僕は小さい頃から予知夢を見ていた。月に一度ほど見られるこれは大それた夢を現実にさせるとか、世界で起きる諍いや天変地異を予言できるとか、そういう大層なものや便利なものじゃない。ただ僕の日常生活にあるワンシーンが嫌というほど鮮烈に頭に焼き付けられるだけだ。だから、家族や友人にも話したことはない。僕にとって悩みの種になったことは無いからだ。むしろ日常生活にほんの少々、たまに役立ってくれるので嬉しい。
『1番キタジマホワイト、2番ハヤネイエロー、3番…..』
「よっしゃいけよー!アタシの大本命!」
この人は僕の姉さんだ。いい歳して結婚もせずにこうして競馬にハマってる。今もソファでごろつきながらテレビでそれを見て、スマホで賭けている。きっともう賭けた馬が居るんだろうなあ。
『8番トロトロマオー。以上の8頭が出走です。』
「あ。」
夢で見た馬だ。ブラウンと毛並みを鮮明に覚えている。こいつがウイニングランを寄りでカメラに映されて、でかでかと騎手もともに映されてた。
「なあ姉さん。8番の馬に入れてくれない?単勝で、500円だけでもいいからさ。」
「あー?お前本気か?こいつ6番人気だぞ。オッズも40以上ある。」
姉さんは渋ってたけど、こいつはきっと勝つ。
「お願い。負けたらアイス買いに行くからさ。」
「じゃあまあ、しょうがない。お前がこれに口出しすんのも珍しいし、5000円でやってやるよ。」
「損はさせないさ。」
ついに出走。トロトロマオーは最初こそとろとろ走っていて焦れったかった。僕は競馬には詳しくないけど、こういうのを刺し?っていうんだっけ?
カーブの最中にトロトロマオーは追い上げ、1番人気であろう馬の後ろに付いた。
「おお、6番人気とは思えないなあ。だが、2番じゃダメだぞ。」
「先頭は落馬するよ。」
僕の宣言どおり、その後すぐに先頭馬は何かにその足を引っ掛けて体勢を崩してしまった。当然騎手は落ちた。あ、危ない!トロトロマオーに轢かれる!
「おお!避けた。」
トロトロマオーは自身の前に落ちた騎手をまたがってゴールへと辿り着く。実況の大きな声とともに観衆も賞賛を上げていた。
「す、すげえ!お前預言者みたいだったぞ!また頼むな。」
「それより姉さん。何か忘れてない?」
「うっ…ア、アイス買ってきます…。」
ここで動揺しちゃう可愛い姉さんだけど、今回は僕のおかげなんだからそれだけじゃ足りないでしょ?
「アイスじゃないなあ。一体幾ら払い出しがあったのか知らないけど、アイスなんか僕へのリターンは100分の1にもならないよね?」
「わかった。今晩は焼肉だ…。生意気な弟め。」
「姉さん大好き!」
「だるっ。」
こういう風に、ときに予知夢が大いに役に立つ。でも、本当にたまにしかない。僕のこの特性は、本当に取るに足らないものなのだ。でも僕はこの
特性を誇りに思っている。僕からこれを取ってしまえば、何も残らないからさ。
その日の夜も、また夢を見た。僕の見る夢の全てが現実で起きるはずないっていうのは、先述のとおりだけど、今はどうしてだが無視出来なかった気がした。
僕は夕暮れ時、女の子と校舎裏で会っていた。赤い髪飾りの似合う女の子だったけど、その顔はいつもと違って少し険しい。いつも?いつもってなんだ?
「近藤くん。私はあなたがキライです。大嫌い。」
意味のわからない告白だ。意味というか、意図が分からない。それを僕に目前に言うことで一体なんの意図があるというのだろう?
女の子は、僕の返事も聞かず立ち去ってしまう。別れの言葉も無しに。
「あっ、待ってくれ!あ、頼む…。」
僕はよく分からない悲しみに涙を流してた。見ず知らずの女の子1人に嫌悪を向けられるだけでなぜこれほど悲しい?
現実(?)は悲しいかな、僕の制止に女の子は一瞥を配ったあと、小走りで立ち去ってしまった。僕はそれを追うことも出来ず、その場で日が暮れ切る最終下校時刻まで悲愴に暮れ切る。
「うっ。はっ!」
すごく悲しい悪夢を見た。お肉を食べすぎたかなあ?お腹まで痛い気がする。連日で予知夢を見るだなんて僕にとって初めてだ…。でも、あれが予知夢とはとても思えない。なぜならあの女の子のことは全く知らないから、僕の夢に出てくるはずが無いんだ。でも、これが予知夢の感覚と全く相違ない。気持ち悪いくらいに、いつもの予知夢と同じくらいに、脳裏にその光景が焼き付いてる。
カーテンを開けて空を見てみれば、まだ暗い。暗いけれど、若干白み始めてる。もう一眠りしようか…。
「いや、いやいや。あークソ!完全に目が覚めちゃったなあ。ダメだこりゃ。ちょっと散歩するか…。」
僕は財布とスマホだけ持って、静かに家を出た。
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