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翔太との待ち合わせは、普段なら静かな立体駐車場の隅に決めた。人の出入りも少ないこの場所なら、あまり目立たずに会えるだろうと思ったからだ。私は駐車場の奥へと進んでいくと、彼の車が見えた。後部座席のスモークがかかった窓をコンコンと軽く叩くと、すぐにドアが開いた。
そこには、スーツ姿の翔太が座っていた。普段と変わらぬ落ち着きで、私を迎えてくれる。だが、今の翔太はいつもとは少し違った。彼が私を抱きしめようとはしない。
もしかして、今は仕事中だからか。無理もない、私だって今の状況がなんだか気まずい気がする。
「結局、告別式には行かなかったのよ」
と私は言った。
「そうか。なんか、親族間で揉め事があったらしいな。大変だったみたいだな」
と翔太が応じる。彼は私に気を使いながらも、真剣に話を聞いている様子だ。
私はその後、市役所での出来事を話すことにした。奈々子の叔母のことで揉めたこと、その後の進展を翔太に伝えた。
「それは大変だったな」
と翔太はうなずき、少し間を置いて続けた。「実は、奈々子さんがある掲示板で書き込みをしていたことが分かってな」
「掲示板?」
私は驚き、興味を持って聞き返した。
翔太は頷きながら話を続けた。
「5年くらい前から、ずっと利用していたみたいだな。夫や義父母への愚痴がたくさん書かれている。でも、愚痴だけじゃない、あれはむしろ助けを求めていたSOSみたいなものだろう。最後には、〇〇県の施設に移住しようと手続きをしていたという話も出てきて……その施設が、奈々子さんが移住しようとしていた施設と一致したんだ」
「それって、もしかして、駆け込み寺みたいな施設?」
私はそう聞くと、翔太は静かに頷いた。
「そうだと思う。奈々子さんは、もしかしたらそこで助けを求めていたのかもしれない。でも、そこに向かう途中で、一緒にいた男と一緒に命を絶ったんだ」
その話を聞いたとき、私は何も言えなくなった。奈々子が必死に助けを求めていたのに、それに気づいてあげられなかった自分が悔しい。もっと何かできたはずなのに。もし私が彼女にとっての頼れる存在だったら、どうなっていたのだろうと、自問自答してしまう。
その瞬間、翔太の携帯電話が鳴った。すぐさま出る彼の仕草はいつも通りの無駄のないものだったが、私はその姿を見て、どこかカッコ良いと感じてしまった。
「はい……えっ?! わかりました。すぐ向かいます」
と、短く答えてから彼は私に目を向けた。「すまん、今から出る。少しでも会いたかったんだ……それでも会いにきてくれてありがとう、美夜子」
「……翔太、私もよ」
と私は微笑みながら答えた。
その微笑みを交わしただけで、何も手を取ることなく、ただお互いに笑みを向け合った。
「もし時間があったら、テレビかネットで見られるかもしれん」
と翔太が言った。
「え、どういうこと?」私は少し驚きながらも、彼の言葉に耳を傾ける。
「奈々子さんと一緒に死んだ男の母親が、今、地方のキー局のカメラの前で生中継しているんだ」
と翔太が言う。
私はその言葉を聞いて、すぐに車に戻り、慌ててテレビをつける。翔太が言っていた通り、男の母親が生放送で映し出されていた。画面には、男の名前と顔写真が出ており、年老いた女性が震える声で話していた。
『この度は、息子のしたことが、本当に多くの方々にご迷惑をおかけしました。大崎奈々子さんのご家族の皆様に、心よりお詫び申し上げます』
その声は震えていた。
『息子が運転していた車で奈々子さんが同乗していて、崖から転落し、奈々子さんは即死だとお聞きしました。息子はしばらく生きていたようです』
という言葉に私は耳をすませた。
『私、息子のことについては何も知らなかった。引きこもりがちで、友達もいなかったし、女性と交際していたなんて聞いたことがなかった。でも、彼が奈々子さんと何か関わりがあったのは、少し疑っていたこともあった。でも、今は分かった。息子が守りたかったのは、奈々子さんだったんだ』
その言葉に私は胸が苦しくなった。男の母親が、必死に伝えようとしているのは、息子が奈々子を守ろうとしていたということだった。だが、それがどうしても報われなかったという事実が、私をさらに重くさせた。
『このノートに書かれていることが証拠です』と男の母親が、いくつかのノートを広げながら言った。
「これらのノートには、息子が奈々子さんに関して書き溜めていたことが記録されています。息子は彼女に対して、こうして守ろうと考えていたのです。最後のページには、息子が『僕が奈々子さんを守る』と書かれていました。息子は、母さんと同じような状況にあった奈々子さんを、どうしても守りたかったんだ」
その瞬間、画面が切り替わり、何か騒がしい音が響いた。男の母親が話している最中、警察が突入してきたのだ。
『奈々子さんの娘さんたちに伝えたい……決して、お母さんはあなたたちを捨てたわけではない。息子は、あなたたちも一緒に連れて行こうとしていたんだ!』
その言葉が、私の胸に重く響いた。放送は途絶え、スタジオに切り替わった。