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翌朝、《オルフェウス》号の船体を、淡い朝の光が包み込んでいた。 しかし、その美しい景色とは裏腹に、船内の空気は緊張に満ちていた。
昨夜、クルー・榊良太が密室で死亡した事件は、詳細を伏せられたまま、
「船内で事故が発生しました。安全確認のため、一時的に区画を分けます」
という説明で乗客に伝えられていた。
パニックを防ぐための措置だったが――
通路には常にクルーが立ち、行き来できる範囲は厳しく制限されている。
サキはベッドに腰掛け、落ちつかない様子で膝を抱えていた。
「……ねえお兄ちゃん、昨日のってさ、本当に“事故”なの?」
「まだ断定はできない。ただ――普通の事故に見えないんだ」
ハレルは声を落とした。
胸元のネックレスは今朝から、微かな震えを帯びたまま熱を保っている。
嫌な予兆だった。
木崎が腕を組み、部屋の壁に寄りかかる。
「船長から、乗客の移動制限の説明があったな。
だがハレル、俺たちにはもう一つやることがある」
「……18人の“候補者”か」
ハレルたちの“ブロック”には36名の乗客がいる。
家族連れや高齢者を除いた18名――
単独参加、または同性同士のグループで行動している者たち。
今回の事件に関わる可能性が最も高い「候補者」だ。
「転移者かどうかを確かめるには、スマホの中身を見るしかない」
「だがプライバシーで全員に拒否されるだろうな」と木崎。
ハレルはうなずいた。
「……それでも話は聞かないと。細かい違和感でも拾っていく」
「よし、しらみつぶしだ。行くぞ」
ふたりは客室を出て、“聞き込み”が始まった。
◆ ◆ ◆
ブロック内・乗客18名への聞き込み
ハレルと木崎は、客室ブロックの乗客18名全員の部屋を順にまわった。
クルーには「事故の調査」としか伝えられていない。
だが、本当の目的は“転移者”かどうか――
つまり スマホにクロスゲート関連アプリが入っていないか を確認するためだ。
1人目 *田嶋 泰斗(たじま・たいと会社員)
「スマホ? いや……その、プライベートなんで見せるのはちょっと……」
視線を泳がせ、落ち着かない。
2人目 *古谷 美佐(ふるや・みさ|OL)
「アプリ? 変なものなんて入れてませんよ。……でも見せるのは嫌です」
扉を半分閉じながら答える。
3人目 *石森 修平(いしもり・しゅうへい|学生)
「昨日からクルーが変なんですよ。何があったんですか?」
「スマホ見せてくれ」と言われると表情が固まり、首を横に振る。
4人目 *赤城 翔(あかぎ・しょう|学生)
黒髪の青年。どこか刺々しい目つき。
「……またスマホのことですか。入れてませんよ、“あのアプリ”。
ニュースくらい見ますし」
目つきは怪しいが嘘はついていないように見えた。
5人目 *葛原 レア(くずはら・れあ|バイト)
やや青白い顔の痩せた女性。
「ねぇ、あんたクモダ?クモガ? ハ……ラル?」
「……ハレルです」 「そ、そう。それそれ~。スマホは見せないよ?やだもん」
どこか“感情が抜け落ちたような”笑顔だった。
6人目 *桑名 理仁(くわな・りひと|バイト店員)
「俺、ゲームほとんどやらないんで……。でもスマホは勘弁っす」
腰が引けている。
7人目 *槙野 アヤ(まきの・あや|看護学生)
「昨日、悲鳴みたいなの聞きました……。怖いです。
スマホは……ごめんなさい、見せたくないです」
8人目 *芹沢 直斗(せりざわ・なおと|営業)
「調査協力は分かりますけど、スマホは業務秘密もありまして」
木崎を警戒している。
9人目 *斉木 蓮(さいき・れん|カメラマン)
「写真のデータが多いんで……ちょっと無理です」
落ち着きはあるが拒否は拒否だ。
10人目 *濱中 里沙(はまなか・りさ|主婦)
「子どもに預けた動画とかあるので……。ごめんなさい」
夫と幼児連れ。家族で来ているため、木崎が「除外か」とつぶやく。
11人目 *木戸 春馬(きど・はるま|大学生)
「スマホチェックなら船のクルーに言ってくださいよ……」
協力する気はゼロ。
12人目 *葉山 レオ(はやま・れお|美容師)
「なんの事件なんすか? クルーさん死んだって噂、本当?」
質問ばかりで、スマホ提示は拒否。
13人目 *佐世 結衣(さよ・ゆい|大学院生)
「スマホ見せるのはちょっと……。ゼミの資料とか」
目が泳ぎぎみ。だが異様な点はなし。
14人目 *大迫 冬真(おおさこ・とうま|警備系職員)
