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「母さんは母さんで買い物依存症になってクレカ限度額まで使って首回んなくなって……まあ、むしろ、せいせいしたよ」
俺の口から出た言葉は、自分でも驚くほど冷たく、感情がこもっていなかった。
「…そっか」
晋也さんは、俺の言葉を否定することなく、ただ静かに頷いた。
「ま、この通り俺ってパートナーもいないから一人だし……柊はまだ若いからさ。俺みたいなおじさんと二人暮らしなんて嫌だろうけど」
晋也さんが少し自嘲気味に笑う。
「晋也さんは全然おじさんじゃないって!それに…晋也さんだから信じて、縋る思いで来たんだよ」
俺の言葉に、晋也さんは少し目を見開いたあと、ふっと息を吐いた。
「…俺に急に押しかけられたの、やっぱり、迷惑だったよね」
不安が拭いきれず、もう一度尋ねた。
「え?まさか」
晋也さんの顔に、いつもの優しい笑顔が戻った。
その笑顔を見た瞬間、体の強張りが少しだけ解けるのを感じた。
「俺を頼って来てくれたんなら嬉しいよ」
ああ、この顔だ。
俺が小さいときからずっと変わらない、あの優しい笑顔。
その笑顔を見た途端、張り詰めていた心が、一気に崩れ落ちるような感覚に襲われた。
「…っ、ごめん、俺…晋也さんの顔みたら…安心し
て」
突然、こみ上げてきたもののせいで視界が歪んだ。
熱いものが、堰を切ったように目から溢れ出す。
「ごめん……なさい…」
嗚咽が喉の奥から込み上げてきて、言葉にならない。
止めようとしても、一度こぼれ落ちた涙は止まらなかった。
「俺…っ、俺……友達が家族と旅行行ったとか、母さんが口うるさいとか愚痴ってんの聞いても、家族って、よくわかんない、し…っ」
「親父と母さんが死んだなんて知っても、泣けなかった」
しゃくりあげながら、言葉を続けた。
「だって……授業参観も、運動会も、文化祭も、親は見に来てくれないし…どれだけ勉強やスポーツがんばっても…親は、俺のことなんか見てくれ…なかったし…っ、つらくって……」
声が震え、途切れ途切れになる。
ずっと胸の奥に押し込めていた感情が、一気に溢れ出す。
「ずっと…ずっと我慢してたんだよね」
晋也さんの優しい声が、頭上から降ってきた。
そして、肩に温かいものが触れる。
晋也さんがそっと手を添えてくれていた。
その手の温かさが、俺の心をそっと撫でるようだった。
「…柊、まだ高一になったばっかだろ?なら次からは俺が保護者として柊のこと見に行くよ」
その言葉に、また涙が溢れた。
この人の優しさに触れるたび、もっと泣きたくなる。
だけどそれ以上に、この人に会えて良かったと心から思った。
「ただ、柊と一緒に住むのはいいんだけど、未成年後見人選任の申立てってのをしなくちゃ行けないんだ」
晋也さんは、俺の頭を優しく撫でながら、落ち着いた声で説明してくれた。
「後見人選任…?」
聞き慣れない言葉に、俺は首を傾げた。
「うん。親権者がいないときの子どもの保護者を選任する手続き。家庭裁判所の審査が通ったら晴れて俺が柊の保護者……というか親代わりだな」
「でも…晋也さんって会社員…でしょ?収入とか…」
こんな俺を養うなんて、大変なはずだ。
「一応、ボーナスとかも含めて1000万超えるくらいは稼いでるから行けると思う」
晋也さんの言葉に、俺は思わず目を見開いた。
「そんなに?!」
「まあね。柊の養育費も考えれば、余裕はある方だと思うし…審査は通るんじゃないかな」
晋也さんは、にこやかに笑った。
「なるほど…」
「だから、柊は心配しなくていいよ。俺に任せて」
その言葉に、俺はただ頷くことしかできなかった。
「……うん、ありがとう」
「とりあえず明日は仕事休むから、4時ぐらいに一緒に家庭裁判所行こう」
「うん、学校3時ぐらいには終わるし大丈夫だと思う」
「じゃ、くれぐれも寄り道しないで帰ってきてね」
「小学生じゃないんだからそれぐらい分かってるよ!」
少しだけ落ち着いてきた俺に、晋也さんは優しく
「それもそうだな」と笑った。
「それはそうと晋也さん、俺、どこで寝たら…」
「あー、俺の布団、シングルのがあるから寝室で使って。俺はリビングのソファで布団かけて寝るから気にしなくていいよ」
「えっ、悪いよ!俺が急に押しかけたわけで…晋也さん明日も仕事なのに」
「いいのいいの。気にしなくて」
「でも……あっ、でも俺、やっぱり…晋也さんと寝たい…」
口から出た言葉に、自分でも驚いた。
「え?俺と?」
晋也さんが、少しだけ目を丸くする。
「いや、す、すっごく我儘だって分かってるけど…今日だけでいいから…っ、晋也さんに隣にいて欲しくて」
縋るような目で晋也さんを見つめた。
「えーと……」
晋也さんは少し迷っているようだった。
「ごめん、嫌だったら、嫌って言って」
俺は、晋也さんの返事を待った。
「ううん、全然いいよ。一緒に寝よっか」
晋也さんの優しい声が、俺の不安を溶かした。
寝室の灯りを落とした。
部屋は一気に闇に包まれ、窓から漏れる街灯の光がわずかに部屋の輪郭を浮かび上がらせる。