テラーノベル
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モノトーンで統一された、スタイリッシュなリビング。その洗練された空間に、およそ似つかわしくないものが、ひとつ。
ピンクのブタ貯金箱。それが、リビングテーブルのど真ん中に、どん、と鎮座していた。
「なんだ、これは」
眉間にしわを寄せた慧が、怪訝そうにブタを指差す。
「ぶーちゃんよ」
「……は?」
「この子の名前。可愛いでしょ?」
ブタの首には、手書きの小さな名札がかけられている。そこには――。
『神代慧・生活更生基金』
力強い文字でそう書かれていた。
「そっちが何でもお金で解決するなら、私も同じ方法にしただけよ」
「何の話だ?」
「心当たりがないとは言わせないわよ?」
***
時計の針は、数時間前に遡る。仕事から帰宅した私は、玄関を開けた途端に大きなため息をついた。
ソファには、脱ぎ散らかされた高級ジャケット。フローリングには、蛇の抜け殻みたいなズボン。テーブルには、散乱した書類。ゴミ箱は、限界突破で溢れかえっている。
なのに当の本人は、何食わぬ顔でソファに座り、パソコンに向かっていた。
(……何ひとつ直ってないじゃない!)
「ねえ」
「何だ」
「このジャケット、誰のかな~?」
「俺の」
「知ってる」
「なら聞くな」
「……そう」
私は笑顔を貼り付けたまま、ソファのジャケットと床のズボンを掴んだ。そして、二つまとめてゴミ袋へ二つまとめてゴミ袋へ放り込もうとする。
「待て!」
慧が、ようやくパソコンから顔を上げた。
「自分で管理できない物はゴミでしょ? 処分、処分!」
「それ、百万する」
「はあああああ!? だったら百万円分、大事に扱いなさいよ!」
危うくゴミ袋に落としかけたジャケットを、慌てて抱え直す。
床を指差す。
「ズボンも靴下も書類もゴミも、全部アウト! あとペットボトルは中身を捨てて分別! 前にも言ったでしょ!!」
「明日佐伯が来る」
「佐伯さんに頼りすぎるな!」
「仕事の一部だ」
「人に脱いだ靴下まで拾わせるのは、仕事じゃなくて甘えよ!」
私は床に落ちているシャツを慧へ押し付けた。
「ほら、あんたも手伝うの! 今やらないなら、全部ゴミ袋へ入れるから!」
「脅迫か!?」
「違うわ」
私はにっこりと笑った。
「これは教育よ♡」
まずは床に散らばった衣服を拾い、ハンガーにかける。次に書類をまとめ、溢れたゴミを手際よく仕分けていく。一方、慧はというと――。
「ねえ、ちょっと待って」
「なんだ」
「シャツ一枚かけるのに、どれだけ時間かかってるのよ!」
ようやくハンガーへかけられたシャツは、肩の位置が大きくずれ、斜めに歪んでいた。
「ぷっ……!」
「笑うな」
「だって、どれだけ不器用なの……!?」
仕事では何百人もの社員を動かしているくせに。たった一枚のシャツに手こずるなんて。
(こういうところは昔と変わらないのね……)
そうして生まれたのが、現在のリビングに鎮座する「ぶーちゃん」である。
***
「というわけで、これは罰金箱よ」
ゴミ捨てついでに駅前の100円ショップで買ってきたブタを、ポンと叩いた。
「誰が払うんだ」
「あんたよ、あんた!」
「俺が?」
「同じことを三回注意されても直さなかったら、1件につき500円を即納税。異論は認めません!」
(聞き分けのないワンちゃんには、これくらいのしつけが必要よね)
慧は不満そうに眉を寄せた。けれど、反論しても無駄だと悟ったのか、ポケットから財布を取り出す。
私は指を三本立てた 私は指を三本立てた。
「ジャケット放置罪、ズボン脱皮罪、ゴミ箱崩壊罪。三件まとめて初回特別価格、500円なり!」
「ずいぶん安いな」
「初回だから温情をかけてあげてるの。感謝しなさい」
「なら、これでいいだろう」
慧が財布から取り出したのは、五百円玉ではなかった。一万円札。それを細く折り畳み、ぶーちゃんの背中へ入れようとする。
「ちょっと待った!」
私は慌てて、その手を掴んだ。
「何をしているのよ!」
「20回分の前払いだ」
「前払い禁止! それじゃ何の反省にもならないでしょ!」
私は一万円札を慧の胸元へ突き返した。
「罰金はその都度、五百円玉で払うこと。お金を払ったからって、同じことを繰り返していいわけじゃないの!」
「面倒だな」
「生活更生のためです!」
慧は小さく息を吐き、今度こそ五百円玉を取り出した。
ぶーちゃんの背中へ差し込む。
チャリン。静かなリビングに、金属音が響いた。
「……これで満足か」
「まだまだ。生活更生は始まったばかりですからね」
私はぶーちゃんの頭をなでながら、にっこり笑った。
「覚悟しなさい」
「命令か」
「ふふっ。これは、しつけよ♡」
慧の口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「まあ、悪くない」
「何が!?」
「いや」
彼が楽しそうに目を細める。
「お前といると、退屈しないからな」
(……もしかしてコイツ、今の状況を楽しんでる?)
「言っておくけど、明日からは自分で片づけてもらうからね!」
「ああ」
妙に素直な返事だった。
「できなかったら、また叱るか?」
「当然でしょ!?」
「そうか」
その横顔が、思ったより嬉しそうで。胸の奥が、変にざわついた。
コメント
1件
ぶーちゃんの「神代慧・生活更生基金」って名札、めっちゃツボった😂💕 一万円を20回分の前払いで入れようとする慧くんに「前払い禁止!」ってツッコむ主人公、最高すぎる!!しかも慧くん、怒られてるのに「お前といると退屈しない」って…それ照れてるやつやん!😭💗 不器用だけど少しずつ変わろうとしてる感じが尊すぎて、何度も読み返したくなる回でした!!