コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ただいまー、」
いつもなら返ってくるおかえりの声は聞こえなかった。なんとなくラインの態度で気づいていたけど、やっぱり今日は仁人がダメな日だ。
そーっと寝室のベッドを覗くと、頭まで布団をかぶってぎゅっとなっている姿が確認できた。小さく嗚咽が聞こえてきて、ボツボツと何か言っているような声が聞こえる。
「仁人ー?帰ったぞー」
そう言って部屋の中に入ると、モゾモゾと布団の中で動く音が聞こえる。
「はぁ、やと、」
「どうしたの今日は」
俺はベッドに近づいて仁人の横に寝っ転がる。布団の中に入っているから聞こえづらいけど、ちゃんと声は聞こえる。
「っ、べつに、なんにも、ないから」
「そんな泣いてますーって声でそんなこと言われても全然信用できないけど」
今日は察してほしくないような雰囲気だったが、それも放っておくと余計に酷いことになるため、布団の上で仁人を撫でながら声をかける。
「いいから、うるさい、まだ何にも荷物片付けてないでしょ」
「まあそうだけど、こんなことになってたら誰でもベッド直行するでしょ、んでいつ出てくんの」
出ていって欲しいのに俺がなかなか出ていかないため、布団がモゾモゾと動くようになる。でも顔を出す気はないようではやく出ていけと背中を蹴られる
「あー、分かったから俺が戻ってきたらそん中から出とけよ」
そう言ってそのまま寝室から出て、片付けに行く。
仁人と暮らすようになってからあーだこーだ口うるさく言う仁人のせいで、ある程度綺麗な部屋になってきている。それでも俺が疲れている時は文句を言いながらもやってくれるため、なんとか成り立っているところもある。
今日みたいな日は俺がいなくなると不安になるくせに見られたくない気持ちが先行してすぐに追い出してくる。はやく戻ってやらないと。急いで、コートをかけて、荷物を机に置いて寝室へと戻った。
「仁人ー?」
そう声をかけると体の向きはこちらには見せていないものの、布団の中から出てきて、窓の方を見ている。俺が声をかけても振り向かないので顔を見られたくないんだろう。
仁人の背中に寄りかかるようにして、ベッドに腰掛ける。
「どうしたの仁人、最近はなかったじゃんこういうの」
「言いたくない」
変に頑固で口を割らないくせにこのまま放っておくと、また泣きそうだし、本当にこいつ面倒。今も必死に自分を崩れないように取り繕っているだけで、何か衝撃があったら壊れてしまいそうだった。
「あっそ、まあいいけど」
「・・・聞かないの」
俺が何回も言ってるのにお前がことあるごとに拒否して口割らないからだろ!と言いたい気持ちを抑える。
「聞いてほしいの?」
少し意地悪をしながらそう尋ねると、仁人の体が少し揺れ動くような気がした。図星だ。
「・・・今日、うまくいなかった、全部」
「・・・で?」
「で?、じゃない!さっきまで聞いてくれる空気出してたのにそんな相槌適当なことある?」
まだ続きがあるのかと思い、その続きのための相槌が違う意味で捉えられてしまった。しかし言葉にできて少しだけ気が緩んだのか、いつもの仁人の調子が戻っているような気がした。
「はいはい、ちゃんと聞いてますよー」
「うざー、まあいいけど」
泣いてばかりだったけど、少し肩が震えていて、 漸く笑ってくれたようだった。
「今日はなんだったの?演技?ダンス?歌?ラジオ?」
「ラジオ」
「ふーん、珍し」
仁人がラジオのパーソナリティを持つようになって、いきいきし出したのは知っているから、ラジオで失敗したなんて聞くとは思わなかった。ここ最近も楽しそうにラジオで会った話をしていたからどうしてまたこんなことになっているんだと疑問だった。
