「オマエは、舞浜市の回し者か……?」
再び千歳のマンションにやって来てリビングに座ると同時に、思わずそんな言葉が漏れた。
「い、いいじゃない、好きなんだかっ!」
リビングに置かれた、仕事用に使っている机の引き出しを漁りながら声を上げる千歳。
そう、コイツが乗って来た車というのは、赤い軽スポーツカー。まあ、オレには若干小さいが、デザインやコンセプトは嫌いではない。
ただ問題なのは、車内に飾られた舞浜産のぬいぐるみ群だ。
しかも、後部座席がないものだから、助手席に座っていた大きな黄色いクマのぬいぐるみを抱き抱えながら、車に乗らざるを得なくなったオレ。それでいて、その車がオープンカーだというのだからタマらない……
「あれで、車内を土禁にしてギアヘッドを水中花に変えてたりしたら乗車拒否してたぞ」
「そんな田舎のヤンキーみたいな事するわけないでしょ。ハイ、冷えピタ」
千歳が放り投げた冷えピタが一枚、オレの前にあるローテーブルに着地する。
長時間、机で絵を描き続ける漫画家にとって、今やリフレッシュに冷えピタは必需品になっているのだ。
オレはキッチンへと移動する千歳の背中を眺めながら、冷たいシートを頬に貼り付けた。
ズキズキと鈍い痛みとともに、熱を持っていた感じの頬がスゥーと冷えていくのが分かる。
打ち身なんかで患部を冷やす際、冷却効果の持続時間が長い冷えピタや熱さまシートは大変に効果的である。覚えておくといいだろう。
「ハイ、ビールとおつまみね」
頬が冷え、痛みの引いていく感覚に浸っていたオレの前に青い色の350ml缶が差し出され、テーブルの中央にはパンダの絵が描かれた箱が置かれた。
そして対面に座った千歳は、オレの前にある缶と同じ物を手に持ち、プルタブを開けてゴクゴクと一気に|呷《あお》る。
「んん~♪ この一杯の為に生きてるって感じっ♪」
オヤジ臭っ……
ご機嫌な笑みを浮かべながら、ツマミへと手を伸ばす千歳に少しだけ眉をしかめてから、オレも目の前にある青い缶を手に取った。
「なあ……オマエって、人気漫画家でケッコー高給取りだったよな?」
「そうよ~、しかもアニメ化もしたしぃ。尊敬して敬いなさい」
オレの問いへ、浮かれ気味に答える千歳。
そう、新入社員のオレと違い、看板作家である千歳の収入はオレの数倍と予想される。
オレはプルタブを開け、軽くため息をつきながら――
「だったら、銀麦じゃなくてプレモルぐらい出しやがれ。しかも、ツマミが箱買いした十円カルパスって……」
「い、いいじゃないっ、好きなんだかっ!」
なんかさっきも聞いたぞ、そのセリフ。なにより、銀麦はビールではなく発泡酒だ。
まあ、銀麦はオレもよく飲むけど。
取りあえず、カルパスを一つ摘んで発泡酒を胃に流し込む。
「で? 今日はこのあと、原稿描くのか?」
「んん? 原稿は、もうほとんど終わってるって言ったでしょ? このあとは寝るだけよ」
そう言って、もう一つカルパスを口へと放り込む千歳。
原稿を描くつもりなら飲み過ぎないよう注意をしようと思ったけど、寝るだけなら好きにすればいいさ。
てか、しばらく通えとか歩美さんに言われたけど、もう原稿がほとんど終わってるのに来る意味あるのか……?
そんな事を考えながら、オレは残りの発泡酒を一気に飲み干した。
「ごっさん――じゃあ、帰るわ」
「え? も、もう帰るの……?」
「ああ、ゆっくりしてると、終電が無くなるからな」
「そ、そう……」
オレの言葉に、少しだけ顔を曇らせる千歳。
まあ、良くも悪くも懐かしい顔をではあるからな。昔話に付き合って欲しいのかもしれないが、流石にオレの眠気も限界だ。
「じゃあな――明日、昼過ぎにまた来っから」
オレはテーブルの上にある箱からカルパスを一掴みして、それをスーツのポケットにねじ込みながら立ち上がった。
「うわぁ、セコッ……」
「新入社員はビンボーなんだよ。先月まで研修期間だったし」
千歳のジト目から視線を逸しつつ、代わりに上着の内ポケットから一枚の紙切れを取り出した。
「それから、コレ――」
オレはその紙切れをカードでも投げるように、千歳の前へと飛ばした。
「コレって……?」
「オレの名刺。右下のQRコードからオレの携番とメアドが読めるから登録しとけ」
QRコードとは、ご存知の通りスマホなんかで色んな情報が一瞬で読み取れるコードの事である。
ホント、世の中便利になったもんだ。
「じゃ、じゃあ、私も――」
「いいよ」
慌ててバックから携帯を取り出そうとする千歳を止める。
「オマエの番号は歩美さんから聞いて、もうスマホに入ってるから。じゃあ、何かあったら連絡しろよ」
そう言い残して、玄関へと向うオレ。
ホント、今日は色々あって疲れた……早く帰って眠りたい。
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