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カラスの小さな体から広げられた巨大な翼。それはバサリバサリとはためき、カラスの体を宙に持ち上げる。
「来いよ、陰陽師」
カラスの翼が広げられる。闇の具現化であるその翼から大量の鴉が放たれ、それらは直ぐに物質化して蘆屋の方へと突撃していく。
「……イリンッ!」
一瞬の逡巡の後、蘆屋は叫んだ。その声に応え、白い毛並みに黒い斑模様を持つ犬神のイリンが蘆屋の前に飛び出した。
「アォオオオオオオオオオオオンッッ!!!」
咆哮。同時に、元々虎や獅子程はあったイリンの体が膨れ上がっていく。その体からは白い霊力が滲み溢れている。
「我が主に触れられると思うなよ鴉共ッッ!!!」
巨大化したイリンが鴉の群れに立ちはだかった。爪の一振りで数匹の鴉を屠るイリンを避けようとする鴉達だが、巨体に見合わぬ機動力を持つイリンの手から逃れるのは難しい。
「『鬼火導浄《きかどうじょう》、八生滅敵《やっしょうめってき》、急急如律令《きゅうきゅうにょりつりょう》』」
蘆屋の周囲に青い火の玉が八つ浮かび、イリンの横をすり抜け、鴉の群れを回避して、カラスの下へと素早く進んだ。
「カァ、触れると不味い奴だな」
巨大な翼が思い切り開かれると同時に凄まじい強風が吹き荒れ、鬼火は纏めてかき消された。
「にゃぁ」
カラスの背後、ビルの中から飛び出してきたように見えるその猫は眼球や爪を含めた全てが真っ黒だ。その漆黒の爪がすらりと伸びて、カラスの首筋を狙う。
「悪いが、最初っから見えてんだ」
「にゃぁッ!?」
しかし、カラスは振り返ることもせず、翼から直接生やした闇の腕で猫を掴んだ。
「お前も含めてな」
「ッ!?」
拘束された猫から飛び出して来た細長い体の管狐。カラスはそれを知っていたかのように、既に伸ばしていた闇の腕で管狐を掴んだ。
「くくくッ、この距離なら十分でもありんす!」
管狐の体が半透明になり、腕からすり抜けてカラスへと飛んだ。
「オレの目は特別製だからな」
「なッ!?」
カラスの大きな翼がはためくと、闇の波動が放たれて半透明になっていた管狐を吹き飛ばした。
「憑依だろ。端から、狙いは分かってる」
空中で管狐の体は元に戻り、ビルの壁に激突してそのまま倒れた。
「気付いてないと思ってるのか?」
「にゃっ!?」
拘束していた筈の猫の姿が消えている。しかし、その体を液体のような闇に変化させて翼を這って進んでいることにカラスは気付いていた。
「纏めて寝てろ」
翼を大きく振るって猫を吹き飛ばした後、風が吹いた。蘆屋から離れていた二体は破魔之陣の効果を受けておらず、そのまま昏睡状態に陥った。
「……消えた?」
二体の対処をしている間に、蘆屋の姿を見失った。しかし、カラスであれば数秒の内に探し出すことが出来る。カラスは意識を集中させて……
「『――――臨《りん》、兵《びょう》、闘《とう》、者《しゃ》』」
背後だ。遅かった。探知するより速く、姿を現した。
「『皆《かい》、陣《じん》、列《れつ》、在《ざい》……』」
振り向きながら翼を振るう。空を蹴って飛ばれ、避けられた。
「『前《ぜん》』」
霊力が溢れた。蘆屋の体から白いオーラが溢れ、カラスの翼から滲み出る闇と混ざってチリチリと焼ける。
「『九字切り』」
霊力が形を成し、格子状に放たれる。ネットのようなそれだが、本質は退魔と斬撃だ。触れれば体は無事では済まないだろう。範囲も広い。距離は近い。回避は間に合わない。
「翼は、捨てだ」
巨大な翼を内側にはためかせる。それと同時に|暗き天翼《アンダルム》はカラスの体を離れ、盾となって白い格子状の斬撃に切り刻まれる。
「僕の勝ちだ、カラスッ!」
数秒耐えたが、バラバラになって霧散した天翼。白い格子はまだ消えておらず、カラスに向かって進む。
「……居ない?」
黒い針のような何かが、格子の間をすり抜けて行った。それはそのまま、蘆屋の横を通り抜けて行く。
「ッ、今のッ!?」
慌てて振り向いた蘆屋。予想通り、その先にはカラスが居た。大きな翼は失っているが、傷は無いように見える。
「陰陽師」
カラスはゆっくりと地面に降り立ち、語りかける。
「残念ながら……時間切れだ」
眉を顰める蘆屋。その背後に一人の男が現れた。
「――――悪い、カラス」
黒い髪、整っているが少しやつれたような顔立ち。背はそう高くないが、筋肉はしっかりと付いているように見える。
「酒飲んでた」
どこからか、その手に剣が握られた。
「……ねぇ、何者? 人払いの結界が効かなかったのは良いとして、このカラスの主は君なんでしょ?」
「そうだ。戦ってる様子は見てたが……陰陽師、実在したんだな」
陰陽道の存在は異世界には無く、当然それにまつわる術理も老日は知らない。老日は興味深そうに蘆屋を見た。
「ボス、そこの犬と蘆屋以外はお望み通り殺さず無力化した。合格点は貰えるか?」
「あぁ、良くやった。別に、試していた訳じゃないんだが……経験を積むには丁度いい相手だと思ってな、酒を飲みながら見ていた」
カラスが目を細めて老日を見る。
「安心しろ、危なくなれば直ぐ回収するつもりだった。言っとくが、安全に危険な経験を積めることほどありがたいことは無い。力があっても、その使い方と対策をよく知るには経験を積むしかないからな」
「……カァ」
言い訳染みて聞こえるが、事実ではあるのだろう。カラスは納得しておくことにした。
「……僕の質問に答える気は無いの?」
「あぁ、カラスの主に関しては俺だ。何者かって質問に対する答えは持ってないな」
あっそ、と言って蘆屋は式符を構える。その頬を冷や汗が伝っていった。