「調査だろ? だがスマホは職務規定で見せられない」
職業柄頑なに拒否。
15人目 *村井 ソラ(むらい・そら|高校生)
「ゲームするけど、“クロスワールド・ゲート”は怖いから入れてません」
震え声で答える。
16人目 *中務 大地(なかつかさ・だいち|消防士)
「消防の個人情報も入ってる。協力したいが……見せられん」
誠実そうだが提示は不可。
17人目 *沢渡 美咲(さわたり・みさき|フリーター)
「スマホ……やだぁ。プライベートですよ?」
木崎が「こういうタイプが一番怪しいんだよな」と小声でつぶやく。
18人目 *百合川 ハル(ゆりかわ・はる|教師)
「申し訳ないのですが、個人情報保護の観点で……」
丁寧だがきっぱりと拒否。
◆ ◆ ◆
そして――
全員、スマホの提示を拒否。
明らかに怪しい人物もいない。
ただ一つ――
(……全員、事件の内容を“知りすぎている”……)
クルーは「事故」としか説明していないはずなのに、
18人全員の口ぶりには“死んだ”という前提がちらついていた。
まるで、何かに導かれているかのように。
木崎が腕を組む。
「妙だな……“噂の広まり方”が不自然だ。
誰かが意図的に情報をばらまいてる気がする」
ハレルは喉の奥に小さなざらつきを感じた。
まだ“答え”には届かない。
ただ、胸の奥が、警告するようにざわめいていた。
◆ ◆ ◆
一方その頃、異世界。
イルダ王国近海の絶海の孤島――
石壁に囲まれた古城。
広大な訓練場で、リオと訓練兵たちが汗を流していた。
「そこっ! 詠唱が遅い!」
「剣の角度が甘い、やり直し!」
アデルはいつも通り、容赦がない。
「リオ、お前は捕縛魔術の構成式がまだ甘い。
もう一度、第三級の基礎からやり直すぞ」
「……はい」
その返事に、訓練兵が小声でつぶやく。
「アデル様って、あれでも去年より優しいらしいぞ……」
「でも最近“逃げた転移者の件”で情緒不安定だったって聞いた」
アデルが振り返る。
「聞こえているぞ」
兵士たちが一斉に姿勢を正した。
そんな騒ぎの中、リオの腕輪がふっと揺れる。
(……ハレル?)
微弱な振動。
境界の揺れと同じ、あの独特の感覚。
しかしノイズだらけで、声までは届かない。
「どうした、リオ?」
アデルが問いかける。
「……いや。少し、嫌な予感がしただけだ。」
アデルは鋭い目で空を見上げた。
「この島の魔力流にも微かな乱れがある。慎重に動け」
訓練場の向こう側では、調理用のテントが立ち並び、
食事係の女性たちが大鍋をかき混ぜていた。
香ばしいスープの匂いが風に乗り、兵士たちの緊張をほんの少しだけ和らげている。
そのさらに奥では、医療班が簡易テントを張り、
昨日の訓練で負傷した兵士の手当てをしていた。
包帯を巻かれた青年が小声で仲間に漏らす。
「……なあ、お前聞いたか? レオンの死体、胸を貫かれてたらしい」
「密室だったんだろ? どうやって殺したんだよ……」
「犯人、まだこの城の中に“いる”ってことだよな」
噂はすでに兵士全体へ広がっていた。
訓練場に渦巻く空気には、昨夜までにはなかった
得体の知れない恐怖 が混じっている。
魔術訓練区域では、若い兵士たちが杖を構え、
捕縛魔術・盾魔術・索敵魔術の基礎式を繰り返していた。
「詠唱もっと速く! 今のじゃ、敵に先を取られる!」
「構成式の形が違う! 線が歪んでいる!」
アデルの叱咤が飛ぶと、兵士たちは一斉に背筋を伸ばす。
彼女の指導は厳しいが、的確だ。
それを知っているからこそ、誰も文句を言わない。
リオは訓練の合間に息をつきながら、
周囲の兵士たちの沈んだ表情を眺めた。
(……みんな、怯えている。
当然か……レオンの遺体を見た連中も多い)
胸の奥に、不安が渦を巻いた。
(ハレル……そっちは大丈夫か)
その瞬間、腕輪がかすかに揺れ――
境界のノイズを含んだ震動が、リオの手首をくすぐった。
(……つながりかけた?
ハレルか、セラ……?)
だが声は届かず、ノイズだけが残った。
アデルが近づき、小さく囁く。
「気を抜くな。いま、この城に“何か”がいる。
それは兵士たちも感じている」
リオは静かにうなずいた。
◆ ◆ ◆
夕方。
ハレルと木崎はブロック内の聞き込みをひとまず終えた。
成果は――ほとんどなし。
それでも、ハレルの胸中にははっきりとした“違和感の種”が芽生えていた。
(犯人は……まだこの中にいる。
でも、ぜんぜん足跡を残さない……動機はなんだ?)
夜の海が、静かに《オルフェウス》号を包んでいく。