美樹と奈々子は小学校からの幼なじみだった。
毎朝一緒にバスで通学し、お互いの家を行き来していた。美樹は地元の銀行に勤めていて、奈々子の両親とも親しかった。だからこそ、彼女の訃報が誰よりも早く伝わったのだろう。
美樹からのメールを見て、私はすぐに電話をかけた。
『……うん、奈々子の母から連絡があったの』
美樹の声は落ち着いていた。真由美とは違い、淡々としている。けれど、その声の奥には、微かな震えが滲んでいた。
「奈々子、どうして……? 何があったの?」
『詳しくはまだわからない。でも……』
彼女が一瞬、言葉を詰まらせた。
『お葬式のことが決まったら、また連絡するね』
その最後の一言だけ、ほんの少し、声が上ずっていた。
——多分、他の友達にも連絡をしているのだろう。
電話を切った瞬間、私は不意にこみ上げてくるものに耐えられなくなった。
ブワッと涙があふれ出し、視界が歪む。
最後に奈々子と会ったのは、コロナ禍の前だった。それ以来、彼女とは直接顔を合わせることもなく、SNSの投稿を眺めるだけ。
……でも、思い返してみると、ここしばらく彼女自身の写真は一枚もなかった。
子供の写真ばかり。
どんな顔だったっけ?
もう二年以上会っていない。
声は? どんな声だった?
最後にやり取りしたメッセージは……?
——最近、メールを整理したときに消してしまった。
ばかばかばか。
なんで削除したの? なんで、もっと連絡しなかったの?
涙を拭おうとしたとき、スマホが震えた。
真由美からのメッセージだった。
『テレビを見て!』
テレビ? 何かニュースでも?
私は目を擦りながら、リモコンを手に取った。電源を入れ、画面が切り替わる。
ちょうど情報番組の映像が流れていた。
重機が、大破した乗用車を吊り上げている。
車体は無残に潰れ、フロントガラスは粉々だ。
——崖の下に落ちたのか。
どこかで見たことがある風景だと思った。
次の瞬間、画面下のテロップに視線が釘付けになる。
「〇〇市の国道で車両転落事故、男女の遺体発見」
「事故か? 1人は既婚女性」
〇〇市——地元じゃないか。
ザワザワと心臓が騒ぎ出す。
まさか——そんなはずはない。
再びスマホのバイブ音が鳴る。
真由美からのメッセージだった。
『その場所はわかりますか』
「……はい、実家の近くの国道の……」
事故が起きやすい場所だ。私も滅多に通らない。
「この事故が……どうかしたの?」
次の瞬間、画面の向こうでアナウンサーの声が響いた。
『亡くなった既婚女性がですね、あなたと同じ学校の出身だとわかりましてね』
「えっ——?」
思わず、声が漏れた。
その直後、テレビに大きく映し出された写真。
——奈々子だった。
これは……本当のことなんだ。
テレビに映る奈々子の写真を見ながら、私は震えた。
画像は少しぼやけていた。彼女の足元には小さな子供が写っている。たぶん、どこかのママ友が持っていた写真なのだろう。
昔の奈々子は黒髪のロングヘアで、どこか人形のような雰囲気だった。ゴスロリとまではいかないが、市松人形を思わせるような整った顔立ち。
でも、子供が生まれてからはバッサリとショートヘアにしてしまった。
面長の彼女にはショートはあまり似合わなかった。宝塚で言えば男役向きの顔立ちだし、しかも髪を染めることもなく、黒髪のまま。そこにメガネまでかけたものだから、ますます男性的に見えてしまった。
そんなこと、もちろん本人には言わなかったけれど——。
私たちの集まりでは、いつも奈々子が「頑張って化粧してるね」と言われていた。
それを最初に言い出したのは真由美だった。
みんなが笑った。
確かに奈々子は、メイクに力を入れるタイプではなかったかもしれない。だけど、なんであのとき、みんなで笑ったんだろう?
……いや、わかってる。
自分の欠点を隠すために、誰かを引きずり下ろして安心する。そういう浅ましさが、あの場にはあった。
真由美自身、独身で彼氏なし。職業は「歯科医」と言いながら、実際は歯科医院の受付。安月給なのに、インスタ映えを意識して高価なものを買い、ブランドのカフェでコーヒーを飲み、テーマパークに通う。
既婚で子供のいる私たちに対して、「自由で身軽でいいでしょう?」とアピールしているように見えた。
その寂しさを埋めるために、奈々子の外見を話題にしたのかもしれない。
——そんなことを考えている場合じゃない。
問題は、今朝のニュースだ。
朝イチから、こんな田舎の主婦の死を全国放送で取り上げるなんて、どれだけ暇なのかと思ったけれど——そうじゃなかった。
「大崎奈々子さんは助手席に乗っており、運転していたと思われる男性は身元不明——」
え?
「交通システムの記録によると、この車は前日、近くのホテルを出たところが確認されており——」
ホテル?
二人が一緒に?
画面の中のアナウンサーは、慎重に言葉を選びながら続ける。
「この二人の関係性は、まだ分かっておりません」
私は、息を呑んだ。
——そういうことだったのか。
隣にいた男は、夫じゃない。
奈々子の父親でもない。兄弟もいない。
じゃあ——誰?
誰なの、この男?
日本中が、このニュースに釘付けになっている。
私はスマホを開いて、他のチャンネルやWEBニュースをチェックする。どこも「田舎町の専業主婦の謎の男性との死」に騒然となっている。
「誰なの? 誰なの?」
頭の中で、同じ言葉がぐるぐると回る。
奈々子の家族のもとへ行くのが、修羅場になるのは間違いない。
小さな子供を残して母親が亡くなっただけでも辛いのに、そこに「不倫疑惑」が絡んでいる。
彼女の親、相手の親、そして夫——真面目そうな人だったけど、今どんな気持ちでいるんだろう。
私はクローゼットを開け、準備していた服を戻し、喪服を探した。
……あった。
最後に着たのは、親戚の法事のときだった。
あのときは、足の悪い父の代わりに運転しなくちゃいけなくて、仕方なく出席した。結婚しろ、子供はまだか、そんな話ばかりでうんざりしたっけ。
——でも、今はそんなことを考えている場合じゃない。
喪服に袖を通し、髪をまとめる。
化粧は薄くていい。どうせマスクをするし。
そのとき、スマホが震えた。
翔太からのメールだった。
『悪い、今夜は無理』
——やっぱり。
彼は刑事だ。私の恋人。少し年上。
こういうときは、決まって事件だ。
奈々子の件なのか?
……でも、彼は担当している事件や事故について、絶対に口を割らない。真面目すぎるくらいに。
私は、メールを返さず、スマホを置いた。
大きな鏡の前に立ち、自分の姿を映す。
喪服の上にネイビーのコートを羽織る。
そのとき、再びスマホが鳴った。
『通夜が今夜あります。会場は——』
今夜、か。
奈々子に、最後の別れを言いに行く。
でも、それだけじゃない。
この死の真相を、私は知りたい——。
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