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#バディーズ
𝓞𝓵𝓲𝓮💛🍅🐵
39
にこにこ
970
数週間が過ぎた。
咳は少しずつ落ち着き、熱ももう出なくなっていた。
まだ疲れやすさは残っている。
長く立っていると足が重くなる日もある。
急にふらっとすることも、まだ時々あった。
でも、愁斗は少しずつ前を向いていた。
できることを増やしたい。
兄ちゃんの役に立ちたい。
そんな気持ちが芽生え始めていた。
休日の昼過ぎ。
ベランダに干していた洗濯物が気持ちよく乾いていた。
『よし、取り込むか。』
ひでが洗濯かごを持つ。
愁斗も立ち上がった。
『愁斗は座ってていいぞ。』
「ううん。」
『まだ本調子じゃないだろ。』
「でも。」
少し照れながら笑う
「……一緒にやりたい。」
その一言に。
ひでは思わず動きを止めた。
“一緒にやりたい。”
昔の愁斗なら言えなかった言葉。
誰かと一緒に何かをしたい。
そう思っても、口にはできなかった。
ひでは嬉しそうに笑う。
『……じゃあ、一緒にやろう。』
「うん。」
⸻
二人はリビングで向かい合って座り、それぞれ洗濯物を畳み始めた。
愁斗はフェイスタオルを。
ひでは靴下やハンカチ、小さな衣類を畳んでいく。
畳んだタオルは、愁斗の横へきれいに積み重ねられていく。
『そういえば、この前スーパーで買ったかぼちゃ、また買おうか。』
「うん。おいしかった。」
『今度は違う料理にも挑戦してみる?』
「兄ちゃん料理好きだね。」
『好きっていうか、食べてもらえるのが嬉しい。』
愁斗は少し照れ笑いを浮かべた。
「……ありがと。」
その時だった。
ひでが最後に残った大きなシーツを広げる。
ふわり、と白い布が宙に舞い、一瞬だけ二人の間を隠した。
その向こう側で。
ぽた。
赤いしずくが床へ落ちる。
ぽた。
ぽた。
愁斗はまだ気づかない。
鼻の奥に、じわっと熱を感じる。
違和感があって、指先で鼻を触れた。
べったりと赤い。
「……え。」
その瞬間。
両方の鼻から、一気に血が流れ落ちた。
「っ……!」
慌てて両手で押さえる。
でも、指の隙間から血があふれていく。
ぽたっ。
ぽたっ。
床へ落ちる音だけが静かに響く。
「はっ……。」
急に息が浅くなる
胸の奥がきゅっと縮むみたいに苦しい。
鼻血なんて、こんなふうに出たのは診断を受ける前に一度だけだった。
その時のことが、ふっと頭をよぎる。
あの時も怖かった。
でも今は、あの時よりもっと怖い。
血が止まらない。
押さえても、押さえても流れてくる。
呼吸が乱れる。
「はぁっ……はぁっ……」
息を吸っても、うまく入ってこない。
視界が少し白く霞む。
立っている感覚が遠くなる。
胸がざわつく。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
苦しい。
怖い。
どうしよう。
そんな気持ちが一気に押し寄せる。
「……お兄ちゃん。」
小さな声。
もう一度。
「……にぃに。」
その時、自分ではっきり分かった。
これは、一人で大丈夫と言える状態じゃない。
足に力が入らない。
ゆっくりと、その場にしゃがみ込んだ。
⸻
シーツを畳み終えたひでが顔を上げる。
『……愁斗?』
床に広がる赤い血。
しゃがみ込み、両手で鼻を押さえる愁斗。
顔色はみるみる白くなっていた。
肩が小さく上下している。
「はぁっ……はぁっ……」
呼吸が荒い。
苦しそうに、息を吐くたびに喉が震える。
『愁斗!』
ひで はすぐに駆け寄る。
目の前には、畳み終えたばかりのタオルがきれいに積まれていた。
迷わなかった。
積み上げたタオルを崩すように一枚引き抜く。
タオルの山が音を立てずに崩れた。
でも、そんなことはどうでもよかった。
『これで押さえて!』
愁斗の手にタオルを添え、鼻をしっかり押さえる。
『少し前かがみ。ゆっくり息して。』
「……うん。」
そう答える声も、まだ少し震えている。
「はぁっ……はぁっ……」
タオルはあっという間に赤く染まった。
『大丈夫、大丈夫。』
もう一枚。
さらにもう一枚。
ためらうことなく新しいタオルへ替える。
「はぁっ……はぁっ……」
「……はぁっ…はぁっ…こわいっ…」
『大丈夫。すぐ止まる』
『大丈夫だよ』
水を持ってきて、薬を準備する。
『立てる?』
愁斗は首を横に振る。
「……ちょっと、無理。」
『分かった。』
肩を支え、ゆっくり立たせる。
立ち上がった瞬間、視界がぐらりと揺いた。
『危ない。』
すぐに腕を回し、そのまま寝室へ。
ベッドへ横になると、愁斗は大きく息を吐いた。
「はぁ……っ」
まだ呼吸は少し荒いまま。
鼻の奥もじんじんして、怖さがなかなか抜けない。
⸻
十分ほどして。
ようやく鼻血は落ち着き始めた。
呼吸も少しずつ整ってくる。
「……ごめん。」
小さな声。
ひでは苦笑した。
『また謝る。』
愁斗も少し笑う。
「……癖。」
『知ってる。』
二人で笑った。
さっきまで張りつめていた空気が、少しだけ和らぐ。
『顔、拭こう?』
「うん、」
⸻
椅子に腰掛けたひでが、ふっと笑った。
『俺さ。』
「……ん?」
『最初だったら、絶対パニックだったと思う。』
「……うん。」
『でも今日は、不思議なくらい落ち着いて動けた。』
少し考えて、自分で笑う。
『俺、愁斗の対応に慣れてきたのかな。』
少し間を置いて、首を横に振る。
『……いや。違うな。』
「?」
『慣れたんじゃない。』
『愁斗が、俺の日常になったんだ。』
愁斗は照れくさそうに笑う。
「……それ、なんか恥ずかしい。」
『事実だから。』
少し静かな時間が流れる。
愁斗は天井を見つめながら、小さく口を開いた。
「さっき。」
『うん?』
「俺、自分で分かった。」
『何が?』
「やばいって。」
「だから 兄ちゃんって呼べた。」
少し笑う。
「前だったら。」
「絶対、一人で隠してた。」
「大丈夫って言ってた。」
「でも今日は 頼れた。」
ひでは何も言わず、愁斗の頭を優しく撫でた。
『それでいい。』
『頼ってくれて、ありがとう。』
愁斗はゆっくり目を閉じる。
鼻の奥はまだ少し痛い。
体も少しだるい。
でも。
心は、不思議なくらい穏やかだった。
“一緒にやりたい。”
そう言えた日。
“兄ちゃん。”
そう呼んで助けを求められた日。
それはきっと。
愁斗が少しだけ、自分を信じられるようになった日だった。
コメント
1件
うわああ…第32話、読み終わったよ😭💕 「一緒にやりたい」って言えた愁斗の成長がもう…!あの一言にひでさんが動き止めるのも分かるよ~。でもその後の鼻血シーン、めっちゃ切なくて苦しくて…読んでるこっちまで息苦しくなった😢 でもね、ちゃんと「にぃに」って頼れたのが本当に大きくて!泣ける…「慣れたんじゃない。愁斗が俺の日常になったんだ」ってひでさんのセリフ、心臓ぎゅってなった…! 二人の絆が確かに強くなってるの感じる回だったよ✨