「なんか、やっぱりおれ、お前らからは上手くなったって言われるけどまだまだだよな」
今日のラジオは忙しくて聞けていなかったため、何が起きていたのか把握はできないが、なんとなく仁人にとって納得できないことが起こったんだろう。
「そんなんで悩んでんの」
「そんなんじゃないし、俺にとっては深刻なんだけど!」
少しだけ突っ込むと、大きな声で反論してくる。なんだまだ元気じゃん。いつもより落ち込んでいると思っていたけど、今日はそこまで傷ついているわけではなさそうだった。誰かに何か言われたとかではなくて、自分の中できちんと折り合いがつけられていないのかもしれない。
「別に仁人が好きなようにできたらいいんじゃないの。俺は別に下手とか変とか思ったことないけど」
いつも思っていることを率直に伝えると、仁人がうるさい、褒めるなと言ってくる。別に褒めているわけじゃないし、そのまま思ったこと言ってるだけなのに。じゃあなんで言えばいいんだよと反論したくなる気持ちをグッと堪えて、次の言葉を探す。こういうときに褒めても素直に受け取らないからやっぱりめんどくさい。
「俺やっぱりだめかな」
「ネガ仁人でた、 やめなよそれ」
変に落ち込んでいるのは似合わないし、事情を知らない奴にとやかく言われるのは嫌だと思ったけれど、仁人にはそんなこと思ってほしくなかった。
「仁人頑張ってんじゃん、そうやって落ち込むのがその証拠、な?」
そう言って仁人の方に向きを変えて、手を伸ばす。俺の動きに気づいたのか肩がビクッと揺れる。仁人も恐る恐る俯きながら向きを変えて、俺の出した手の間に入り、俺の背中に手を回される。
「本当は、もっと、っ、うまく、っ、できたのに、っ」
落ち着いてきたなと思ったのも束の間、次は俺の方に頭を埋めて、また泣き始めてしまった。気持ちが不安定なのか、泣いたら笑ったり、怒ったりと随分と今日は忙しいやつだ。でも、あんまり自分の気持ちを表に出さない仁人が俺の前だとコロコロ変わることに多少の優越感も感じている。
リーダーなんて名ばかりで、責任感なんてない、なんて笑いながら言う仁人だけど、本当はそんなことはなかった。周りの目を気にしがちで、人一倍抱え込みやすくて、悩みやすい。だから毎回こうやって爆発しては、泣くを繰り返している。
「失敗しても大丈夫だから、また来週いつも通りにやれば、仁人ならきっとなんとかするだろ」
メンバーだと俺以外は年下だし、変に弱いところを見られるのを嫌がって周りにはこんな姿を見せようとはしない。
俺だって仁人と付き合うようになってから知った。だからこうやって仁人が弱っているときに、自分が仁人の恋人であることを実感できる。少し弱った仁人を見ると喜んでしまうのは、仕方ないと許してほしい。
背中をトントンしてあげて、赤ちゃんを寝かせるみたいにしてあげると、だんだん泣き声が小さくなる。かと思えば、寝息のような音が耳元の近くで聞こえてきた。そーっと顔を覗くと目を閉じて眠っていた。
泣いてすぐ寝るなんて本当に赤ちゃんだろ、と思ったけれど本人に伝えたら、またさっきみたいに怒られる。
こんな可愛い顔してやがって、と小さくほっぺを指でプニプニすれば、少し嫌そうな顔をしながらも、完全に寝入っているようで起きる雰囲気はなかった。
しかし、俺の肩で寝られたせいで俺は全く動けそうにない。俺はまだお風呂すら入っていないし、このままベッドで寝るわけにもいかない。それこそ1番仁人に怒られる。
でも少しだけ見える仁人の寝顔が可愛くて動こうにもやはり動けなかった。こういうところは本当にずるい。
変にぶりっ子しているときよりも可愛いけれど、普段のこういう当たり前の仕草がいじらしくて、惹かれることに無性に腹が立ってくる。絶対に本人には直接は言わないけど。
まあしばらくはこのままでもいっかと考え、眠る仁人の寝息を聞きながら俺も目を瞑った。