コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
葬儀は夜からだった。
真由美は仕事があるから、また夕方に連絡すると言っていた。でも、こんな状況で仕事が手につくのだろうか。それとも、あのセンセーショナルなニュースを職場で話のネタにしているのかもしれない。彼女にとっては格好の話題だろう。
一方、美樹は仕事を休むそうだが、今のところ連絡はない。
私は、いてもたってもいられず実家に電話をした。母もニュースを見ていて、私に連絡しようとしていたらしい。
「こっちに帰ってくるの?」と聞かれたが、電車で行って帰れる距離だから大丈夫だと答えた。
「そつないね」と母は呟いたが、帰ったところで独身の私にはどうせ「結婚は?」「孫は?」といった話ばかり振られるに決まっている。
家にいてもスマホを触り続けて、ニュースを読み漁り、挙句の果てには掲示板まで見てしまいそうだった。だから、とりあえず外に出ることにした。
このままの格好でも、喪服には見えないだろう。ただ、ストッキングがなかった。黒のを買わなければ。結局、出かける用事ができてしまったわけだ。
車を走らせると、小学校の前に人だかりができていた。事故か事件でもあったのか? 何台もの中継車が止まり、警察が交通整理をしている。奈々子の事故――いや、事件と呼ぶべきものが起きたばかりなのに、警察も大変だ。カメラやマイクを持った報道陣に混じって、明らかに野次馬もいる。いい迷惑だろう。
私が向かっているドラッグストアも、その小学校の近くにある。普段ならすぐに入れるのに、混雑していてなかなか駐車できなかった。ようやく店に入り、黒のストッキング、香典袋、薄墨のペンを手に取り、レジを済ませる。
店を出ると、やはり気になってしまった。中継車が数台も止まっている。報道陣のせいで周辺の店も迷惑しているだろう。
私は野次馬になるのは好きではないが、それでも気になった。葬儀までまだ時間があるし……。
小学校の方へ歩いていくと、野次馬の数はさらに増えていた。報道陣が集まっている場所までは行けそうにない。
「あんたも見にきたんか?」
突然、初老の女性に声をかけられた。
「いや、なんかこの辺、混んでるから。事件でもあったのかと思って」
平日の午前中、私がここにいることに疑問を持ったのか、女性はじっと私を見つめ、それから笑った。
「ちゃうちゃう、あんた朝のテレビ見とらんのかね?」
「……えっ?」
「あの人妻の子どもが、この小学校に通っとるらしいわ。それでマスコミが来たんよ」
――は?
なんで。
奈々子が死んだのに、どうして子どもたちが通う小学校にまでマスコミが押しかけるのか。彼女が亡くなったのは、まったく別の山道だったはずだ。
そう思うと、彼女の家や実家にはもっと多くの報道陣が詰めかけているのではないか。もしそうなら、葬式のときもマスコミに囲まれるだろう。根掘り葉掘り、どうでもいいことまで聞かれるに決まっている。
「お子さんの通っている小学校にまで来て、何が知りたいんでしょうか」
つい、言葉が口をついて出た。すると、初老の女性は肩をすくめ、唇を歪めて笑った。
「夫、子ども二人いて、見知らぬ男と心中――そりゃセンセーショナルよねぇ。マスコミだって、いろんな角度で取り上げたいんでしょ」
彼女が主婦なのか、そうでないのかはわからない。ただ、ふと目をやると、彼女の足元にはいくつかの袋が置かれていた。中には大人用おむつや衛生用品が見える。私と同じドラッグストアで買い物をしていたのだろう。
介護をしているのか。自分の親? それとも夫の親? あるいは祖父母かもしれない。もしかすると、成人した子どもを介護しているのかもしれない――そんなことを考えながら、つい彼女の荷物に視線を落としてしまった。
「なに? ジロジロ見て」
彼女は私を見上げ、呆れたように鼻を鳴らした。
「まあ、ここにいたって時間の無駄ね。さて、わたしゃ帰るかね」
「大丈夫ですか? 荷物、多いし、持ちますよ」
「ええよ、これくらい。私はこれくらい、お茶の子さいさい」
そう言って、彼女はずっしりとした袋を軽々と持ち上げた。
「あ、お姉さん」
ふと思い出したように、彼女が私を振り返る。
「介護保険、しっかりしときんさい。それに貯金も大事。あと……長男の家には嫁がんこと!!」
馬鹿でかい声でそう言い放ち、初老の女性はさっさと歩き出した。私は苦笑しながら、その背中を見送る。
母も、私に何度も言っていた。「長男と結婚するな」と。
でも、美樹は次男と結婚したのに、結局、義兄の嫁が介護を拒否して、美樹が義両親の面倒を見ている。そういうものなのだろう。
初老の女性の後ろ姿を眺めながら、私は小さく息をついた。彼女にとっても、奈々子の事件は所詮、他人事なのだろう。
――後日、私はある話を耳にした。
奈々子は、亡くなる直前、小学校のPTA会長に任命されたばかりだったという。
それを聞いて、私だけでなく、美樹や真由美も驚いた。
「奈々子がPTA会長? ありえないでしょ」
口をそろえてそう言ったくらい、彼女は引っ込み思案だったのだ。率先して何かをやるようなタイプではなかったし、あの学校のPTAなら、なおさら押し付けられた可能性が高い。おそらく、くじ引きだったのだろう。
そして、初めての総会のとき、彼女は緊張のあまり倒れたらしい。
奈々子は精神科に通っていた。病院からも「無理はさせないように」とドクターストップがかかり、すぐに会長を辞任したと聞く。でも、そもそも会長に選ばれる前から、彼女は自分の不安定さや通院のことをPTAに伝えていたらしい。それでも、「やれる範囲で頑張ればいい」と押し切られたのだとか。
総会で倒れた彼女を、一部のママ友たちは笑ったという。
なんで、病気の人間を会長に選ぶのか。
なんで、精神的に追い詰められた人を、さらに追い詰めるのか。
私も、かつて精神科に通うほど追い詰められたことがある。もし私がPTA会長に選ばれたら、きっと吐くほど嫌だったと思う。
きっと、奈々子を笑った人たちは、自分がそうなるか、身近な誰かが同じ目に遭うまで、その苦しさを理解しないのだろう。私自身、そうだったから。
――それから、さらに後日、別の話を聞いた。
知り合いの探偵事務所の所長が、「ここ数件、不倫やマルチ商法、強引な勧誘の調査依頼があった」と話していた。しかも、その案件のいくつかは、偶然にも、あの小学校に通う子どもたちの母親が絡んでいたらしい。
奈々子を笑った人たちの中に、そういう連中がいたらいいのに。
そう思ってしまった自分に、私は苦い気持ちになる。
――最低だ。