「ふむ。今日から余も二学年に進級か。感慨深いものだ」
余はそう呟く。
月日が経過するのは早いものだ。
「そうですね。入学式の日、ディノス陛下がフレアさんやシンカさんに絡まれていたのを思い出してしまいました」
イリスがそう言う。
「クハハ。あれは本当に災難だった。まさか初対面の相手にいきなりビンタされるとは思わなかったぞ」
もちろん魔力や闘気を開放していれば、避けたり攻撃を制止させたりすることは容易い。
だが、余は一学生として分をわきまえた活動をすると決めていたのである。
「ふん。昔のことはいいじゃない。今はこうして、仲良く登校しているのだから」
「そうだね。昔のことは水に流そうよ。そんなことより、今年もいっしょのクラスになれるかが心配だな」
フレアとシンカがそう言う。
この一年で、彼女たちもずいぶんと丸くなった。
いろいろあったしな。
イリス、フレア、シンカの3人は、全員が余の子どもを妊娠している。
……が、見た目にはそれは現れていない。
余の隠蔽魔法で隠しているのだ。
同時に防御魔法や結界魔法も施しているので、外的な衝撃を受けても問題ない。
また、治療魔法の応用により本人たちの体調が過度に崩れたりすることもない。
つまりは、妊娠中であっても今まで通りに学生生活を送れるというわけだ。
彼女たちが出産すれば、魔王である余の跡継ぎ候補となる。
大切に育てつつ、英才教育を施さねばなるまい。
仮に魔王を継ぐには足りない器であったとしても、余と愛する妻たちとの大切な子どもだ。
幸せに育てあげてやらないとな。
余はそんなことを考えつつ、イリス、フレア、シンカたちと共に通学路を歩いていく。
もちろん転移魔法や飛翔魔法を使えばもっと短時間で移動できるのだが、こうして徒歩で通学するのも一興だ。
基本的にはこうしている。
余が何気ないひと時を楽しんでいた、その時だった。
「……見つけたのです。黒竜イリス……」
見覚えのない少女が余たちの目の前に立ちふさがった。
白い髪に、青い眼をした少女がそう言う。
なかなか美しく、儚げな印象を受ける。
しかし、その瞳からは強い意志を感じた。
「貴様は誰だ? なぜイリスのことを知っている?」
余はそう問いかける。
「……ボクの名前はユノ。あなたと、その妻黒竜イリスに用がある……」
「妻、か。なかなかの事情通のようだな」
余はイリス、フレア、シンカと深い仲となっている。
その上、3人共が余の子を身ごもっている。
しかし、それを広く公表はしていない。
世の中は概ね平和になったことだし、もうしばらく学園での生活を堪能させてもらうつもりだ。
「それで、ユノさんと言いましたか。何の御用でしょうか?」
イリスがそう尋ねる。
この様子だと、彼女もユノとやらを知らなかったようだ。
「……単刀直入に言う。あなたを屈服させて、そっちの男をボクのものにする……」
ユノがそう言い放った。
「ふむ。それはイリスへの宣戦布告か何かか?」
「……そういうことになるかな。これからボクとイリスは毎日のように戦うんだ。だから先に宣言しておく……」
「クハハ。面白いことを言うではないか。余の大切な妻に戦いを仕掛けるとはな」
余はそう言って笑う。
だが、ユノは確かな意思を込めた目でイリスを見ている。
どうやら、ただの戯言ではないらしい。
「ちなみに、どのような勝負をするおつもりですの?」
フレアがそう尋ねた。
「……簡単な話。お互いが負けを認めるまで戦えばいい……」
「なるほど……。でも、そんなの認められないよ。だって、イリスさんのお腹の中には……うぷっ!?」
余はシンカの口を押さえた。
イリスの妊娠は公表していない。
まだしばらく平穏な学園生活を送るためにも、知られるわけにはいかない。
それに、防御魔法や結界魔法も施しているので、外的な衝撃を受けても問題ない。
「クハハ。イリスよ。こやつはこんなことを言っておるが、どうしてやろうか?」
「わたしとしては受けてあげても構いません。ディノス陛下を狙う羽虫は早めに駆除したいですから」
イリスがそう言った。
彼女は彼女なりの考えがあるようだ。
「イリスがそう言うのならば、余も異存はないぞ。相手になってやれ、イリスよ」
余もそう言う。
「はい、わかりました。では、ユノさんとやら。さっそく拳で勝負といきましょうか」
イリスが腕まくりをしながら言う。
既にやる気満々だ。
しかし、そんなイリスに対してユノが一歩引く。
「……ボクは今年の新入生。入学式をさっそくサボるわけにはいかない……」
「へえ。案外マジメなのですね」
「……ボクはいつでも黒竜イリスの首を狙っている。今日は挨拶に来ただけ……」
「あら。逃げるのですか? ユノさんは臆病なのですね」
挑発するような口調でイリスが言う。
「……また来る。その時までにせいぜい力をつけておくといい……」
ユノはそう言い残し、入学式の会場に向けて歩いていったのだった。
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