テラーノベル
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「そんなの絶対にいらないから!!!」
高級ジュエリーショップの個室に、私の叫びが響き渡った。
「こちらは、希少なピンクダイヤモンドをあしらった――」
「待って。これ、桁がバグってない!?」
思わず慧に詰め寄る。提示された見積もりの数字は、ゼロが多すぎて目がチカチカした。
来週末に控えた、神代家の親族パーティー。そこへ「妻」として出席するため、結婚指輪を選びに来たわけだけど。
(たった一年の契約結婚よ!? 小道具なんて安物で十分でしょ!)
そんな心の叫びを知ってか知らずか、隣に座る慧は、ふん、と鼻を鳴らした。
「神代の化石どもを騙すんだ。一ミリの妥協も許されない」
「妥協のレベルがぶっ飛んでるのよ! 契約が終わったら、これどうするの!?」
「好きにしろ。気に入らないなら売ればいい」
「売ればいい、じゃないのよ!?!」
はあはあと息を荒くする私を、慧は平然と見下ろしている。
店員さんはというと、私たちのバチバチなやり取りを「まあ、なんて仲のよろしい……」と言いたげな温かい目で見守っていた。
どう見たら、これが仲睦まじい新婚夫婦に映るのか教えてほしい。
「神代様からは、奥様に合わせたセミオーダーをご希望と伺っております。石とリングの候補は、すでにご用意しておりますので」
「……え?」
思わず慧を見る。
「来週のパーティーなのに、今から注文して間に合うの?」
「間に合わせる」
「そうじゃなくて。いつの間に準備してたのよ?」
「契約書と婚姻届を用意した頃だ」
「……用意周到すぎて怖いんだけど!」
「候補を押さえさせただけだ。選ぶのはお前だろ」
まだ私が契約結婚の「け」の字も知らなかった頃から、指輪まで準備していたってこと!?
(いくらなんでも行動が早すぎるでしょ!)
「どれもよくお似合いです。神代様が、奥様のために事前に手配された理由がよく分かります」
店員さんの口から飛び出した「奥様」という響きに、返事が一拍遅れた。
「それはどうも……」
(おくさま……)
(私が、コイツの妻……?)
(いやいや、一年間限定の契約妻だから!)
間を埋めるように、サービスのシャンパンへ手を伸ばす。ひと口飲んだ、そのとき。
「妻に一番似合うものを選びたいので」
「ぶっ……!」
危うく吹き出すところだった。
(今、さらっと『妻』って言ったーーー!?)
(店員さんの前だからって、役に入り込みすぎでしょ! こっちはまだ心の準備ができてないんだけど!)
当の慧は、私の動揺など気にも留めず、大粒のダイヤがついたプラチナのリングを手に取った。
「手を出せ」
「え……?」
「サイズを見る」
「はいはい……」
言われるまま、左手を差し出す。慧の長い指が、私の手を包んだ。その瞬間、数日前、指先に落とされたキスの感触が鮮やかに蘇る。
(……っ)
薬指へ、リングがゆっくりと滑り込んでくる。ひんやりとした金属が、指の付け根に収まった。それなのに、触れられているところだけが熱い。
「……ちょっと、派手すぎない? もう少しシンプルな方がいいと思うんだけど」
「俺もそう思う」
「でしょ?」
慧は私の左手を取ったまま、真顔で続けた。
「宝石まで目立つ必要はない。玲奈は、そのままで十分目を引く」
「……っ。それ、褒めてる?」
「事実を言っただけだ」
(何、その不意打ち!)
手を引けばいいだけなのに、慧の指が触れているせいで、なぜか引けなかった。
「……じゃあ、土台はもっと細くして。石も、もう少し小さい方がいい」
平静を装い、テーブルに並べられたサンプルリングへ視線を逃がす。
「私の誕生石と、小さなダイヤを少しだけ入れるとかさ」
「それでいい」
「決めるの早っ」
「お前が気に入ったなら、問題ない」
「ところで、あんたの指輪は?」
「同じ意匠で頼む予定だ」
「同じって……お揃い?」
「夫婦なら普通だろ」
店員さんが微笑みながら、男性用のサンプルリングをトレイに載せて差し出した。慧は迷うことなく手に取り、自分の左薬指へすっとはめる。
テーブルの上に、二人の左手が並んだ。私の指には、ダイヤが輝くリング。慧の指には、同じデザインの石のないシンプルなプラチナリング。
ただの試着なのに、一瞬だけ、本物の夫婦みたいに見えた。
(……いやいや。これは契約夫婦を演じるための小道具だから!)
カードが差し出され、そのまま二人分のリングの購入手続きが進められた。試着用のリングは外したはずなのに、左薬指には、まだ慧の指先の熱が残っている気がした。
***
手続きを終えて店を出ると、正面にネイビーのEVが横づけされていた。運転席の窓が下がる。
「送る」
「いい。歩いて帰るから」
「一人で?」
「子どもじゃないんだから大丈夫よ。仕事も残ってるんでしょ?」
窓の向こうで、慧が何か言いたげにこちらを見る。けれど、すぐに小さく息を吐いた。
「……何かあったら連絡しろ」
「はいはい。あんた、意外と過保護なのね。重すぎる男はモテないよ~?」
「モテる必要はない」
「……は?」
何よ、それ。まるで、一人にだけ好かれればいいみたいな――。
「ちょっと、慧――」
聞き返すより早く窓が上がり、車は走り去った。遠ざかる車体を見送り、大きく息を吐く。
「はー……やっぱり、あの男は心臓に悪すぎる。カフェでも寄って、頭を冷やそうっと」
せっかくだから、お洒落な街並みを散歩しながら帰ることにする。
そのときだった。視界の端で、一瞬だけ白い光が弾けた。
「……え?」
立ち止まり、周囲を見渡す。けれど、怪しい人影なんて見当たらない。
(今、フラッシュが光った気がしたけど……)
(気のせいよね?)
違和感を押し込め、もう一度歩き出した。
――少し離れたビルの陰。カメラを構えた男が、画面を確認していた。
コメント
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うわあ…指輪選びのシーン、ドキドキが止まらなかったよ…!慧くんが「妻に一番似合うものを選びたいので」ってさらっと言うところ、心臓持ってかれた///「お揃い」って言葉にもにやけたし、最後のフラッシュの気配で一気に空気が変わったのが怖すぎる。契約なのに、本物みたいな距離感が切ない…続きが気になりすぎるよ…!