》と周囲へ示していたのだ。そのうえ、自分の体格が職員の好みに合うと知って、あえて見せつけている。
ただし、職員が嫌だと明確に伝えれば、大型霊獣はもう言わないと答えた。からかいはしても、拒まれれば引く。その線だけは守る男らしい。
職員の目に浮かんだ熱は、銀翼の霊獣がこれまで浴びてきたものと、よく似ていた。だが、大型霊獣は自分から見せつけ、職員の反応を面白がっている。見られることを嫌がってはいない。
同じ視線でも、向けてよい相手と、そうでない相手がいる。
そして職員も、見てよいと分かっている相手にだけ、その熱を向けている。
自分へ触れた時には、一度も見せなかった目だった。
銀翼の霊獣は、自分の身体へ目を落とした。細身ではあるが、弱くはない。翼を支える背も、空気を捉える肩も鍛えられている。
それでも、あの大型霊獣とは明らかに種類が違った。
美醜ではない。好みの方向が違うのだ。
しかも、体格の好みだけではない。
あの二人は、すでに互いを見ている。
大型霊獣は、全訓練が終わるまで待っている。
職員も、大型霊獣が待っていることまでは拒まなかった。
なぜか、それがひどく腹立たしかった。
コメント
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うわ、この二人の空気感めっちゃ好き……! 大型霊獣の“脱いで触らせようとする”ノリと、職員の「記録板で盾にする」動きだけで関係性が伝わってくる。 「触ってない」「脱げばいいわけでもない」の掛け合い、笑ったわ。 でも最後の銀翼の視線がグッと締めてきたな……「自分には向けられなかった熱」の描写が刺さる。 まだ付き合ってない、でも互いを見てるって距離感、たまらん🔥