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ベッドの上に横になりながら、隣にいる晋也さんの温もりを感じる。
お互いの息づかいが、静かな部屋に響く。
晋也さんの匂いと体温が、懐かしくて、安心する。
「柊とこうやって寝るの、小学生のとき以来だな」
晋也さんの声が、闇の中で優しく響いた。
「あ、一緒に晋也さんの家でお泊まりしたときの?」
「そうそう、柊も覚えてたんだ?」
「覚えてるに決まってんじゃん。あの時、すげー嬉しかったんだから」
「はは…そういえば、あの時は柊が先に寝ちゃってさ…あの時の柊の寝顔、すっごく可愛いと思ってたなぁ」
晋也さんの言葉に、俺は思わず顔を赤くした。
「か、可愛いって…」
「なんか昔の柊が戻ってきたみたいだな。あの頃はもっと素直で可愛かったのに」
「…一言余計だってば。…でも、昔といえばさ、俺が小学1年生で、晋也さんが高3のときに、俺が晋也さんに言ったこと…覚えてる?」
俺は、少しだけ意地悪な気持ちで尋ねた。
「うーん…何かあったっけ?全然覚えてないなぁ」
「ま、覚えてるわけないか」
少し残念な気持ちになりながらも、そう呟いた。
「もしかしてだけど、柊が『大人になったら晋也兄さんと結婚する!』とか言ってたやつ?」
晋也さんの言葉に、俺は慌てて否定した。
「違う!『晋也さんと結婚したら毎日料理作ってあげる』って言ったんだよ」
「どっちでも同じじゃないか?」
晋也さんがくすくす笑う。
「いや、違うから。全然違うから!」
「そうか?まあどっちにしろ懐かしいなぁ……あんなに可愛かった柊がもう高校生かぁ」
「…そりゃもうむさ苦しいDKですけども」
「ふっ、今も可愛いよ」
晋也さんの言葉に、俺は返事ができなかった。
心臓がトクン、と大きく鳴った。
「……」
「どした?」
「…ね、眠いからもう寝る」
照れ隠しでそう言うと、晋也さんは優しく笑った。
「そっか。おやすみ、柊」
「おやすみなさい」
背中に感じる晋也さんの体温。
優しい香り。
懐かしくて、温かくて、そして何よりも安心する。
心臓がトクントクンと、普段よりも早く脈打っているのがわかる。
ドキドキしてる。
だけどそれよりも、もっと大きな感情が俺の胸を満たしていた。
「……っ」
また、涙がこぼれた。
理由はわからない。
悲しいわけでも、苦しいわけでもない。
ただ、ただ安心して、温かくて
そして少しだけ切ないような、複雑な感情が混じり合って涙があふれた。
この温かい場所で、俺は初めて、心から安らぎを感じていた。
◆◇◆◇
翌朝、午前6時。
いち早く目が覚めた。
朝特有の静寂に包まれた部屋。隣でまだ晋也さんは眠っている。
起こさないようにゆっくり起き上がると、ベッドを降りて静かにリビングへ向かった。
晋也さんが起きてくる前に料理を作ってあげたら喜んでくれるだろうと考えて
冷蔵庫の扉を開けると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。
中には、使いかけの調味料が整然と並び
コンビニの惣菜がいくつか、きちんと日付順に収納されている。
その奥には、ラップに包まれた冷凍ごはんが積み重ねられ
手前には卵が数個と、鮮度が保たれた野菜がわずかに顔を覗かせていた。
「意外とちゃんと入ってる…」
思わず独りごちる。
会社員の一人暮らしなんて、もっと荒れ放題の冷蔵庫を想像していたけれど
目の前にある光景は、想像以上に整頓されていて、晋也さんの几帳面な性格が滲み出ていた。
彼の生活の丁寧さが、こんなところにも表れていることに少しばかり感心する。
野菜室をそっと開けると、奥の方にしなびかけた小松菜が一本と
使いかけの半端な人参が転がっていた。
完全に駄目になっているわけではないが、早く使ってあげなければという気持ちになる。
「…よし」
俺は決意を込めて小さく呟き、キッチンカウンターに置いてあった清潔なエプロンを腰に巻いた。
キュッと紐を結ぶと、心が引き締まるような気がする。
冷凍庫から取り出した鮭を、流水にて自然解凍に移したところで
ちょうど炊飯器から「ピーツ」という、ご飯が炊き上がったことを知らせる軽快な音が響いた。
炊きたてのご飯の香りが、ふわりとキッチンに満ちる。
しゃもじを水で濡らしてよく水を切ってから、炊飯器の蓋を開けて炊き上がった白米を満遍なく掻き混ぜた。
「ふう」と息をついて炊飯器のとなりにしゃもじを置く。
「次は、味噌汁……」
頭の中で今日の献立を組み立てる。
出汁パックを手に取り、鍋にミネラルウォーターを注ぎ、中火にかける。
湯気が立ち上り始めるのを待ちながら、まな板の上に小松菜と油揚げを並べた。
シャキシャキとした小松菜の茎をトントンと小気味よく刻み、油揚げも細かく切っていく。
包丁がまな板に当たる音が、静かな空間に心地よく響き渡る。
誰もいないはずの部屋が、自分の動作一つ一つで満たされていく感覚。
こうして何かに没頭していると、不思議と心が落ち着き、少しだけ安心する。
日頃の喧騒や、漠然とした不安が、この瞬間にだけは遠ざかっていくようだった。
「……んー」
と、背後で微かな気配がした。