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私は視線を彼女へ向けた。
エカテリーナも、こちらを見ていた。
その瞳の奥にあるものを、私は理解してしまう。
覚悟。
そして静かな愛情。
胸の奥で、何かがゆっくりほどけていく。
私はこれまで、多くの理屈で世界を理解してきた。
論理、計算、確率、未来予測。
だが、今だけはそれらすべてが意味を持たない。
ただ、彼女がここにいる。
それだけで十分だった。
そして、どちらからともなく引き寄せられるように
唇が触れた。
「ん……っ」
柔らかくて、温かい。
それだけで胸が締めつけられる。
長い時間のようでもあり、ほんの一瞬のようでもあった。
言葉は必要なかった。
唇の触れ合いだけで、互いの想いが伝わってくる。
彼女の指が、私の服を弱く掴んだ。
呼吸が少し乱れる。
そして、かすれた声が耳元に落ちた。
「ある、べると……」
言葉が途切れる。
息が続かないのだろう。
それでも彼女は、必死に続けた。
「だ……い……き、よ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が焼けつくように熱くなる。
私は返事をしようとした。
彼女の名前を呼ぼうとした。
その前に、エカテリーナの身体から力が抜けた。
「……」
彼女の瞼が、ゆっくり閉じていく。
呼吸も、さらに静かになる。
私は慌てなかった、理解していたから。
これは苦しみではない。
ただ、眠りに落ちていくだけだと。
そして、最後に聞こえた彼女の愛言葉
『……大好きよ』
その声は、とても小さかった。
けれど確かに、私の耳に届いた彼女の最後の言葉だった。
「……」
私はしばらく、何も言えなかった。
彼女の身体をそっと支える。
もう呼吸はほとんど聞こえない。
だが顔は穏やかだった。
苦しんだ様子もない。
ただ静かに、眠っている。
私は小さく息を吐いた。
「……来世では……」
声がかすれる。
だが、最後まで言いたい
「きっと、普通の人間として逢いましょう……エカテリーナ」
私はずっと、人ではなかった。
怪物だった。
そして彼女もまた、普通ではない運命に巻き込まれていた。
だからこそ思う。
もし次があるのなら
今度こそ何も背負わず、彼女とただ普通に同じ時間を生きたい。
私はゆっくり目を閉じた。
空気はさらに薄くなっている。
肺が重く、意識が遠くなる。
それでも苦しくはなかった。
彼女の体を、頭を、体温を腕の中で感じながら
(これでいい)
私は彼女と一緒に死ぬことを選んだ。
後悔はない。
低酸素に喘ぐこともなくただ、静かに
眠るように、私はエカテリーナとほぼ同時に目を閉じた。
まるで、長い夢の続きを見るように。